#077 「隠された答え」
放課後。蒼羽と真凜は、並んで歩いていた。いつもの帰り道。けれど今日は、二人ともあまり話さなかった。
「ねえ、真凜」
「なに?」
「やっぱり、聞く?」
真凜は少しだけ考えてから、頷いた。
「うん」
「そっか」
「蒼羽は?」
「……聞きたい」
二人はまた黙った。聞きたい。でも、聞いていいのか分からない。そんな気持ちを抱えたまま、二人は歩いていた。
あの日。蒼羽と真凜は、ユグノドアドームにいた。二人にとっては、それだけだった。その間に何があったのかは知らない。
けれど――それからの六人は、どこか違って見えた。普段と変わらない。笑っている。話している。
はるなは相変わらずはるなで、想太もいつもの想太だった。美弥も、いちかも。隼人も、要も。
でも、時々、六人だけで顔を見合わせる。ほんの一瞬、何かを確認するように。そして、話題を変える。蒼羽も真凜も、それに気づいていた。
「やっぱり、何かあったよね」
蒼羽が呟いた。
「うん」
真凜は答えた。
「私たちがいなかった時」
「たぶん」
「……そっか」
蒼羽の声が少しだけ沈んだ。
真凜が横を見る。
「嫌?」
「嫌っていうか……」
蒼羽は困ったように笑った。
「ちょっと寂しい」
「うん」
「真凜も?」
「私も」
二人は顔を見合わせた。そして、少し笑った。
「じゃあ、一緒だね」
「うん」
蒼羽は少しだけ空を見上げた。
「ともり様なら、知ってるかな」
「知ってると思う」
「……聞いてみようか」
「うん」
蒼羽が小さく息を吸った。
「ともり様」
『はい』
いつもの声が、すぐに返ってきた。
「聞きたいことがあります」
『どうぞ』
蒼羽は少し迷った。
それから、口を開いた。
「私たちがユグノドアドームにいた時――」
真凜が黙って隣に立っている。
「何か、あったんですか?」
短い沈黙。そして。
『申し訳ありません』
ともりが答えた。
『その質問について、私からお話しすることはできません』
蒼羽と真凜は顔を見合わせた。それだけで、二人には十分だった。
「……やっぱり、何かあったんだ」
蒼羽が小さく呟いた。
真凜が聞く。
「ともり様は、それを知っているんですか?」
再び、短い沈黙。
『その質問にも、お答えできません』
「そうですか」
真凜はそれ以上追及しなかった。でも、蒼羽は、まだ何か言いたそうだった。
「ともり様」
『はい』
「私たちだから、ですか?」
真凜が蒼羽を見る。ともりは何も言わない。
「私たちには、話せないんですか?」
その声に責めるような響きはなかった。ただ、寂しかった。
『蒼羽さん』
「はい」
『真凜さん』
「はい」
真凜も返事をする。
『一つだけ、お伝えしてもよろしいでしょうか』
二人は顔を上げた。
「はい」
『皆さんが、お二人を信頼していないから話さないのではありません』
蒼羽が目を瞬いた。
『むしろ、その逆です』
「逆……?」
『はい』
ともりの声は、いつもと同じだった。感情があるのか、ないのか。二人には分からない。それでも、その言葉は不思議と優しく聞こえた。
『皆さんは、お二人をとても大切にしています』
「……」
『だからこそ、話せないことがあります』
蒼羽が俯いた。
「大切だから……」
『はい』
「それって、ずるくないですか?」
突然、真凜が言った。
「真凜?」
「だって」
真凜は少し頬を膨らませた。
「大切だから教えないって言われたら、私たち何も言えないじゃないですか」
『そうですね』
「そこ、認めるんですか?」
『事実ですので』
蒼羽が吹き出した。
「ふふっ」
「蒼羽」
「ごめん」
真凜も少しだけ笑った。張り詰めていた空気が、ほんの少し緩んだ。
「じゃあ」
蒼羽が聞いた。
「いつか、教えてもらえるんですか?」
ともりは答えなかった。また沈黙。蒼羽は、その沈黙だけで理解した。
「それも、答えられないんですね」
『はい』
「そっか」
蒼羽は少し残念そうに笑った。真凜が隣に立つ。
「もういいよ」
「うん」
二人は再び歩き始めた。その時。
『蒼羽さん。真凜さん』
二人が足を止める。
『皆さんを、信じてあげてください』
蒼羽と真凜は黙って聞いた。
『話せないことがあるということと、お二人を大切に思っていることは、矛盾しません』
蒼羽はしばらく考えていた。やがて、小さく頷いた。
「分かりました」
真凜も頷く。
「私も」
『ありがとうございます』
「でも」
真凜が言った。
『はい』
「いつか話してくれそうになったら、ちゃんと教えてくださいね」
『それは私ではなく、皆さんにお願いしてください』
「あ、逃げましたね」
『適切な回答です』
「絶対逃げましたよね」
蒼羽がまた笑った。今度は真凜も笑った。
空は夕焼けに染まっていた。二人は並んで歩く。
「ねえ、真凜」
「なに?」
「まだ気になる?」
「気になる」
「即答だね」
「蒼羽は?」
「すっごく気になる」
「同じじゃん」
二人で笑った。少しだけ歩いて、蒼羽が言った。
「でも、待とうかな」
「うん」
「はるなさんたちが話してくれるまで」
「私も」
真凜は前を向いた。
「無理やり聞いても、たぶん違うもんね」
「うん」
二人は知らない。あの日、自分たちがユグノドアドームにいた間に、何があったのか。
はるなと想太がどこへ行ったのか。その先に白い世界があったことも。そこで待っていた存在も。
六人が知った、この世界の真実も、何も知らない。
ただ、自分たちに話さない理由だけは、少しだけ分かった。
それで十分だとは、まだ思えない。知りたいという気持ちも消えていない。それでも。
「帰ろっか」
蒼羽が言った。
「うん」
二人は夕暮れの道を歩き続けた。答えは、まだ隠されたまま。けれどその答えを隠している人たちの気持ちまで、隠されているわけではなかった。




