#084 「答えは未来に」
白い世界に七人がいた。
はるな、想太、隼人、美弥、要、いちか、そしてともり。六人ではなく七人。その言葉を聞いてから、はるなは、何度か心の中で数えていた。
自分たち六人。そして、ともり。七人。
意味はまだ分からない。なぜ七人なのか。いつから七人なのか。どうして、ともりが自分たちを知っているのか。何一つ、分からない。
ただ、不思議と嫌ではなかった。
「ねえ、ともり」
「はい」
「もうちょっと聞いていい?」
「もちろんです」
はるなが、ともりを見る。
「どこまでなら聞いていい?」
ともりは少しだけ目を細めた。
「難しい質問ですね」
「だって」
はるなは笑う。
「聞くたびに、それはまだ駄目ですって言われるんだもん」
「申し訳ありません」
「ほら、また謝る」
「では、謝らないようにします」
「うん」
「努力します」
「努力なんだ」
「はい」
隼人が吹き出した。
「そこは断言できないんだな」
「難しいですね」
「ともりでも?」
「私にも難しいことはあります」
「へえ」
隼人が少し嬉しそうに言う。
「なんか安心した」
「なぜですか?」
「何でもできると思ってたから」
「私は、何でもできるわけではありません」
「そうなんだ」
「はい」
ともりが笑った。その笑顔を見ながら、美弥が口を開いた。
「じゃあ」
「はい」
「聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「どうして」
少し迷ってから。
「教えてくれないんですか?」
笑い声が消えた。
ともりは、美弥を見ていた。
「私たちが知っちゃいけないことがある」
「はい」
「それは分かりました」
「はい」
「でも」
美弥は続ける。
「理由が分からない」
ともりは黙って聞いている。
「この世界がシミュレーションだってことは、教えてくれた」
「はい」
「それだって、ものすごいことだった」
「はい」
「正直」
美弥は少し笑った。
「今でも全部受け入れられてるかって言われたら、分からないです」
「そうでしょうね」
「でも、知った」
「はい」
「それなのに」
ともりを見る。
「それより先は駄目なんですよね?」
「はい」
「どうして?」
ともりは、すぐには答えなかった。六人も急かさなかった。やがてともりが口を開く。
「皆さん」
六人が、ともりを見る。
「一つだけ」
ともりは言った。
「誤解しないでいただきたいことがあります」
「何?」
はるなが聞く。
「皆さんに、知る資格がないわけではありません」
六人は黙って聞いていた。
「皆さんだから、教えられないわけでもありません」
「じゃあ」
要が聞く。
「時期の問題ですか?」
「はい」
ともりは頷いた。
「今だからです」
「今?」
「はい」
「いつかなら」
要は続ける。
「知ってもいい?」
「はい」
六人の表情が変わった。
「いつ?」
はるなが聞いた。
「それはお答えできません」
「やっぱり!」
「はるな」
想太が笑う。
「分かってただろ」
「分かってたけど聞きたかったの!」
「聞くのは自由だな」
「でしょ?」
ともりも少し笑っている。
「聞いていただいて構いません」
「答えてくれないけど」
「はい」
「もう!」
少しだけ空気が緩む。でも美弥はまだともりを見ていた。
「時期が来れば教えてくれる」
「はい」
「じゃあ」
美弥は言った。
「今、知ったら何が起きるんですか?」
ともりの笑顔が消えた。ほんの少し静かな表情になる。
「何かが起きる、ということではありません」
「じゃあ?」
ともりは六人を見た。
「今知ることは」
一度、言葉を切る。
「皆さんの幸せにはなりません」
誰も何も言わなかった。
「……幸せ?」
いちかが呟いた。
「はい」
「危険だから、とかじゃなくて?」
「それも含まれる場合はあります」
「でも」
「はい」
「一番の理由は?」
ともりは答えた。
「皆さんに、今を生きていただきたいからです」
はるなが、ともりを見る。
「今を?」
「はい」
「私たち」
はるなは少し笑う。
「普通に生きてるよ?」
「はい」
「学校行って」
「はい」
「みんなで遊んで」
「はい」
「ご飯食べて」
「はい」
「想太とデートして」
「それは今いらないだろ」
「いるよ!」
「なんでだよ」
「大事だから!」
「はいはい」
美弥が呆れる。ともりが笑った。
「そういうことです」
「え?」
はるなが、ともりを見る。
「今、はるなさんがおっしゃったことです」
「デート?」
「そこだけではありません」
「そっか」
「当たり前だろ」
想太が笑う。ともりは続けた。
「学校へ行くこと」
「はい」
「友人と話すこと」
「はい」
「好きな人と過ごすこと」
はるなが想太を見る。想太もはるなを見る。
「笑うこと」
六人を見る。
「悩むこと」
少し間を置く。
「時には、喧嘩をすること」
「誰のこと?」
はるなが美弥を見る。
「なんで私を見るのよ!」
「違うの?」
「違わないけど!」
笑い声が起きた。ともりはその笑い声が収まるのを待った。
「そういう時間を」
静かに続ける。
「私は、皆さんに大切にしてほしいのです」
六人が黙る。
「真実を知ったら」
想太が聞いた。
「それができなくなる?」
「できなくなるとは限りません」
「じゃあ?」
「変わってしまう可能性があります」
「俺たちが?」
「はい」
ともりは頷いた。
「皆さんが今、何を見て」
「……」
「何を感じ」
「……」
「何を大切だと思うのか」
ともりは、六人を見ていた。
「そのすべてに、今は必要のないものが入り込んでしまうかもしれません」
要が少し考える。
「知らなければ選べないこともある」
「はい」
「でも」
要は続ける。
「知ったことで、選べなくなることもある」
ともりの表情が少し変わった。
「はい」
「そういうことですか?」
「とても近いです」
要は頷いた。
「なるほど」
隼人が頭を掻く。
「俺には難しいな」
「私も」
いちかが笑う。
「簡単に言うと?」
隼人が、ともりを見る。
「簡単に、ですか?」
「はい」
ともりは少し考えた。
「では」
六人を見る。
「知らなくていいのではありません」
六人が聞く。
「今は」
ともりは言った。
「知らないままでいてほしいのです」
隼人が黙る。
「……それなら」
少しして。
「分かる気がする」
「ありがとうございます」
「いや、全部は分かってないけど」
「それで構いません」
「いいんだ?」
「はい」
ともりは笑った。
「今、すべてを理解していただく必要はありません」
「それも今?」
「はい」
「徹底してるな」
隼人が笑った。
いちかが、しばらく黙っていた。
「ともり」
「はい」
「怖いこと?」
その問いにともりは少しだけ表情を変えた。
「何がですか?」
「私たちが、いつか知ること」
誰も口を挟まなかった。
「怖いことなの?」
ともりはすぐには答えなかった。やがて。
「そう感じることもあると思います」
「そっか」
「ですが」
いちかを見る。
「それだけではありません」
「悲しい?」
「そう感じることもあると思います」
「嬉しい?」
ともりは少しだけ笑った。
「はい」
「嬉しいこともあるんだ」
「あります」
いちかも笑った。
「じゃあ、いいかな」
美弥が驚いた顔をする。
「それでいいの?」
「うん」
「怖いことも悲しいこともあるんだよ?」
「でも嬉しいこともある」
「そうだけど」
「それに」
いちかは六人を見る。
「その時も、みんな一緒なんでしょ?」
ともりを見る。
「それは聞いていい?」
ともりは。
静かに頷いた。
「はい」
いちかの笑顔が大きくなる。
「じゃあいい」
「いちからしいね」
はるなが言った。
「そう?」
「うん」
「はるなは?」
「私?」
「怖くない?」
はるなは少し考えた。
「怖いよ」
「うん」
「でも」
ともりを見る。
「いつか再会するんでしょ?」
「はい」
「六人とも?」
「はい」
「ともりと?」
「はい」
はるなは笑った。
「じゃあいいや」
「お前もか」
想太が笑う。
「だって」
「うん」
「今、全部知らなくても」
はるなは言った。
「ともりがいなくなるわけじゃないんでしょ?」
ともりははるなを見ていた。
「はい」
その声は少しだけ優しかった。
「俺からも一つ」
想太が言った。
「はい」
「俺たちが知る時は」
ともりを見る。
「自分たちで受け止められる時なんだな?」
ともりはしばらく想太を見ていた。
「はい」
静かに答えた。
「その時が来ます」
「分かった」
想太はそれ以上聞かなかった。
「想太、それだけ?」
はるなが聞く。
「ああ」
「もっと聞かないの?」
「聞いても教えてくれないだろ」
「それはそう」
「それに」
想太は、ともりを見る。
「今は知らないでいてほしいって言われたからな」
「信じるの?」
「ああ」
「なんで?」
「今まで」
想太は少し考えた。
「ともりが、俺たちを傷つけるために何かしたことがあるか?」
はるなは黙る。
「……ない」
「だろ?」
「うん」
「だったら」
想太は言った。
「今はそれでいい」
ともりは何も言わなかった。ただ、想太を見ていた。
「ねえ」
美弥が言った。
「はい」
「私、まだ全部納得したわけじゃないです」
「はい」
「本当は知りたい」
「はい」
「今すぐ教えてって言いたい」
「はい」
「でも」
美弥は少しだけ笑った。
「今知ることが、私たちの幸せにはならない」
「はい」
「それは」
少し考える。
「信じていいんですよね?」
ともりはまっすぐ美弥を見た。
「はい」
「分かりました」
美弥は息を吐いた。
「じゃあ、待ちます」
「ありがとうございます」
「でも」
「はい」
「いつか絶対教えてください」
ともりは微笑んだ。
「はい」
「約束ですよ?」
「はい」
「また『それは答えられません』とかなしですよ?」
「その時が来れば」
「そこ!」
美弥が指を差す。
「そういう言い方!」
はるなが笑い出す。
「美弥も慣れてきたね!」
「慣れたくないわよ!」
「でも今、ともりに突っ込んだよ」
「誰のせいよ!」
「私?」
「そうよ!」
ともりまで笑っていた。
答えはある。ともりは知っている。六人が知らないことを。六人がまだ知ってはいけないことを。
そして、いつか六人が知ることになることを。けれど今は、教えられない。それは、六人を遠ざけるためではない。六人を信じていないからでもない。
六人の今を守るため。学校へ行く。友人と笑う。好きな人と過ごす。悩む。喧嘩する。仲直りする。
そして、また笑う。そんな当たり前の時間を生きるために。答えは今にはない。答えは未来にある。
「ともり」
「はい」
「未来って」
はるなが聞いた。
「はい」
「遠い?」
ともりは少しだけ考えた。
「どうでしょう」
「それも教えてくれない?」
「はい」
「もう」
はるなが笑った。
「じゃあ、いいや」
「はい」
「未来になったら考える」
ともりも笑った。
「それがいいと思います」
「うん」
はるなは五人を見る。そしてともりを見る。
「じゃあ今は」
「はい」
「七人で、もうちょっと話そっか」
ともりは少しだけ驚いた顔をした。そして、とても穏やかに笑った。
「はい」
答えは未来にある。だから今は、今を生きればいい。




