#042 「声の主」
放課後。研究室には八人が集まっていた。先日の話は、全員の中に思った以上の影響を残していた。地下室。夢。声。子供の頃の記憶。そして。八人全員が同じような経験を持っていたこと。誰もが偶然とは思えなくなっていた。
「結局さ」
想太が椅子にもたれながら言う。
「何なんだろうな」
誰もすぐには答えなかった。
その時。蒼羽が小さく手を挙げた。
「ともり様に聞いてみる?」
研究室が静かになる。
真凜が苦笑した。
「そう来たか」
「だって、ともり様だよ?」
蒼羽は当然のように言う。
「私たちより詳しいかもしれないじゃない」
要が腕を組んだ。
「確かにな」
反対する理由はなかった。
「ともり」
要が端末を操作する。
「呼び出します。」
穏やかな声が研究室に響いた。
空中に淡い光が現れる。ホログラムの案内画面。いつものAIともりだった。
「こんにちは。」
「こんにちは、ともり様」
蒼羽と真凜が揃って頭を下げる。
想太が苦笑する。
「相変わらずだな」
「当然です」
蒼羽は真面目な顔だった。
AIともりは少しだけ沈黙した。
「本日のご相談内容をお聞かせください。」
「声のことだ」
要が説明を始めた。地下室の記録。ノイズ。夢。過去の記憶。そして八人全員の体験。
AIともりは最後まで黙って聞いていた。やがて。
「理解しました。」
静かな声。全員が待つ。
「で?」
想太が聞く。
「何だと思う?」
AIともりは数秒沈黙した。
「分かりません。」
即答だった。研究室にため息が広がる。
「ですよねー」
蒼羽が肩を落とした。
「判断材料が不足しています。」
いつも通りの返答。だが。今回はそれだけでは終わらなかった。
「ただし。」
全員が顔を上げる。AIともりの声が続く。
「八人全員が類似した経験を持つという事実は、統計的に無視できません。」
研究室が静かになる。
「どういう意味?」
いちかが尋ねる。
「偶然だけで説明することは困難です。」
美弥が眉を上げた。
「どのくらい?」
「十分に低い確率です。」
簡潔な回答。だが。それで十分だった。
「つまり」
隼人が言う。
「何かあるかもしれない?」
「その可能性は高いと考えられます。」
AIともりが答える。
蒼羽が勢いよく立ち上がった。
「ほら!」
「落ち着け」
真凜が袖を引く。
「まだ何も分かってない」
「でも、ともり様が!」
「可能性と言っただけ」
即座に返される。研究室に笑いが広がった。
少し空気が和らいだ後。はるなが静かに尋ねた。
「ともり」
「はい。」
「もし、本当に誰かがいたら?」
研究室が静かになる。蒼羽も。真凜も。要も。全員がAIともりを見た。
AIともりは数秒沈黙した。そして。
「その場合。」
穏やかな声で答える。
「現時点で悪意を示す情報は確認されていません。」
誰も言葉を発さない。
「悪意?」
蒼羽が聞く。
「はい。」
AIともりは続けた。
「報告された内容は全て友好的、あるいは中立的です。」
ありがとう。大丈夫。懐かしい感覚。呼び掛ける声。確かにそうだった。
「少なくとも。」
AIともりが言う。
「皆さんを傷付けようとする存在である可能性は低いと思われます。」
その言葉に。真凜が少しだけ安心したような表情を見せた。
帰り道。夕焼けの坂道を蒼羽と真凜が歩いていた。
「どう思う?」
蒼羽が聞く。
「何が?」
「声の主」
真凜は少し考えた。そして空を見上げる。
「分からない」
「うん」
「でも」
蒼羽も立ち止まる。夕焼けが二人を照らしていた。
「怖くない」
真凜が静かに言った。
蒼羽は笑う。
「私も」
答えはまだ見えない。声の主も分からない。それでも。少しだけ前へ進んだ気がした。誰も正体を知らない。
けれど。その存在は、きっと敵ではない。そんな小さな確信だけが。二人の胸に静かに残っていた。




