#053 「同じ夢」
その夜。梅雨の雨が静かに久遠野の街を包んでいた。窓を伝う雨粒が、街灯の光を受けて淡く揺れている。はるなは静かに目を閉じていた。
白い空間。音もない。風もない。どこまでも続く白い世界。はるなはゆっくりと歩いていた。
「……また。」
不思議と怖くはなかった。初めて見る景色のはずなのに、どこか懐かしい。遠くに、人影が見える。一人。誰かが立っている。
「誰……?」
呼びかけても返事はない。その人影は静かに前を向いたままだった。一歩。また一歩。近付こうとした、その時だった。
コン……
小さな音が響く。振り返る。何もない。けれど。どこかで聞いたことのある音だった。もう一度、人影を見る。その姿が、ゆっくりと白い光へ溶けていく。
「待って!」
思わず手を伸ばいた瞬間。世界が静かに揺れた。
朝。はるなはゆっくりと目を覚ました。
「夢……。」
天井を見つめたまま、小さく息をつく。内容は思い出せる。けれど。誰だったのかだけは、どうしても思い出せなかった。
登校途中。
「おはよう。」
想太が声を掛ける。
「おはよう。」
はるなは笑顔を返した。
「眠そうだね。」
「ちょっと夢を見ちゃって。」
その一言で。想太の足が止まった。
「……夢?」
「うん。」
「白い場所だった?」
はるなが驚いて想太を見る。
「どうして分かったの?」
今度は想太が困ったように笑う。
「俺も見た。」
二人の間に静かな沈黙が流れる。
「同じ……夢?」
「分からない。」
想太は首を横に振る。
「でも。」
「白い場所だった。」
「誰かいた。」
「顔は見えなかった。」
はるなの表情が少しずつ真剣になる。
「私も。」
二人は顔を見合わせたまま、しばらく言葉を失っていた。
放課後。
研究室。
「同じ夢?」
隼人が思わず聞き返す。
「うん。」
はるなが静かに頷く。
「内容は全部じゃないけど。白い場所。誰かが立っていたこと。顔が見えなかったこと。」
想太も続ける。
「俺も同じだった。」
研究室が静かになる。
美弥が腕を組んだ。
「偶然……なのかな。」
「偶然にしては出来過ぎている。」
要が静かに答える。
「夢は個人の記憶や経験が影響すると言われている。それが二人同時に一致する可能性は、決して高くない。」
いちかが小さく尋ねた。
「地下施設と関係あるのかな?」
「まだ分からない。」
要は首を横に振る。
「現時点では仮説を立てるには情報が少ない。」
隼人が苦笑する。
「結局、また分からないか。」
「でも。」
要は窓の外を見た。
「一つだけ確かなことがある。偶然だけでは説明しにくい出来事が、また一つ増えた。」
同時刻。ユグノドア・ドーム。ともりは静かに二人の会話を記録していた。
「夢に関する共有情報を確認。」
解析開始。睡眠データ。脳波記録。都市ネットワーク。既存研究。照合。
「一致しません。」
静かな声が響く。
「共有夢現象。」
「発生条件……不明。」
しばらく沈黙が続く。画面には、地下施設の観測記録と今日の会話が並んでいた。レゾネーター。発光現象。共有された夢。
それぞれに直接の関連性は見つからない。しかし。無関係とも断定できなかった。ともりは静かに観測ログを保存する。
「継続観測を推奨します。」
少しだけ間が空く。そして。
「……興味深いですね。」
その一言は、新しい仮説を立てた言葉ではなかった。まだ点と点は繋がらない。それでも。一つずつ集まり始めた欠片が、やがて一枚の絵になる予感だけは、確かにそこにあった。雨は静かに降り続いている。その音は、まるで遠い記憶の残響のように、久遠野の夜へ溶け込んでいった。




