#027 「旧図書館の再訪」
学園祭が終わった翌日。久遠野には、どこか静かな空気が流れていた。昨日までの賑わいが嘘のように、校舎はいつもの日常へ戻っている。
放課後。帰り支度を終えたところで、要が口を開いた。
「そういえば」
その一言で、美弥が苦笑した。
「やっと言うのね」
はるなが首を傾げる。
「何の話?」
要は少し考えるように腕を組んだ。
「見せたいものがある」
想太が眉をひそめる。
「また急だな」
「俺もそう思う」
「思うなら先に説明しろ」
即座に返された。教室に小さな笑いが起こる。だが要の表情は真面目だった。
「旧図書館だ」
その言葉で、空気が少し変わる。蒼羽と真凜はきょとんとしていた。
一方で、はるなと想太は顔を見合わせる。
「旧図書館?」
「十年前に閉鎖された建物」
美弥が説明する。
「私と要は、この前そこへ行ったの」
想太は嫌な予感しかしなかった。
「……で?」
「変なものを見た」
要は短く答えた。
「だから、今度はお前たちにも見てもらおうと思った」
想太はしばらく黙った。そして。
「何で今まで黙ってた?」
当然の質問だった。
美弥が視線を逸らす。
「うっ」
「やっぱりな」
想太は呆れたように息を吐いた。
要は正面から答えた。
「確証がなかった」
「だから二人だけで行ったのか」
「ああ」
「危なくなかった?」
はるなが心配そうに聞く。
美弥と要は同時に目を逸らした。
「少し」
「少しだけ」
「絶対違う」
はるなは即答した。
その反応に、蒼羽と真凜が笑う。
結局。放課後の一行は旧図書館へ向かうことになった。蒼羽と真凜は学園に残る。今回は六人だけだった。
灯ヶ峰学園の外れ。蔦に覆われた古い建物。旧図書館。閉鎖されてから十年以上。人が近づくこともほとんどない場所だった。
「雰囲気あるな……」
隼人が呟く。
「正直入りたくない」
いちかも素直だった。
「私も」
はるなが頷く。
だが要は迷わない。入口へ歩いていく。
「こっちだ」
建物の奥。地下へ続く階段。前回来た時と変わらないはずなのに。どこか空気が違う気がした。階段を下りる。薄暗い通路。冷たい空気。
そして。地下室。そこに、それはあった。
「……何これ」
想太が思わず呟く。巨大な円柱。金属ともガラスともつかない表面。薄暗い空間の中央に、それは静かに立っていた。
「俺たちも同じ反応だった」
要が言う。
いちかが近付く。
「これ、本当に昔からあったの?」
「知らない」
美弥が答える。
「少なくとも、私は初めて見た」
誰も近寄らない。誰も触れない。ただ見つめる。その時だった。低い音が響いた。
コン……
音は小さい。気のせいと言われれば、それまでだった。
「聞こえた?」
はるなが言う。
「何が?」
隼人が振り返る。
「今」
「何も」
想太も首を振る。
だが。はるなには確かに聞こえた気がした。まるで。誰かが遠くで何かを叩いたような音。
コン……
再び。今度は少しだけ近く感じた。はるなは周囲を見回す。誰もいない。地下室には六人だけ。それなのに。妙な既視感があった。ここを知っている気がする。来たことなどないはずなのに。
「はるな?」
美弥が声を掛ける。
「え?」
「どうしたの?」
はるなは首を振った。
「ううん」
気のせいだろうか。分からない。ただ。胸の奥が少しだけざわついていた。
要は円柱を見上げる。
「結局、俺たちにも何なのか分からなかった」
「じゃあ今日はそれを調べるの?」
いちかが聞く。
要は少し考えたあと、「いや」と答えた。
「今日は見るだけだ」
「見るだけ?」
「焦る必要はない」
珍しく慎重な言葉だった。地下室には再び静寂が戻る。巨大な円柱は何も語らない。動いているようにも見えない。ただそこにある。それだけだった。
それでも。はるなは最後にもう一度だけ振り返った。誰もいない。何も変わらない。なのに。
ほんの一瞬だけ。円柱の奥で、小さな光が揺れた気がした。気のせいだったのかもしれない。誰も気付いていない。
気付いたのは、はるなだけだった。
六人は地下室を後にする。帰り道。空には夕焼けが広がっていた。いつもの久遠野。いつもの街。それなのに。はるなの胸には、小さな違和感だけが残り続けていた。
コン……
遠くで、そんな音が聞こえた気がした。




