#036 「もう一度」
放課後。研究室にはいつもの六人が集まっていた。窓の外では秋の空がゆっくりと色を変えている。机の中央には要の端末から展開された地下構造図。例の地下室だった。
「やっぱり行くしかないな」
要が言った。誰も反論しない。ここ数日。調べても答えは出なかった。記録は欠けている。資料も残っていない。それなら。現地を見るしかない。
「もう一度行くの?」
いちかが尋ねる。
「ああ」
要は頷いた。
「今度はちゃんと調べる」
「前回は勢いだったからな」
隼人が苦笑する。
「確かに」
想太も頷いた。あの日は異常な出来事が続きすぎた。冷静に見る余裕が無かった。だから。もう一度。今度は確かめるために。
「私は賛成」
美弥が言う。
「何も分からないままの方が気持ち悪い」
はるなも小さく頷いた。あの音。あの光。忘れられない。答えが欲しかった。
「じゃあ決まりだな」
要が端末を閉じる。
その時だった。
「何が決まりなの?」
研究室の扉が勢いよく開いた。蒼羽だった。その後ろから真凜も入ってくる。
「嫌な予感がする」
真凜が小さく呟いた。全員が顔を見合わせる。嫌な予感は正しかった。
「旧図書館に行くんでしょ?」
蒼羽が言う。
「私たちも行く!」
「だめ」
要が即答した。
「早い!」
蒼羽が机を叩く。
「まだ一秒も経ってない!」
「だめなものはだめだ」
「どうして!?」
真凜も首を傾げた。
「理由くらい聞きたい」
隼人が腕を組む。
「危ないから」
「危ない?」
「何があるか分からない」
要が続ける。
「俺たちも分かってないんだ」
「でも」
「だめ」
再び即答。蒼羽は目を丸くした。
「理不尽だ!」
「理不尽じゃない」
「理不尽だよ!」
研究室に笑いが広がる。だが蒼羽は本気だった。
「私たちだって関係あるじゃん!」
その言葉に。一瞬だけ空気が変わった。
はるなが蒼羽を見る。真凜も黙る。関係がある。確かにそうだった。
蒼羽も真凜も。最近は妙な声を聞いている。偶然とは思えない。それでも。
「だからこそだ」
要が静かに言った。
「え?」
「関係があるかもしれないから、危険かもしれない」
蒼羽は言葉を失う。予想していなかった答えだった。
「俺たちは調べる側」
要は続ける。
「お前たちは守る側だ」
「意味分かんない」
「分からなくていい」
「要先輩!」
蒼羽が抗議する。だが要は譲らない。珍しいほど頑固だった。
「だめだ」
その一言。蒼羽は数秒固まる。そして。
「子供扱いだ!」
研究室中に響く声。想太が吹き出した。隼人も笑う。美弥は肩を震わせている。
「笑い事じゃない!」
「いや、ごめん」
想太が謝る。
「でも蒼羽らしくて」
「ひどい!」
真凜が額に手を当てた。
「だから言ったでしょ」
「真凜まで!」
再び笑いが起こる。重かった空気が少しだけ和らいだ。
帰り道。蒼羽と真凜は並んで歩いていた。夕陽が坂道を照らしている。
「納得いかない」
蒼羽が言う。
「分かる」
真凜も頷く。
「でも」
「でも?」
「心配してくれてるのも分かる」
蒼羽は黙った。それは確かだった。特に要。あれは怒っているんじゃない。守ろうとしている。
「うーん……」
複雑だった。嬉しいような。悔しいような。そんな気持ち。
その時だった。風が吹く。夕陽が揺れる。そして。
『大丈夫』
誰かの声が聞こえた気がした。蒼羽が立ち止まる。
「……え?」
「蒼羽?」
真凜が振り返る。だが。周囲には誰もいない。秋の風だけが静かに吹いていた。
「どうしたの?」
「ううん」
蒼羽は首を振る。今度は覚えていた。はっきりと。確かに聞こえた。
『大丈夫』
優しい声だった。けれど。それが誰なのかは分からない。
蒼羽は空を見上げる。夕焼けの向こうに。誰かがいるような気がした。そんな不思議な放課後だった。




