#058 「八人、それぞれ」
地下施設から戻った翌日。放課後の研究室には、いつもの六人が集まっていた。机の上には昨日まとめた観測記録が並んでいる。
レゾネーター。変化なし。外観異常なし。反応なし。ともりによる解析結果も同じだった。
『現在までに新たな観測結果はありません。』
静かな声が研究室へ響く。
「結局。」
隼人が椅子にもたれた。
「収穫ゼロか。」
「違うよ。」
美弥が首を横に振る。
「何も起きなかったことも、大事な結果。」
「そう。」
要もうなずく。
「仮説が一つ減った。それだけでも前進だ。」
「でも。」
いちかが少し困ったように笑う。
「答えには、まだ遠いね。」
「うん。」
要はホワイトボードを見つめた。
「だから焦らない。事実を積み重ねていけばいい。」
その言葉に全員が静かにうなずく。
はるなだけは、少し離れた窓際に立っていた。視線は夕焼けに染まる校庭へ向いている。
「はるな?」
想太が声を掛ける。
「あ……。」
はるなは振り返り、小さく笑った。
「ごめんちょっと考え事。」
「昨日のこと?」
「うん。」
それ以上は言わなかった。胸の奥に残る違和感。言葉にならない記憶。まだ確信はない。だから今は誰にも話せなかった。
研究室には再び穏やかな時間が流れ始めた。
その頃。放課後のユグノドア・ドームには、多くの人々が行き交っていた。買い物帰りの家族。学校帰りの学生。穏やかな夕暮れの光がガラスドームを優しく照らしている。
その一角にある小さな祠へ、蒼羽と真凜はいつものように歩いていた。二人にとって、この場所へ立ち寄ることは日課になっていた。祠の前へ並び、静かに手を合わせる。
「ともり様。」
蒼羽が優しく呼びかける。
「今日も来たよ。」
『こんにちは。』
いつもと変わらない穏やかな声が返ってきた。
真凜が少し身を乗り出す。
「今日はね。みんな地下へ行ってきたんだって。」
『観測結果は受信しています。』
ともりは静かに答える。
『レゾネーターに変化は確認されませんでした。』
蒼羽は少しだけ残念そうな表情を浮かべた。
「そうなんだ……。ともり様でも分からないの?」
数秒の静寂。
『はい。現時点では、私にも分かりません。現在も解析を継続しています。』
「そっか。」
真凜は小さくうなずいた。
蒼羽は祠を見つめながら、静かに微笑む。
「でも、きっと大丈夫。みんななら、ちゃんと答えを見つけるよ。」
真凜も笑顔になる。
「うん。私もそう思う。」
『ありがとうございます。私も、解析を続けます。』
柔らかな風が祠の鈴を小さく揺らした。二人は静かに目を閉じる。久遠野が、今日も穏やかでありますように。大切な人たちが、笑顔で過ごせますように。それだけを願い、静かに祈りを捧げる。
研究室では六人が。ユグノドア・ドームの祠では二人が。同じ出来事を、それぞれ違う立場から見つめていた。
答えを探す者。静かに願う者。歩む道は違っても、その想いは一つ。久遠野の穏やかな日々を守りたい。その願いだけは、八人全員が同じだった。




