#078 「もう一度」
翌日の放課後。
はるなと想太は、いつもの六人で歩いていた。
美弥が何かを話している。いちかが笑っている。隼人が横から口を挟んで、要がそれに冷静な言葉を返す。いつもの光景。昨日と同じ。きっと明日も、似たような光景が続く。はるなは、それを少し後ろから眺めていた。
「どうした?」
隣を歩いていた想太が聞いた。
「ん?」
「また考えてた?」
「……ちょっとだけ」
「昨日、考えるのやめるって言ってなかったか?」
「言った」
「早いな」
「うるさい」
はるなが想太の腕を軽く叩く。
「痛い」
「嘘」
「ばれた?」
「ばれるよ」
二人で笑った。
その声に、美弥が振り返る。
「なに二人でいちゃついてんの?」
「いちゃついてない!」
「はいはい」
「美弥!」
「先行くよー」
美弥は笑いながら手を振った。いちかたちも、そのまま先へ歩いていく。はるなは少し頬を膨らませながら、その背中を見送った。
「……もう」
「いつものことだろ」
「想太が余計なこと言うから」
「俺?」
「想太」
「理不尽だな」
そう言いながら、二人も歩き出す。けれど、少し歩いたところで、想太が口を開いた。
「はるな」
「なに?」
「昨日の話」
はるなの表情が変わった。
「……うん」
「まだ、会いたい?」
少しだけ間があった。
「うん」
今度は迷わなかった。
「会いたい」
想太は頷いた。
「俺も」
二人は歩きながら、しばらく黙っていた。白い世界。長い黒髪。純白の巫女装束。
そして、自分たちを見つめていた、ともり。あの時の表情を、二人とも忘れていなかった。
「ねえ、想太」
「ん?」
「行こうか」
想太がはるなを見る。
「もう一度?」
「うん」
はるなは少し笑った。
「もう一度、ともりに会いに行こう」
想太はすぐには答えなかった。少し考える。
「みんなには?」
「……言う」
「だよな」
「勝手に行ったら、絶対怒られるし」
「特に美弥がな」
「うん」
二人で顔を見合わせた。
「じゃあ」
想太が言う。
「話そう」
「うん」
「もう一度行きたい?」
美弥が聞き返した。六人は場所を変えて集まっていた。周囲に人はいない。はるなと想太が並び、その向かいに四人がいる。
「うん」
はるなが頷いた。
「二人で?」
いちかが聞く。
「そのつもり」
「どうして?」
今度は要だった。
はるなは少し考えた。答えは、自分の中にある。でも、それをどう説明すればいいのか分からなかった。
「……会いたいから」
「ともりに?」
「うん」
美弥たちは黙った。
「何か聞きたいことがあるのか?」
隼人が聞く。
「それも、あると思う」
「思う?」
「自分でも、よく分かんない」
はるなは困ったように笑った。
「聞きたいことはいっぱいあるよ」
世界のこと、自分たちのこと、ともりのこと、あの白い世界のこと。何一つ、全部を知ったわけではない。
「でも」
はるなは続けた。
「それだけじゃないんだよね」
想太が頷く。
「俺も同じ」
「じゃあ、何?」
美弥が聞く。
想太は少し考えてから答えた。
「たぶん、本当に会いたいだけなんだと思う」
四人が黙った。美弥が小さく息を吐く。
「そっか」
「反対?」
はるなが聞いた。
「しないよ」
「ほんと?」
「すると思った?」
「ちょっと」
「なんでよ」
「美弥だから」
「どういう意味?」
いちかが吹き出した。
「まあまあ」
美弥は呆れた顔をしていたが、すぐに表情を戻した。
「ただし」
「ただし?」
「ちゃんと帰ってきて」
はるなが美弥を見る。
「前は一瞬だったけど」
美弥は続けた。
「私たちからしたら、何が起きてるのか全然分からなかったんだから」
「うん」
「それに」
いちかが続ける。
「帰ってきた二人の顔見たら、何かすごいことがあったのだけは分かったし」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ」
いちかは笑った。
「でも、帰ってきてね」
「うん」
隼人が腕を組む。
「俺たちも行くってのは?」
「それは……」
はるなが言葉に詰まった。
想太が代わりに答える。
「今回は、やめた方がいいと思う」
「理由は?」
要が聞く。
「ともりが俺たち二人に話したことの続きになるかもしれない」
「なるほど」
要はそれだけで納得したようだった。
「まず二人で行って、それからってことか」
「うん」
「分かった」
隼人も頷いた。
「じゃあ待ってる」
「ありがとう」
はるなが笑った。美弥がじっと二人を見る。
「何?」
「いや」
美弥は少しだけ笑った。
「今度は何を聞いて帰ってくるのかなと思って」
「私にも分かんないよ」
「そりゃそうか」
「でも」
はるなが言った。
「帰ってきたら、ちゃんと話す」
「うん」
「六人だけの秘密だから」
その言葉に、全員が頷いた。
話が終わったあと。六人はそれぞれ帰路についた。そして、はるなと想太だけが残った。
「ともり」
想太が呼びかける。
『はい』
ともりの声が返ってきた。
「聞こえてたよね?」
『もちろんです』
「だよね」
はるなが苦笑する。
『レゾネーターへ、もう一度アクセスするのですね』
「うん」
はるなが答えた。
「行ってもいい?」
『私に許可を求める必要はありません』
「そうなの?」
『はい。レゾネーターは私の管理下にはありません』
はるなと想太が顔を見合わせた。分かっていたことだった。それでも、改めて言葉にされると不思議な感覚があった。
「ともりは」
はるなが聞く。
「私たちが入ったら、また見えなくなるんだよね?」
『はい』
「怖くない?」
想太がはるなを見る。
ともりからの返事が、少し遅れた。
『怖い、という言葉が適切かどうかは分かりません』
「うん」
『ですが』
ともりは続けた。
『皆さんを観測できない状態になることを、私は好ましくないと判断しています』
はるなが少し笑った。
「それ、怖いって言うんじゃない?」
『その解釈については否定しません』
「そっか」
はるなの声が柔らかくなる。
「じゃあ、ちゃんと帰ってくる」
『お願いします』
「想太もね」
「俺?」
「当然でしょ」
「分かってるよ」
『お二人とも、お願いします』
二人は笑った。
「はい」
「分かりました」
短い沈黙。
そして、ともりが言った。
『一つ、お願いがあります』
「なに?」
『戻られましたら――』
ともりは一瞬、言葉を切った。
『私にも、戻ったことを教えてください』
はるなは目を瞬いた。
「……うん」
想太も頷く。
「必ず」
『ありがとうございます』
翌日。旧図書館。地下へ続く道を、二人はゆっくりと進んでいた。
以前にも歩いた場所。けれど、初めて来た時とは感覚が違う。あの先に何があるのか、二人はもう知っている。
「はるな」
「なに?」
「緊張してる?」
「してる」
「俺も」
「想太も?」
「するだろ、普通」
「そっか」
二人の足音が響く。一歩、また一歩。やがて、レゾネーターが見えた。二人は、その前で立ち止まる。はるなが小さく息を吸った。
「ねえ、想太」
「ん?」
「変だね」
「何が?」
「前は、何があるのか分からなくて怖かったのに」
はるなはレゾネーターを見る。
「今は、あそこにともりがいるって思うと」
少し笑った。
「なんか、会いに来たって感じがする」
想太も笑う。
「俺もだ」
二人は並んで立った。はるなが手を伸ばす。想太も続く。
「行こうか」
「うん」
もう一度、あの白い世界へ。もう一度、ともりに会うために。二人は、レゾネーターへアクセスした。
『観測対象:灯野はるな』
『観測対象:成瀬想太』
『位置情報――』
短い間。
『取得不能』
『観測対象をロストしました』
ともりは、二人を観測できなくなった。そして、はるなと想太の視界を、白い光が満たしていった。




