#051 「かわいい後輩たち」
昼休み。校舎の廊下には、いつものように生徒たちの明るい声が響いていた。教室へ戻る者。友人と立ち話をする者。購買へ急ぐ者。そんな賑やかな廊下を、蒼羽と真凜が並んで歩いていた。
「今日のパン、何にする?」
蒼羽が楽しそうに尋ねる。
「私はたまご。」
「じゃあ私はクリーム!」
「昨日も食べてなかった?」
「昨日はチョコクリームです。」
「違うんだ。」
「全然違います。」
胸を張る蒼羽を見て、真凜が小さく笑った。二人にとっては、いつもの昼休み。けれど。少し離れた場所では、違う空気が流れていた。
「あっ。」
一人の女子生徒が、小さく声を上げる。
「来た。」
「今日も二人一緒だ。」
「かわいい……。」
声を潜めているつもりなのだろう。しかし、その熱量までは隠せていなかった。
蒼羽が足を止める。
「今、何か聞こえなかった?」
「聞こえたね。」
真凜も振り返る。そこには数人の女子生徒が立っていた。目が合う。一瞬の静寂。
蒼羽は笑顔で手を振った。
「こんにちは!」
「きゃああああっ!」
女子生徒たちは声を上げ、そのまま廊下の角へ駆けていった。
蒼羽は手を振った姿勢のまま固まる。
「……逃げた。」
「逃げたね。」
「私、何かした?」
「手を振った。」
「それだけ?」
「それだけ。」
二人は顔を見合わせた。
「不思議だね。」
「うん。」
少し考えたあと。
蒼羽は何事もなかったように歩き始めた。
「パン売り切れちゃう!」
「そっちの方が大事なんだ。」
購買の前。昼休みということもあり、多くの生徒が列を作っていた。蒼羽と真凜が最後尾へ並ぶ。すると。前に並んでいた女子生徒が振り返った。
「蒼羽ちゃん。」
「はい?」
「これ。」
差し出されたのは、最後の一つだったクリームパン。
「えっ。」
「クリームパン、好きなんだよね?」
「はい!」
蒼羽の顔が一瞬で輝く。けれど。すぐに首を横へ振った。
「でも、先輩が買おうとしてたんですよね?」
「私は別のにするから。」
「でも。」
「いいの!」
女子生徒は蒼羽の手へクリームパンを押しつけた。
「蒼羽ちゃんが食べてくれた方が、そのパンも幸せだから!」
「パンが?」
蒼羽が目を丸くする。
「そう!」
「そうなんですか?」
「そうなの!」
力強く頷く先輩。
蒼羽は少し考えてから、にこっと笑った。
「じゃあ、一緒に食べませんか?」
「えっ。」
「半分にすれば、二人とも幸せです。」
女子生徒の顔が真っ赤になる。
「かわいいーーーーー!」
その声をきっかけに、周囲の女子生徒たちまで集まってきた。
「真凜ちゃんは何を買うの?」
「私は、たまごパンを。」
「真凜ちゃんらしい!」
「どういう意味?」
真凜が首を傾げる。
「落ち着いてる感じ!」
「たまごパンに、そんな印象あるの?」
「あります!」
「あるんだ……。」
真凜は少し困ったように笑った。その笑顔を見た女子生徒たちから、また小さな歓声が上がる。
少し離れた場所。数人の男子生徒が、その光景を眺めていた。
「すごいな。」
「ああ。」
「二人とも人気あるよな。」
「まあ、かわいいし。」
その言葉に全員が頷く。けれど。誰も近付こうとはしなかった。
「俺たちが前に出たら、女子に怒られそう。」
「それはある。」
「遠くから見てるくらいが平和だ。」
「そうだな。」
結局、誰も動かなかった。
「何だ、あれ。」
偶然近くを通りかかった隼人が、購買前の人だかりを見つめた。隣には、はるな、想太、美弥、いちか、要の姿もある。
「蒼羽と真凜だね。」
はるなが笑う。
「すごい人気。」
いちかが目を丸くする。
「前から目立ってたけど。」
美弥も苦笑した。
「学園祭の祝詞もあったしね。」
「転校してきたばかりなのにな。」
想太が周囲を見渡す。
「男子は遠慮してるみたいだ。」
「賢明だ。」
要が真顔で頷く。
「高校生男子が十一歳の後輩へ積極的に近付けば、いろいろ誤解を招く。」
「要が一番現実的なこと言った。」
隼人が吹き出す。
その時。
「どうしてこんなに人がいるんですか?」
蒼羽が不思議そうに辺りを見回した。
「真凜、何かあった?」
「私にも分からない。」
二人は本気で困っている。その様子を見た女子生徒たちから、また歓声が上がる。
「本人たちが一番分かってないな。」
隼人が笑う。
「そこがまた人気なんだろうね。」
はるなも優しく微笑んだ。昼休みは今日も賑やかに過ぎていく。地下施設とも。レゾネーターとも。何の関係もない。けれど。蒼羽と真凜が、この学校で少しずつ愛される存在になっていることだけは、誰の目にも明らかだった。




