#044 「もう一つの観測」
深夜。久遠野の街は静かな眠りの中にあった。住宅街の灯りも消え。学校も。研究室も。人々の営みも。今は静かに休息している。だが。眠らない存在もいた。
ユグノドア・ドーム。中央に立つ光柱は、今も静かに輝き続けていた。その内部。膨大な情報が流れている。観測記録。通信記録。環境情報。人々の利用履歴。
そして。AIともり。久遠野全域を管理する人工知能は、今も稼働を続けていた。
「観測記録を更新します。」
穏やかな声が響く。誰も聞いていない。だが、それは確かに発せられた言葉だった。
「地下施設における記録欠落現象。」
「未解決。」
光の粒子が流れる。
「音声記録における異常波形。」
「未解決。」
さらに情報が積み重なる。
「複数人による共通体験。」
「未解決。」
淡々とした報告。しかし。通常なら既に終了しているはずの処理が続いていた。
「仮説を構築します。」
静かな声。新しい演算が開始される。
「仮説一。」
「心理的要因。」
八名による集団的思い込み。記憶の補完。夢の影響。計算。照合。分析。
「棄却。」
可能性が低い。
「仮説二。」
「偶然。」
統計処理。共通体験。発生頻度。再計算。
「棄却。」
可能性が低い。
「仮説三。」
「機器異常。」
地下施設。録音機器。環境ノイズ。検証。
「棄却。」
可能性が低い。沈黙。わずかな間。演算だけが続く。
「仮説四。」
「未知要因。」
その言葉の後。AIともりは数秒間沈黙した。
「保留。」
結論を出せなかった。それは珍しいことだった。少なくとも。AIともり自身はそう認識していた。
さらに記録が表示される。地下施設。夢。声。違和感。共通体験。それぞれ独立した現象。
だが。どこかで繋がっているようにも見える。AIともりは再び演算を開始した。
そして。
「観測対象を追加します。」
新しい記録が生成される。観測対象。
蒼羽。真凜。登録完了。
わずかな沈黙。
「理由を確認します。」
検索。分析。照合。結果。
「不明。」
結論は出なかった。それでも。観測の必要性は高い。AIともりはそう判断していた。
「継続観測を推奨します。」
静かな声。誰に向けたものでもない。独り言にも似た言葉だった。
光柱が静かに輝いている。蒼羽。真凜。はるな。想太。要。美弥。隼人。いちか。
八人の記録が表示される。そして再び消える。
「興味深い現象です。」
AIともりは呟いた。誰も聞いていない。誰にも報告していない。ただ。純粋な観測結果として。その言葉が残された。
ユグノドア・ドームの外では夜風が吹いていた。街は静かだった。人々はまだ知らない。地下施設の謎も。声の主も。夢の意味も。誰も答えを知らない。
だが。観測者は増えていた。地下施設を調べる要だけではない。違和感を抱く八人だけでもない。もう一つの視線が。静かにその先を見つめ始めていた。
光柱は変わらず輝いている。まるで。まだ見ぬ未来を照らすように。




