#025 「学園祭当日」
学園祭当日の朝。灯ヶ峰学園は、開門前から賑わっていた。校門には色鮮やかなアーチが設置され、校舎には歓迎の垂れ幕が掲げられている。中庭には模擬店の準備をする生徒たち。講堂では最終確認に追われる実行委員。学園全体が、特別な一日を迎えていた。
「すごい……」
蒼羽は校門の前で立ち尽くしていた。
その隣で真凜も目を丸くしている。
「本当にお祭りなんだね」
「だからそう言ってたじゃない」
いちかが笑う。
「想像の三倍くらいです!」
蒼羽は真剣だった。
「それは知らない」
隼人が肩をすくめる。みんなが笑った。午前中はあっという間に過ぎていった。模擬店を回り。展示を見て。クラスの出し物を手伝い。蒼羽と真凜は久遠野で初めての学園祭を全力で楽しんでいた。
そして。午後。講堂。特別企画の時間が近づいていた。
舞台袖。蒼羽は珍しく静かだった。真凜も隣で深呼吸をしている。
「緊張してる?」
はるなが尋ねる。
蒼羽は少し考えたあと、「してます」と正直に答えた。
「珍しいな」
想太が笑う。
「でも」
蒼羽は前を向いた。
「ちゃんとやります」
その言葉には迷いがなかった。
真凜も頷く。
「私も」
舞台の向こうから司会の声が聞こえる。紹介が始まった。観客席には生徒だけではない。保護者や地域の人々もいる。決して少なくない人数だった。
「行こうか」
はるなが言う。蒼羽と真凜は頷いた。そして舞台へ歩き出す。会場のざわめきが聞こえる。だが。
舞台中央へ立った瞬間。空気が変わった。蒼羽の背筋が伸びる。真凜も静かに目を閉じる。いつもの二人ではなかった。
普段は元気で賑やかな蒼羽。少し控えめな真凜。その面影は残っている。けれど今は違う。まるで長い時間をかけて受け継がれてきた役目を背負う者のようだった。
講堂が静かになる。誰も声を出さない。ただ見守っている。
蒼羽と真凜はゆっくりと礼をした。そして。祝詞が始まった。穏やかな声。澄んだ響き。二人の声は重なりながら講堂へ広がっていく。
その意味を完全に理解している者は少ない。だが。不思議と耳を傾けたくなる。そんな声だった。
はるなは客席から見つめていた。美弥も。隼人も。いちかも。想太も。要も。誰も言葉を発しない。ただ静かに聞いていた。
時間がゆっくり流れる。窓から差し込む午後の日差し。舞台を照らす柔らかな光。祝詞は静かに続く。
そして。最後の言葉が紡がれた。深い礼。静寂。一瞬。本当に一瞬だけ。講堂から音が消えた気がした。
誰も気付かなかったかもしれない。気のせいだったのかもしれない。けれど。
蒼羽と真凜だけは顔を上げた。同じタイミングだった。二人は一瞬だけ視線を交わす。何かを聞いた気がした。
だが。次の瞬間。会場は大きな拍手に包まれた。蒼羽は我に返る。真凜も小さく瞬きをした。そして二人は顔を見合わせる。小さく笑った。
舞台を降りる。舞台袖へ戻った瞬間。
「すごかった!」
いちかが飛びついてきた。
「びっくりした!」
「ほんとにな」
隼人も感心したように言う。
「空気変わったよ」
美弥が頷く。
「うん。なんだろうね」
はるなも笑った。
蒼羽は照れくさそうに頭を掻く。
「そうですか?」
「そうだよ」
想太が言う。真凜は少しだけ安心したように息を吐いた。
その時。要が二人を見ていた。祝詞の途中。二人が同時に顔を上げた瞬間。あれだけは気になっていた。
だが今は聞かない。学園祭の日だ。今は楽しむ時間だった。蒼羽は講堂の入口から空を見上げる。秋空は高く、青かった。
さっき聞こえた気がした言葉。あれは何だったのだろう。思い出そうとしても思い出せない。
ただ。不思議と温かかった。それだけは覚えていた。学園祭はまだ続く。笑い声と音楽が響く校舎の中で。蒼羽と真凜は、再び仲間たちの輪へ戻っていった。




