#033 「聞こえた気がする」
放課後。蒼羽と真凜は校舎裏のベンチへ向かっていた。すっかり定位置になった場所。今日も六人は先に集まっている。
「お待たせー!」
蒼羽が元気よく手を振る。
「遅い」
要が即答した。
「まだ一分だよ!?」
「遅いものは遅い」
「理不尽だ!」
蒼羽が抗議する。
隣で真凜が小さくため息をついた。
「蒼羽、毎日同じことやってる」
「だって毎日言われるんだもん!」
ベンチの周囲に笑いが広がる。そんな何気ない放課後。
だが今日は、蒼羽の中に一つだけ気になることが残っていた。昨夜のことだ。
言おうか。やめておこうか。少し迷う。けれど結局、口を開いた。
「ねえ」
全員の視線が集まる。
「変なこと聞いていい?」
「内容による」
要が答えた。
「酷いなあ」
蒼羽は頬を膨らませる。そして少しだけ真面目な顔になった。
「誰かに話しかけられた気がすることってある?」
一瞬。空気が止まった。
「夢じゃないのか?」
隼人が言う。
「私もそう思う」
美弥も頷く。
「寝ぼけてたとか?」
いちかが続ける。
「うーん……」
蒼羽は首を傾げた。
「そうかもしれないんだけど」
「どんな声だったの?」
真凜が尋ねる。
「それがね」
蒼羽は困ったように笑った。
「よく覚えてない」
「覚えてないの?」
「うん」
自分でも不思議だった。聞こえた気がする。けれど内容が曖昧だ。何か大切な言葉だった気がする。それだけが残っている。
「じゃあ気のせいだろ」
要が言う。
「ひどい!」
「証拠がない」
「理系!」
「理系だからな」
想太が笑う。いつもの調子だった。みんなも笑っている。蒼羽もつられて笑った。
だが。はるなだけは笑っていなかった。
「……はるな?」
蒼羽が首を傾げる。
「どうしたの?」
「え?」
はるなが顔を上げる。
「何でもないよ」
そう言って微笑む。だが。どこか考え込んでいるようにも見えた。
隣では想太も黙っている。
「想太も?」
「ん?」
「何か変」
「そうか?」
想太は苦笑した。
「考え事してただけ」
それ以上は誰も追及しなかった。話題はすぐ別の方向へ流れていく。授業の話。学園祭の話。週末の予定。いつもの放課後だった。
帰り道。夕陽が坂道を赤く染めていた。蒼羽と真凜は並んで歩いていた。
「結局、気のせいだったのかな」
蒼羽が呟く。
「たぶんね」
真凜が答える。
「やっぱり?」
「でも」
真凜が少しだけ考える。
「蒼羽がそこまで気にするのも珍しい」
「そう?」
「いつもなら忘れてる」
「確かに」
二人は笑った。
その時だった。
「蒼羽」
後ろから声がする。振り返ると、はるなが立っていた。
「あれ?」
「どうしたの?」
蒼羽が尋ねる。
はるなは少し迷うような表情を見せた。そして静かに言う。
「また聞こえたら教えて」
「え?」
「その声」
蒼羽は瞬きをする。
「信じてくれるの?」
はるなは小さく笑った。
「分からない」
正直な答えだった。
「でも」
夕陽が瞳に映る。
「そういうこと、ある気がするから」
蒼羽は首を傾げた。意味はよく分からない。けれど。はるなの言葉は不思議と胸に残った。
「うん」
蒼羽は頷く。
「分かった」
はるなも微笑んだ。それだけだった。それ以上の説明はない。けれど二人の間には、小さな理解が生まれていた。
帰宅途中。想太は一人で空を見上げていた。
夕焼けの向こう。遠い雲の隙間。何を思い出したわけでもない。何かを見たわけでもない。それでも。
蒼羽の話を聞いた瞬間。懐かしい感覚が胸をよぎった。子供の頃。誰もいない場所で。誰かに呼ばれたような気がしたことがあった。気のせいだと思っていた。ずっと。
「……まさかな」
苦笑する。答えはない。けれど。思い出せない何かが、確かにそこにあった。夕暮れの風が静かに吹き抜ける。その声を聞いた者はまだ少ない。
だが。少しずつ。確実に。何かが繋がり始めていた。




