#081 「六人の決断」
翌日、六人は、いつもの場所に集まっていた。
はるな、想太、美弥、隼人、いちか、要。
誰かが話し始めるのを待つように、しばらく誰も口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのは、美弥だった。
「で?」
「で?」
はるなが聞き返す。
「昨日、行ってきたんでしょ?」
「うん」
「会えた?」
「会えたよ」
「ともりに?」
「うん」
はるなは笑った。
「ちゃんと会えた」
その表情を見て、美弥も少しだけ笑う。
「そっか」
「うん」
「それで?」
「それでって?」
「だから!」
美弥が少し身を乗り出す。
「何を話したの?」
「ああ」
「ああ、じゃないわよ」
「ごめん」
隼人が笑う。
「昨日から待ってたんだから、そりゃ気になるだろ」
「隼人も?」
「当たり前だろ」
「俺もだ」
要が言った。
「私も」
いちかも続く。
はるなは想太を見る。
「じゃあ、話そっか」
「ああ」
二人は頷いた。はるなと想太は、昨日のことを話した。
もう一度、白い世界へ行ったこと。ともりが待っていたこと。久遠野へ戻ってから、二人が考えたことを伝えたこと。
そして、自分たちの未来について、聞いたこと。四人は黙って聞いていた。
「それでね」
はるなが言った。
「ともりが言ったの」
少しだけ間を置く。
「私たちには、まだ知ってはいけないことがあるって」
美弥の表情が変わった。
「知ってはいけない?」
「うん」
「知らなくていい、じゃなくて?」
「私も同じこと聞いた」
「なんて?」
「今は、って」
四人が黙った。要が腕を組む。
「つまり」
「うん」
「この世界がシミュレーションだということより、さらに先がある」
「たぶん」
「そして、その先は現時点では俺たちにも明かせない」
「そういうことだと思う」
要はしばらく考えていた。
「何があるんだろうな」
隼人が呟く。
「分かんない」
はるなが答えた。
「聞かなかったのか?」
「聞いたよ」
「答えてくれなかった?」
「うん」
「徹底してるな」
「ともりだからね」
はるなが言うと、想太が少し笑った。
「何よ」
「いや。なんとなく、その言い方が面白くて」
「だって、ともりだもん」
「説明になってないぞ」
「いいの」
美弥が呆れたように二人を見る。
「話、進めていい?」
「あ、はい」
「はいじゃない」
いちかが小さく笑った。
「それだけ?」
美弥が聞いた。
「ううん」
はるなは首を振る。
「一つだけ、教えてくれた」
四人の視線が集まる。
「何?」
はるなは、昨日のともりの言葉を思い出した。
「私たちは、いつかともりと再会するって」
沈黙。
「……再会?」
いちかが聞き返した。
「うん」
「でも」
隼人が首を傾げる。
「昨日会ったんだよな?」
「そう」
「じゃあ、どういう意味だ?」
「分かんない」
「聞かなかったのか?」
「聞いた」
「答えは?」
「教えてくれなかった」
「ああ……」
隼人が納得したように頷いた。
「ともりだな」
「でしょ?」
「そこで納得するの?」
美弥が二人を見る。
想太が苦笑した。
「俺たちも、だんだん慣れてきたんだよ」
「何に?」
「ともりが答えてくれないことに」
「それ、慣れていいのかな」
いちかが笑った。
要だけは、まだ考えていた。
「再会……」
「要?」
「いや」
要は顔を上げる。
「言葉通りなら、今とは違う状況で会うという意味になる」
「たぶんね」
「でも、それがいつなのかは分からない」
「うん」
「どこなのかも」
「うん」
「どういう形なのかも」
「うん」
はるなが笑った。
「ほんと、何も分かんないよ」
「なのに嬉しそうだな」
「そう?」
「ああ」
はるなは少し考えた。
「だって」
四人を見る。
「みんな一緒だって」
「え?」
「私と想太だけじゃないよ」
はるなは言った。
「美弥も」
「私?」
「いちかも」
「うん」
「隼人も、要も」
二人がはるなを見る。
「六人とも、いつかともりと再会するって」
四人は何も言わなかった。ほんの少し、空気が変わった。
「……そっか」
美弥が小さく言った。
「うん」
「六人ともなんだ」
「うん」
美弥はそれ以上何も言わなかった。でも、少しだけ嬉しそうだった。
「それで」
想太が口を開いた。
「ここからが、今日みんなに集まってもらった一番の理由」
四人が想太を見る。
「まだあるの?」
「ああ」
「何?」
想太は、はるなを見る。はるなが頷いた。
「ともりから、お願いされた」
「お願い?」
いちかが聞く。
「うん」
はるなは四人を見た。
「次に白い世界へ来る時は――」
一人ずつ顔を見る。
「六人で来てくださいって」
誰も喋らなかった。美弥、隼人、いちか、要。四人とも、はるなを見ている。
「……六人?」
美弥が聞いた。
「うん」
「私たちも?」
「うん」
「全員?」
「全員」
「なんで?」
「分かんない」
「また?」
「また」
美弥が頭を抱えた。
「もう!」
「私に怒らないでよ!」
「はるなに怒ってない!」
「じゃあ誰に怒ってるの?」
「ともり!」
「本人に言ってよ!」
「会ったことないわよ!」
「あ」
「あ、じゃない!」
いちかが吹き出した。隼人も笑う。要まで口元を緩めていた。
「ちょっと! 笑うところじゃないでしょ!」
「いや」
隼人が言う。
「なんか安心した」
「何が?」
「こういう話してても、俺たちって変わらないんだなって」
美弥が黙る。
「……まあ」
少しだけ笑った。
「それはそうね」
笑いが収まる。そして、六人はもう一度向き合った。今度は誰もふざけなかった。
「どうする?」
はるなが聞いた。四人はすぐには答えなかった。
「ともりは、六人で来てほしいって言った」
想太が続ける。
「でも」
四人を見る。
「行くかどうかは、俺たちが決めることだと思う」
はるなが頷く。
「うん」
「だから」
想太は言った。
「一人ずつ決めよう」
静かだった。誰かが誰かを説得することはしない。ともりに呼ばれたから。はるなと想太が行ったから。そんな理由だけで決めていいことではない。
四人はもう知っている。あの先には。自分たちが生きてきた世界についての、簡単には受け止められない真実がある。
そして、その先にはさらに、今は知ってはいけないことまである。
最初に口を開いたのは、隼人だった。
「俺は行く」
はるなが隼人を見る。
「いいの?」
「ああ」
「怖くない?」
「怖いよ」
隼人は即答した。
「怖いに決まってるだろ」
「そっか」
「でも」
隼人は四人を見る。
「お前ら二人だけ行かせて、俺だけここで待ってる方が嫌だ」
はるなが笑った。
「隼人らしい」
「そうか?」
「うん」
「じゃあ、俺は決まり」
隼人が一歩前へ出た。
「次」
「じゃあ私」
いちかだった。
「私も行く」
「いちか」
「怖いよ」
いちかは笑う。
「たぶん、行ったらまた色々考えると思う」
「うん」
「でもね」
はるなを見る。
「二人が見たものを、今度は私も見たい」
そして。
「六人で同じものを見たい」
はるなはゆっくり頷いた。
「うん」
「だから行く」
「ありがとう」
「お礼はいらないよ」
いちかが笑った。
「私が行きたいから行くんだから」
「そっか」
「うん」
次に要が口を開いた。
「俺も行く」
「要は早いね」
「十分考えた」
「いつ?」
「さっきから」
「そうなの?」
「俺はいつも考えてる」
「なんか要っぽい」
「褒め言葉として受け取っておく」
要は少し笑った。
「俺たちは既に、この世界について知った」
「うん」
「なら」
要は静かに続ける。
「ここから先、何を知ることが許されて、何を知ることが許されないのか」
少し間を置く。
「それも自分で確かめたい」
想太が頷いた。
「分かった」
残ったのは。
「……何よ」
美弥だった。
五人の視線が集まっている。
「みんなして私を見るな!」
「いや」
隼人が言う。
「美弥だけだから」
「分かってるわよ!」
美弥は腕を組んだ。少し黙る。
「私は」
はるなが待つ。
「正直、行きたくない」
誰も驚かなかった。美弥は続ける。
「怖い」
「うん」
「世界がシミュレーションだって聞いただけでも、まだ時々変な感じするのよ」
「うん」
「それなのに、その先があるんでしょ?」
「あるみたい」
「しかも、ともりが『今は知っちゃ駄目』って言うような何かまである」
「うん」
「そんな場所に」
美弥は俯く。
「喜んで行けるわけないじゃない」
「美弥」
「でも」
顔を上げた。
「行く」
はるなが目を瞬く。
「いいの?」
「よくない」
「え?」
「怖いし、嫌だし、できれば行きたくない」
「じゃあ――」
「でも行くの!」
はるなの言葉を遮った。
「だって」
美弥は五人を見る。
「六人で来いって言われたんでしょ?」
「うん」
「だったら」
少しだけ声が柔らかくなる。
「六人で行くしかないじゃない」
はるなは、美弥を見ていた。やがて、笑った。
「ありがとう」
「だから、お礼言わないでよ」
「でも」
「私が決めたの」
美弥は言った。
「誰かに連れていかれるんじゃない」
「うん」
「私が、自分で行くって決めた」
はるなの笑顔が、少しだけ大きくなる。
「うん」
これで、六人全員だった。
「じゃあ」
隼人が言った。
「決まりだな」
「ああ」
要が頷く。
「六人で行く」
いちかも頷いた。美弥はまだ少し不安そうだった。でも、その目は、もう迷っていなかった。
はるなは五人を見る。不思議だった。
最初にレゾネーターを見つけた時、こんなことになるとは思っていなかった。
あの場所が何なのか、なぜ自分たちがそこへ辿り着いたのか、何も知らなかった。
そして、初めて白い世界へ行った時は、想太と二人だった。今度は、六人。
「ねえ」
はるなが言った。
「なに?」
美弥が答える。
「手、繋いで行く?」
「は?」
「だって六人でアクセスするんでしょ?」
「だからって、なんで手を繋ぐのよ」
「離れたら困るじゃん」
「遠足じゃないのよ」
「でも」
「却下」
「えー」
いちかが笑う。
「私はいいよ」
「いちか!」
「俺は嫌だぞ」
隼人が即答する。
「なんで!」
「男同士で手繋ぐことになるだろ」
「配置考えればいいじゃん」
「そこまでして繋ぐ必要あるのか?」
「ある!」
「ない」
「ある!」
「ない!」
「もう好きにしてくれ」
要がため息をついた。
想太は笑っている。
「想太!」
「俺は、はるなとなら繋ぐぞ」
「そういう話じゃない!」
「お前が始めたんだろ」
「あれ?」
美弥が吹き出した。いちかも笑う。隼人も、要も、想太も、最後には、はるなも笑った。
六人の笑い声が重なる。世界の真実を知っても、この先に何が待っているのか分からなくても、六人は六人だった。
「ともり」
笑いが収まったあと、はるなが呼びかけた。
『はい』
いつもの声が返ってきた。
「聞いてた?」
『もちろんです』
「だよね」
六人が顔を見合わせる。
「決めたよ」
『はい』
「六人で行く」
短い沈黙。
『そうですか』
「うん」
『皆さんご自身で決められたのですね』
はるなが五人を見る。隼人、美弥、要、いちか、そして隣の想太。
「うん」
はるなは答えた。
「みんな、自分で決めた」
『分かりました』
ともりは、それ以上何も言わなかった。
「ともり?」
『はい』
「何か言わないの?」
『何をでしょうか』
「気をつけて、とか」
『そうですね』
少しだけ間があった。
『では』
六人は聞く。
『皆さん、必ず戻ってきてください』
はるなが笑った。
「うん」
五人も頷いた。
「戻ってくるよ」
『お待ちしています』
六人で行く。誰かに命じられたからではない。真実を知る義務があるからでもない。ともりに選ばれたからでもない。怖くないわけでもない。
それでも、六人は自分たちで決めた。次は、六人であの白い世界へ。
そこで何を知ることになるのか、まだ誰も知らない。
ただ一つ、向こうで、ともりが待っている。それだけは、六人とも知っていた。




