↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/90

#030 「微睡みの向こう側」

 週末。秋空は高く澄み渡っていた。久遠野の街は静かだった。休日の穏やかな空気。それはいつもと変わらない景色のはずだった。

 けれど。はるなの胸の奥には、小さな緊張があった。旧図書館へ向かうためだ。約束の日。六人は再び集まっていた。


「本当に行くんだな」

 想太が言う。


「今さらだろ」

 隼人が笑う。


 いちかは少しだけ不満そうだった。

「休日に旧図書館ってどうなの」


「今さらよね」

 美弥も苦笑する。

 要だけは静かだった。目的地が近づくにつれ、表情が少しずつ引き締まっていく。誰も口にはしない。

 だが。全員が同じことを考えていた。あの地下室。あの円柱。あの音。答えはまだ何も見つかっていない。それでも。放っておけなかった。

 旧図書館は変わらずそこにあった。蔦の絡まる壁。古びた窓。静まり返った建物。人の気配はない。


「行こう」

 要の言葉で、一行は建物の中へ入った。薄暗い廊下。地下へ続く階段。前回と同じ道。そして。地下室。巨大な円柱は、今日もそこに立っていた。


「……やっぱり変だな」

 想太が呟く。誰も否定しない。存在感だけが異様だった。何もしていない。何も起きていない。それなのに。目を離せない。はるなはゆっくり近付いた。誰も止めない。気付けば全員が見守っていた。一歩。また一歩。距離が縮まる。不思議だった。怖くない。むしろ。懐かしい気さえした。

 そして。

 コン……


 音が響いた。今度ははっきり聞こえた。はるなは立ち止まる。

「聞こえた?」

 振り返る。だが。みんなの表情は変わらない。


「何が?」

 想太が聞く。その瞬間。はるなの背筋を小さな震えが走った。自分だけだった。今の音は。自分だけに聞こえた。そんな気がした。

 コン……

 もう一度。今度は少し近い。円柱の奥から。呼ばれているような。そんな感覚。はるなは息を呑む。何かがいるのだろうか。

 いや。そんなはずはない。ここには誰もいない。それなのに。胸の奥だけが不思議なほど静かだった。恐怖ではない。懐かしさ。そんな感情だった。


「はるな」

 美弥の声。我に返る。

「大丈夫?」

「うん……」

 自信はなかった。


 要が円柱を見上げる。

「何か分かったか?」


 はるなは少しだけ考えた。そして首を振る。

「分からない」

 本当に分からない。何一つ。ただ。ひとつだけ確かなことがあった。ここで終わりではない。そんな気がした。

 その時だった。円柱の表面を、小さな光が走った。ほんの一瞬。見間違いと言われれば、それまでの時間。

 だが。はるなは確かに見た。薄い青白い光。まるで誰かが目を覚ましたような。そんな光だった。


「今……」

 思わず声が漏れる。だが。次の瞬間には消えていた。地下室は再び静寂に包まれる。

 誰も何も言わない。何も起きていない。そう言われればそうだった。証拠もない。説明もできない。それでも。六人はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 帰り道。夕陽が久遠野を赤く染めていた。街は穏やかだった。人々は笑い。子どもたちは走り回る。変わらない日常。

 けれど。はるなは空を見上げた。あの場所で見た光。あの音。あの感覚。何だったのだろう。

 答えはまだ遠い。手を伸ばしても届かない。まるで微睡みの向こう側にある景色のように。

 それでも。確かに何かが始まっている。そんな予感だけが胸に残っていた。夕暮れの風が吹く。久遠野の空は、どこまでも静かだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。