#031 「あの日の話」
月曜日の朝。学園祭が終わった灯ヶ峰学園は、いつもの静けさを取り戻していた。校門をくぐる生徒たち。グラウンドから聞こえる運動部の声。校舎を抜ける風。何も変わらない朝だった。
それでも、はるなはどこか落ち着かなかった。教室の窓から空を見上げる。青空は高く澄んでいる。週末に旧図書館へ向かったことが、もうずいぶん前の出来事のようにも感じられた。
「おはよう」
想太が声を掛ける。
「おはよう」
はるなも微笑んだ。
だが、お互いに分かっていた。考えていることは同じだった。地下室。巨大な円柱。そして――あの音。授業は何事もなく終わった。
放課後。いつものように八人は校舎裏のベンチに集まっていた。蒼羽と真凜も、すっかりこの場所に馴染んでいる。
「それで?」
蒼羽がジュースを片手に言う。
「今日は何の集まり?」
「別に集まりじゃない」
要が即答した。
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「絶対嘘」
蒼羽は頬を膨らませる。
隣で真凜がため息をついた。
「蒼羽、面倒くさい」
「真凜まで!」
その様子に隼人が苦笑した。
「相変わらず元気だな」
「元気じゃなきゃ損でしょ」
蒼羽は胸を張る。その姿に、はるなは少しだけ気持ちが軽くなった。不思議なことが続いている。それでも、こういう時間があると安心できた。
「なあ」
想太が口を開いた。
「結局、あれ何だったんだろうな」
空気が少しだけ変わる。
蒼羽と真凜が顔を見合わせた。
「あれ?」
「何の話?」
要が腕を組む。
「旧図書館の地下だ」
「地下?」
蒼羽の目が輝いた。
「何それ面白そう」
「面白くはない」
美弥が即座に否定する。
「かなり不気味だったわよ」
いちかも頷いた。
「私、もう行きたくないかも……」
「ええっ!?」
蒼羽は信じられないという顔をした。
「ますます気になるんだけど!」
「だから駄目だ」
要が言う。
「私たちも行く!」
「だめ」
「即答!?」
蒼羽が立ち上がった。
真凜も驚いた顔をする。
「どうして?」
「危ないから」
隼人が答えた。
「危ない?」
「何があるか分からない」
要が続ける。
「まだ何も分かってないんだ」
「でも!」
「だめ」
再び即答。
蒼羽は大きく肩を落とした。
「子供扱いだ!」
全員が吹き出した。
真凜は額に手を当てる。
「実際、子供でしょ」
「真凜まで!」
再び笑いが起こる。重くなりかけていた空気が少しだけ和らいだ。しばらくして。話題は自然と地下室へ戻った。
「それで、何か分かったの?」
真凜が尋ねる。
はるなは少し考えた。
「分からない」
正直な答えだった。
「でも……」
全員の視線が集まる。
「音が聞こえたの」
「音?」
「うん」
はるなは頷く。
「私だけ」
沈黙。蒼羽も真凜も真面目な顔になった。
「みんなには聞こえなかった」
想太が言う。
「俺たちには何も」
「光も見えた気がした」
はるなが続ける。
「でも、本当に見たのかは分からない」
美弥が静かに言った。
「証拠もないしね」
「そうなんだよな」
想太も頷く。結局、答えは出ない。あの日と同じだった。分からないまま。違和感だけが残っている。日が傾き始める。帰宅時間が近づいていた。
「今日はここまでだな」
要が立ち上がった。皆も荷物をまとめ始める。
蒼羽は最後まで不満そうだった。
「絶対何か隠してる」
「隠してない」
「絶対隠してる」
「隠してない」
「むー!」
真凜が蒼羽の腕を引く。
「帰るよ」
「はーい」
二人は並んで歩き出した。夕暮れの坂道。少し前を真凜が歩く。蒼羽はまだ頬を膨らませていた。
「子供扱いなんてひどいよね」
誰に言うでもなく呟く。
その時だった。
『ありがとう』
ふいに声が聞こえた気がした。
蒼羽は立ち止まる。
「え?」
振り返る。誰もいない。夕暮れの風が吹いているだけだった。
「どうしたの?」
真凜が振り返る。
蒼羽はしばらくその場に立ち尽くした。
「……ううん」
首を振る。
「何でもない」
そう言って歩き出す。だが胸の奥には、小さな違和感が残っていた。まるで誰かが、すぐ近くにいたような。そんな気がした。夕陽は静かに久遠野の街を照らしていた。




