#034 「消えた記録」
昼休み。研究室の窓から秋の陽射しが差し込んでいた。要は一人、机に向かっている。目の前には携帯端末から展開された複数のホログラムウィンドウ。
旧図書館。地下設備。改築記録。管理ログ。数十年前まで遡った学園データ。その全てを調べていた。
「……おかしい」
小さく呟く。地下室の存在は記録されている。建設時期も分かる。改修履歴も残っている。
だが。あの巨大な円柱だけが存在しない。まるで最初から無かったかのように。
「またそれ調べてるの?」
声がした。振り返ると美弥が立っていた。
「気になるからな」
「分からないことがあると眠れないタイプ?」
「否定はしない」
美弥が苦笑する。その時。研究室の扉が開いた。
「おっ、いたいた」
想太だった。後ろには隼人といちか。気付けば、いつもの六人が集まり始める。
「何か進展あった?」
想太が椅子に腰掛ける。要はしばらく黙っていた。そして端末を机の中央へ置く。淡い光が広がる。
研究室の中央にホログラムが展開された。
旧図書館の地下構造。地下室。階段。通路。そして。空白。
「これが問題だ」
要が指差す。
「円柱がない」
「え?」
いちかが首を傾げた。
「でも実際にはあったよね?」
「あった」
要は頷く。
「俺たちは見た」
隼人も腕を組む。
「つまり記録ミスか」
「最初はそう思った」
要は別のウィンドウを開いた。古い写真。設計図。保守記録。どれにも円柱は映っていない。
「全部か?」
「全部だ」
研究室が静かになる。
はるなが立体映像を見つめていた。
「消された……とか?」
要は首を振る。
「それも考えた」
さらに別の資料が表示される。
「でも痕跡がない」
「痕跡?」
想太が聞く。
「削除記録ね」
美弥が答えた。
「データを消したなら、普通はその痕跡が残るわよ」
「そういうこと」
要が頷く。
「でも何もない」
何も。本当に何も。最初から存在していなかったように。それが不気味だった。
「なあ」
想太が天井を見上げる。
「俺たち、本当に見たんだよな?」
「見たわよ」
美弥が即答する。
「私も覚えてる」
いちかも頷く。
「俺も」
隼人も同意した。全員が見ている。夢ではない。勘違いでもない。それなのに。記録だけが存在しない。
「だったら余計に変だな」
想太がため息をついた。
要はホログラムを閉じる。青白い光が消える。
「だから調べる」
「答えがあると思うか?」
隼人の問いに。要は少しだけ笑った。
「無かったら困る」
その言葉に全員が苦笑した。だが。誰も否定はできなかった。
放課後。校舎裏のベンチ。蒼羽と真凜も合流していた。
「それで?」
蒼羽が言う。
「今日は何の話?」
「特にない」
要が答える。
「絶対嘘」
「嘘じゃない」
「怪しい」
蒼羽は頬を膨らませた。
真凜がため息をつく。
「また始まった」
その様子に皆が笑う。だが。
はるなはふと蒼羽を見た。
「蒼羽」
「ん?」
「その後、聞こえた?」
一瞬。
蒼羽の表情が変わった。
「……まだ」
そう答える。だが少しだけ視線が揺れた。
真凜だけがそれに気付く。
「蒼羽?」
「何でもない」
蒼羽は慌てて笑った。
「本当に何でもないよ」
そう言いながら。胸の奥には小さな違和感が残っていた。昨夜。眠る直前。確かに何かを聞いた気がしたのだ。
けれど。思い出そうとすると消えてしまう。まるで夢のように。
秋の風が静かに吹き抜ける。誰もまだ知らない。消えた記録と。聞こえない声が。少しずつ同じ場所へ向かっていることを。




