#064 「白い世界」
静寂。ただ、それだけが存在していた。
はるなはゆっくりと目を開く。視界いっぱいに広がる白。空もない。地面もない。天井も壁も見当たらない。
それでも、自分は確かに立っている。
「……。」
小さく息を吐く。声は出ている。しかし、その声さえ白の中へ吸い込まれていくようだった。
「想太。」
振り返る。すぐ隣に想太が立っていた。
彼もまた周囲を見回している。
「無事だったんだ。」
「うん。」
二人は互いの姿を確認すると、少しだけ安心したように笑みを浮かべた。しかし、その笑顔もすぐに消える。
「ここ……。」
想太は周囲を見渡した。
「どこなんだろう。」
答えは返ってこない。ただ白だけが続いている。風も吹かない。空気が動く気配もない。
静かというより、世界そのものが止まっているようだった。
「夢……なのかな。」
はるながぽつりとつぶやく。
想太は少し考え、小さく首を横に振った。
「夢なら、もっと曖昧な感じがする。」
そう言って自分の手を見る。
手を握る。開く。感触はある。温度もある。
「ちゃんと触れる。」
「私も。」
はるなも自分の手を見つめる。すべてが現実だった。だからこそ、不思議だった。
「歩いてみようか。」
「うん。」
二人はゆっくり歩き始めた。一歩。また一歩。足は確かに前へ進んでいる。
しかし景色は変わらない。どれだけ歩いても。どれだけ進んでも。白だけが続いていた。
「……。」
二人は足を止める。振り返る。
そこにも、同じ白。
歩いてきたはずなのに。何も変わっていない。
「歩いて……たよね。」
「うん。」
想太は苦笑する。
「でも、進んでる感じがしない。」
もう一度、前を見る。やはり白。どこまで見ても白。距離という概念そのものが存在しないようだった。
それでも。二人は不思議と恐怖を感じていなかった。誰かに見守られているような。どこか懐かしいような。そんな温かな安心感だけが胸の中にあった。
「不思議だね。」
はるなが小さく笑う。
「怖くない。」
「僕も。」
想太も自然と笑みを浮かべる。
「初めて来た場所なのに。」
「どこか知っている気がする。」
その言葉に、はるなもうなずいた。
二人は再び歩き始める。静かな世界。音もなく、風もなく、時間さえ止まってしまったような白い世界。
その時だった。遠く。白の向こうに、何かが見えた。
「……。」
はるなが立ち止まる。
想太も目を細めた。
「あれ……。」
白の中に。小さな影が一つ。揺らぐこともなく、静かに立っている。人影だった。
二人は顔を見合わせる。そして、ゆっくりとその影へ向かって歩き始めた。




