#071 「観測の共有」
旧図書館を出た六人は、中庭へ続くベンチに腰を下ろしていた。午後の日差しが校舎を照らし、風が静かに木々を揺らしている。ほんの数十分前まで、自分たちが世界の真実について話していたとは思えないほど、久遠野はいつも通りだった。
要が静かに口を開く。
「一度、整理しよう。」
「整理?」
隼人が首を傾げる。
「俺達が知ったことだ。感情だけで考えると混乱する。だから、分かっていることだけ並べてみよう。」
全員が頷いた。
要らしい提案だった。
想太が最初に話し始める。
「まず、俺とはるながレゾネーターを通って白い世界へ行った。」
「そこで、向こうのともりさんに会った。」
はるなが続ける。
「向こうのともりさんは、この久遠野がシミュレーション世界だと教えてくれた。」
「そして、この事実は六人以外には話さないでほしいって。」
美弥が確認するように尋ねる。
「命令じゃなくて……お願いだったんだよね?」
「うん。」
はるなが頷く。
「私達に選ばせてくれた。」
その言葉に、いちかは静かに微笑んだ。
「だから私も守ろうって思えたんだ。」
要が小さくメモを取る仕草をしながら続ける。
「次。」
「今まで起こった出来事だ。」
隼人が指を折る。
「子供の頃、はるなと想太は、ともりの声を何度も聞いてる。」
想太が頷く。
「俺達には当たり前だった。」
美弥も思い出すように話す。
「でも、私達も、一度か二度だけ聞いたことがある。」
いちかも続ける。
「『気のせいかな』って思ってた。」
「だから誰にも話さなかった。」
要が腕を組む。
「俺も同じだ。」
「まさか、皆も聞いていたなんて思わなかった。」
六人は顔を見合わせた。今まで、それぞれが胸の奥にしまっていた小さな出来事。それは偶然ではなく、一つの線で繋がっていた。
隼人が思い出したように言う。
「蒼羽ちゃんと真凜ちゃんも、ともり様って呼んでたよな。」
「うん。」
はるなが答える。
「二人は昔から祠で祈っていた。」
「だから、私達とは少し違う形で、ともりさんと繋がっていたのかもしれない。」
美弥が空を見上げる。
「全部が繋がってる……。」
AIともりの優しい声が聞こえる。
『私からも、一つ報告があります。』
六人が端末へ視線を向けた。
『皆さんのお話を、これまで私が観測してきた記録と照合しました。』
『現時点で、大きな矛盾は確認されませんでした。』
要が静かに尋ねる。
「つまり?」
『皆さんが体験された出来事は、それぞれ独立した現象ではありません。』
『一つの出来事として説明できる可能性が高いと判断します。』
隼人が苦笑した。
「可能性が高い、か。」
『はい。私は観測結果を基に判断します。』
『断定はできません。しかし、否定する根拠もありません。』
その答えは、いかにもAIともりらしかった。感情ではなく。決めつけでもなく。観測を積み重ねた先にある、一つの結論。
要が深く息を吐く。
「全部理解した訳じゃない。」
「でも、少なくとも、俺達六人は、同じものを見ている。」
誰も否定しなかった。その言葉だけで十分だった。
いちかが笑う。
「なんだか、不思議だね。」
「世界の秘密を知ったのに、こうして皆で話してると、少し安心する。」
隼人も笑った。
「一人だったら、とっくに頭がおかしくなってたかもしれない。」
その言葉に、皆が思わず笑い声を上げる。重苦しかった空気が、ようやく少しだけ軽くなった。
要が立ち上がる。
「今日はここまでにしよう。」
「考えても、答えはすぐには出ない。でも、また一つずつ確かめていけばいい。」
想太が立ち上がる。
「そうだな。」
はるなも微笑んだ。
「急ぐ必要はないもんね。」
六人は並んで歩き始める。夕暮れへ向かう校舎には、いつもと変わらない笑い声が響いていた。その日常は、何一つ変わっていない。変わったのは、六人の見つめる世界だけだった。そして、その日から。六人は、誰にも知られることのない小さな観測を、静かに続けていくことになる。




