#037 「残された部屋」
土曜日の午後。秋の空は高く澄んでいた。旧図書館へ続く坂道を、六人は歩いている。目的地はもちろん地下室だった。
「今度こそ、ちゃんと調べるぞ」
要が言う。
「その台詞、三回くらい聞いた気がする」
想太が笑う。
「気のせいだ」
「いや絶対言ってる」
隼人も苦笑した。そんなやり取りをしながら、一行は旧図書館へ到着する。静かな建物だった。休日ということもあり、人の気配はない。
「ともり」
要が携帯端末を操作する。
「地下室の記録を表示してくれ」
すぐに返答があった。
「表示します。」
AIともりの落ち着いた声。空中にホログラムが展開される。
地下構造図。管理記録。改築履歴。だが。前回と変わらない。
「やっぱり円柱は無いわね」
美弥が呟いた。
「記録上は存在していません。」
AIともりが答える。
要が眉をひそめる。
「実物はあるのにか」
「確認できません。」
短い返答。その言葉に全員が顔を見合わせた。確認できない。つまり。AIともりも知らない。
「珍しいな」
隼人が言う。
「ともりが分からないなんて」
「記録が存在しないため、回答できません。」
AIともりの声はいつも通りだった。だが。その事実だけが異様だった。
地下室。重い扉を開く。ひんやりとした空気が流れ出た。前回と変わらない景色。広い空間。巨大な円柱。静かな沈黙。
「本当にあるんだよな……」
想太が呟く。何度見ても現実感が薄い。
要は周囲を見回した。今回は円柱だけを見ない。部屋全体を見る。壁。床。天井。配置。
「なあ」
しばらくして要が言った。
「広くないか?」
美弥が振り返る。
「何が?」
「この部屋」
全員が周囲を見る。確かに広い。だが。それが何を意味するのか分からない。
「円柱に対して」
要は続けた。
「部屋が大きすぎる」
沈黙。いちかがゆっくり周囲を見渡す。
「言われてみれば……」
隼人も頷いた。
「設備室なら無駄な空間が多いな」
「だろ?」
要は壁際へ歩く。何もない。本当に何もない。だから逆に気になる。
まるで。何かを置くための空間が残されているようだった。
「残された部屋か」
想太が呟く。誰も返事をしなかった。だが。同じことを考えていた。この部屋には何かが足りない。そんな気がする。
その頃。蒼羽と真凜はユグノドア・ドームを訪れていた。
休日の午後。ドーム内は静かな空気に包まれている。中央の光柱が淡く輝いていた。
「ともり様」
蒼羽が小さく頭を下げる。
真凜も続く。
「こんにちは、ともり様」
「こんにちは、蒼羽さん。真凜さん。」
AIともりの声が静かに響く。
蒼羽の表情が少しだけ明るくなった。
「えへへ」
「何で嬉しそうなの?」
真凜が聞く。
「だって返事してくれるから」
「毎回してるよ」
「でも嬉しい」
真凜は少し笑った。その時。ドーム中央の光がわずかに揺れた気がした。
蒼羽が顔を上げる。
「……?」
「どうしたの?」
「今」
蒼羽は首を傾げた。
「何か聞こえた気がした」
真凜も耳を澄ます。だが何も聞こえない。
「気のせいじゃない?」
「うーん……」
蒼羽は納得しきれない。けれど。それ以上は分からなかった。
「ともり様」
真凜が静かに言う。
「何でしょうか。」
「今日も見守っていてください」
一瞬。蒼羽が真凜を見る。
真凜は少し照れたように視線を逸らした。
「いいと思っただけ」
「うん」
蒼羽は笑う。
「私もお願いする」
二人は並んで光柱を見上げた。それはいつもと変わらない光景だった。けれど。どこか懐かしい気持ちが胸に残る。
夕方。地下室から戻る六人。ユグノドア・ドームから帰る二人。それぞれ別の場所にいた。
だが。同じ違和感を抱えていた。地下には何かが足りない。声には何か意味がある。まだ繋がらない。まだ分からない。
それでも。少しずつ。確実に。何かが近付いていた。




