#028 「残された違和感」
学園祭が終わって数日。灯ヶ峰学園は、すっかりいつもの日常を取り戻していた。教室には授業の声が響き。廊下には生徒たちの笑い声が流れる。変わらない毎日。そのはずだった。だが。
「はるな?」
美弥の声で、はるなは我に返った。
「え?」
「聞いてる?」
「あ、ごめん」
慌てて教科書へ視線を戻す。昼休み。窓際の席。いつもの六人と蒼羽、真凜が集まっていた。
「珍しいな」
隼人が言う。
「何か考え事か?」
はるなは曖昧に笑った。
「少しだけ」
嘘ではなかった。頭から離れない。旧図書館。地下室。巨大な円柱。そして。
コン……
あの音。何だったのだろう。気のせいと言われればそれまでだ。だが。どうしても気になっていた。
「まだ旧図書館のこと?」
要が聞く。
はるなは少し驚いた。
「分かる?」
「顔に書いてある」
即答だった。
「そんなに?」
「そんなに」
要の隣で美弥が頷く。
想太はため息をついた。
「俺も少し気になってる」
「想太も?」
「そりゃな」
あんなものを見せられれば当然だった。だが。
「今は情報が足りない」
要は冷静だった。
「焦っても答えは出ない」
その言葉には説得力があった。結局、一度見つけた要自身が同じ結論に達しているのだ。はるなも納得するしかなかった。
「そうだね」
とは言ったものの。完全には納得していなかった。
放課後。蒼羽と真凜は学園の中庭を歩いていた。秋の風が心地良い。
「久遠野、楽しいね」
蒼羽が言う。
「うん」
真凜も頷く。
「みんな優しいし」
「うん」
「ご飯も美味しいし」
「うん」
「ともり様もいるし」
「それが一番?」
「それが一番!」
迷いのない返事だった。真凜は小さく笑う。
その時。学園のスピーカーから放送が流れた。
——「本日の清掃活動へのご協力、ありがとうございました。」
聞き慣れたともりの声。二人は自然と立ち止まる。
「ありがとうございました」
蒼羽が小さく頭を下げる。真凜も続いた。もう習慣だった。風が吹く。木々が揺れる。落ち葉が舞う。
その中で。蒼羽はふと顔を上げた。
「……え?」
「どうしたの?」
真凜が聞く。蒼羽は辺りを見回した。誰もいない。いつもの学園。それだけだった。
「今……」
「今?」
「ううん」
首を振る。説明できない。何を聞いたのかも分からない。ただ。ほんの少しだけ。放送の声とは違う何かを聞いた気がした。
「また?」
真凜が小さく言った。
蒼羽は驚く。
「真凜も?」
「うん」
二人は顔を見合わせた。そして同時に笑う。
「気のせいかな」
「かもね」
そう結論づけるしかなかった。
夕方。帰宅途中。はるなは一人で歩いていた。
夕焼けに染まる久遠野。見慣れた街並み。変わらない景色。それなのに。旧図書館のことだけが頭から離れない。
コン……
思い出す。あの音。あの違和感。そして。あの円柱。
立ち止まる。振り返る。もちろん誰もいない。何もない。ただ。胸の奥だけが妙にざわついていた。
「……何なんだろう」
答えはない。今はまだ。夕暮れの空を見上げる。どこまでも穏やかな秋空だった。
けれど。その穏やかな日常の向こうで。何かが少しずつ動き始めている。そんな気がしてならなかった。




