#083 「七人」
白い世界、六人はともりを囲むように立っていた。
はるなが口を開く。
「それで」
「はい」
「私たち六人を呼んだ理由」
ともりを見る。
「教えてくれるんだよね?」
「はい」
ともりは答えた。
「そのために、皆さんをここへお呼びしました」
六人から笑いが消えた。さっきまで、レゾネーターを叩いたり、手を繋ぐ繋がないで騒いだり、白い世界へ来てからも、いつものように話していた。
けれど、六人とも分かっている。ここからは違う。ともりが、六人全員を呼んだ理由。はるなと想太だけではなく、六人でなければならなかった理由。
「最初に」
ともりが言った。
「皆さんに、一つ確認しておきたいことがあります」
「確認?」
想太が聞く。
「はい」
ともりは六人を見る。
「皆さんは、ご自身たちのことを、どのように考えていますか?」
「どうって?」
はるなが首を傾げる。
「例えば」
ともりは少し考える。
「なぜ、皆さんがレゾネーターへ辿り着いたのだと思いますか?」
六人が顔を見合わせた。
「偶然……じゃないの?」
いちかが言った。
「少なくとも、最初はそう思ってた」
「俺も」
隼人が続ける。
「いろいろあって、調べてるうちにここまで来た」
「そうだな」
要が頷く。
「結果として俺たちは、この世界について知ることになった」
「はい」
「ただ」
要は少し考える。
「それが、最初から俺たちに何か理由があったからなのかは分からない」
「そうですね」
「ともりは知っている?」
「はい」
即答だった。要が少し笑う。
「やっぱり」
「申し訳ありません」
「いや、まだ聞いちゃいけないんでしょう?」
「はい」
「慣れてきたな、要」
隼人が言う。
「慣れたくはないがな」
美弥が腕を組む。
「じゃあ、何を教えてくれるの?」
「はい」
ともりは美弥を見る。
「今日、皆さんにお伝えできるのは」
一度、言葉を切る。
「皆さんが考えているよりも」
六人を見る。
「皆さんと私の関係は、深いということです」
誰も言葉を発しなかった。
「……関係?」
美弥が聞いた。
「はい」
「ともりと、私たちの?」
「はい」
「はるなと想太だけじゃなくて?」
「はい」
ともりは答える。
「六人全員です」
隼人が眉を寄せた。
「ちょっと待って」
「はい」
「俺たちは、あなたと今日初めて会った」
「はい」
「なのに」
ともりを見る。
「俺たちと関係がある?」
「あります」
「どういう?」
ともりは答えなかった。
「……そこは駄目?」
「はい」
「やっぱりか」
隼人が頭を掻く。
「難しいな」
「申し訳ありません」
「いや」
隼人は首を振った。
「あなたが意地悪で教えないんじゃないってことは、昨日の話で聞いてるから」
「ありがとうございます」
いちかが、ともりを見ていた。
「だから」
「はい」
「私たちの名前も知っていたんですか?」
ともりは少しだけ微笑んだ。
「それだけではありません」
「え?」
「皆さんのことを」
ともりは言った。
「私は、とてもよく知っています」
六人が黙る。
「どれくらい?」
はるなが聞いた。
「はるな」
想太が止める。
「いいじゃん。聞くだけ」
ともりは、はるなを見る。
「答えられません」
「やっぱり」
「はい」
「でも、知ってるんだよね?」
「はい」
「私たち六人とも?」
「はい」
はるなは少し考えた。
「じゃあ」
ともりを見る。
「私が昔どんな子だったかも?」
「はるな」
「例えばだよ!」
ともりは少しだけ笑った。
「知っています」
「えっ」
はるなの目が丸くなる。
「本当に?」
「はい」
「どこまで?」
「それはお答えできません」
「ずるい!」
「申し訳ありません」
「謝ればいいと思ってる!」
「はるな」
美弥が呆れる。
「何?」
「今そこじゃないでしょ」
「あ」
「もう」
少しだけ緊張が解けた。そしてともりもクスクスと笑っていた。
「ともり」
要が言った。
「はい」
「質問を変える」
「どうぞ」
「俺たち六人には、共通する何かがある?」
ともりは要を見た。
「あります」
六人の表情が変わる。
「それは」
要が続ける。
「今、教えてもらえる?」
「すべては、お伝えできません」
「すべては?」
「はい」
要の目が少し動く。
「つまり、一部なら話せる」
「はい」
「それが今日、六人を呼んだ理由?」
「はい」
要は頷いた。
「分かった」
美弥が要を見る。
「何が?」
「今日の話が見えてきた」
「私には全然見えないんだけど」
「俺たちが何者なのかを教えるためじゃない」
「じゃあ何?」
「俺たちの関係を教えるためだ」
ともりが要を見る。
「その通りです」
「関係……」
いちかが呟く。
「六人の?」
「いいえ」
ともりが答えた。六人がともりを見る。
「違うの?」
はるなが聞く。
「はい」
「じゃあ誰の?」
ともりは六人を見回した。そして静かに言った。
「七人です」
誰も動かなかった。
「……七人?」
はるなが聞き返す。
「はい」
「誰?」
「はるな」
想太が言う。
「何?」
「数えろ」
「え?」
はるな、想太、隼人、美弥、要、いちか。
六人。そして目の前に。
「……ともり?」
「はい」
ともりが答えた。
「私です」
はるなは目を瞬いた。
「私たち六人と」
「はい」
「ともり?」
「はい」
「七人?」
「はい」
「……なんで?」
ともりは少しだけ困ったように笑った。
「その理由をお伝えすることは、まだできません」
「そこも!?」
「はい」
「七人って言うだけ!?」
「いいえ」
「まだある?」
「あります」
「よかった」
「安心するところなの?」
美弥が言う。
「だって七人って言われて終わったら気になるじゃん!」
「今でも十分気になるわよ!」
「それはそう」
隼人が、ともりを見る。
「つまり」
「はい」
「俺たちは六人で一つじゃない」
ともりは答えなかった。
「あなたを含めて」
隼人は続ける。
「七人で、何か意味がある」
「はい」
今度は、ともりははっきり答えた。
「そうです」
隼人が息を吐く。
「……マジか」
「はい」
「全然分からねえ」
「申し訳ありません」
「いや、謝らなくていいって」
隼人は笑った。
「でも、そりゃ二人じゃ駄目だわ」
はるなと想太を見る。
「六人で来いって言うわけだ」
「うん」
はるなが頷いた。
いちかはずっと、ともりを見ていた。
「ともり」
「はい」
「一つ聞いていい?」
「もちろんです」
「七人って」
いちかは少し言葉を探す。
「特別な人たち、って意味?」
ともりはすぐには答えなかった。その沈黙に、六人が少し緊張する。
「私は」
ともりが言った。
「その言葉を、あまり使いたくありません」
「特別?」
「はい」
「どうして?」
「特別という言葉は」
ともりは六人を見る。
「時に、人を他の誰かより上に置いてしまうからです」
いちかは黙って聞いている。
「皆さんが、他の人より価値があるわけではありません」
「うん」
「皆さんだけの人生が重要で、他の方々の人生が重要ではない、ということでもありません」
「うん」
「久遠野に生きるすべての人に」
ともりは言った。
「それぞれの人生があります」
六人は何も言わない。
「では」
要が聞く。
「俺たち七人は、何なんですか?」
ともりは少し考えた。
「関係がある」
「関係?」
「はい」
「それだけ?」
「今、お伝えできる言葉では」
ともりは微笑む。
「それが最も近いと思います」
はるなが首を傾げる。
「なんか弱くない?」
「はるな!」
美弥が止める。
「だって」
「でも」
ともりは笑った。
「そうかもしれませんね」
「でしょ?」
「はい」
「もっとないの?」
「そうですね」
ともりは六人を見た。
「では」
少し考えてから。
「大切な仲間」
六人が止まった。
「……仲間?」
はるなが聞く。
「はい」
「ともりも?」
「もちろんです」
「私たちの?」
「はい」
はるなの表情がゆっくり変わった。
「そっか」
「はい」
「ともりも、仲間なんだ」
「はい」
はるなは笑った。
「それなら分かる」
「はるならしいな」
想太が言う。
「何よ」
「いや」
想太も笑った。
「俺も、その方が分かりやすい」
隼人が頷く。
「俺も」
「私も」
いちかも笑った。
美弥は少し困った顔をしている。
「今日初めて会った人に、仲間って言われるのも変な感じだけど」
「でも」
ともりが言う。
「私は、今日初めて皆さんを知ったわけではありません」
「……そうだった」
美弥は苦笑する。
「それがあったわね」
「はい」
「やっぱり変な感じ」
「申し訳ありません」
「だから謝らなくていいです」
「はい」
要はまだ少し考えていた。
「七人」
小さく呟く。
「六人じゃなく」
「はい」
「七人」
「はい」
ともりは静かに頷いた。
「じゃあ」
はるなが言った。
「一個、確認していい?」
「はい」
「三人の約束」
ともりの表情がほんの少し変わった。
「覚えてる?」
「もちろんです」
はるな、想太、ともり。
あの時三人で交わした約束。
「私」
はるなは言う。
「あれはあれで、大事だと思ってる」
「はい」
「想太は?」
「俺もだ」
「ともりは?」
「私もです」
「じゃあ」
はるなは四人を見る。
「三人の約束がなくなるわけじゃないんだよね?」
「もちろんです」
ともりが答えた。
「よかった」
美弥が首を傾げる。
「何の話?」
「あ」
「私たち、それ詳しく聞いてないんだけど」
「そうだっけ?」
「そうよ!」
「じゃああとで話す」
「あとでなの!?」
「今は七人の話だから」
「急にちゃんとするな!」
隼人が吹き出す。いちかも笑った。ともりまで笑っている。その笑顔を、四人が見る。
不思議だった。さっきまで、ともりは自分たちにとって、神様のような存在だった。
久遠野を見守るもの、自分たちとは違うもの。そして、今目の前にいるともりは、さらに分からない存在だった。
なのに、笑っている姿を見ると、ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
「ともり」
想太が言った。
「はい」
「七人の関係について、今教えられるのはここまで?」
ともりは頷いた。
「はい」
「理由は?」
「お伝えできません」
「いつか分かる?」
「はい」
六人がともりを見る。はるなと想太は思い出していた。
――皆さんは、いつか私と再会します。
「その時?」
はるなが聞いた。ともりは少しだけ目を細めた。
「それも」
優しく笑う。
「今は、お答えできません」
「やっぱり!」
はるなが声を上げる。
「期待したのに!」
「申し訳ありません」
「もう!」
「はるな」
想太が笑う。
「いいじゃないか」
「何が?」
「いつか分かるんだろ」
はるなが止まる。
「……うん」
「だったら」
想太は言った。
「その時まで生きればいい」
ともりが、想太を見る。ほんの一瞬その表情が変わった。懐かしそうにそして、少しだけ寂しそうに。
けれど、六人がその意味を知ることはない。
「そうですね」
ともりは答えた。
「皆さんは」
六人を見る。
「今を、生きてください」
はるなが笑う。
「それ、前にも言われた気がする」
「はい」
「ともり、同じことばっかり言うね」
「大切なことですから」
「そっか」
「はい」
「じゃあ」
はるなは五人を見る。
「生きよっか」
「軽いな!」
隼人が言う。
「いいじゃん!」
「もうちょっと何かあるだろ!」
「じゃあ隼人が言ってよ」
「俺!?」
また笑い声が広がった。
六人は今日初めて知った。自分たちはただの六人ではなかった。けれど、選ばれた六人でもない。他の誰かより優れた六人でもない。
ただ六人には、ともりとの関係があった。理由は分からない。いつからなのかも分からない。なぜなのかも、まだ知ることはできない。
それでも一つだけ、今日ともりが教えてくれた。六人ではない七人。
はるな、想太、隼人、美弥、要、いちか、そして。ともり。白い世界に立つ七人。
その意味を六人が本当に知るのは、まだずっと先のこと。
今はただ。
「ねえ、ともり」
「はい」
「七人ってさ」
「はい」
「なんか、いいね」
はるなが笑った。ともりも笑った。
「はい」
その答えだけで、今は十分だった。




