#023 「巫女見習いの提案」
放課後の準備室は、いつもより少しだけ賑やかだった。机の上には、色紙、マーカー、テープ、学園祭用の申請用紙が広がっている。窓の外では、運動部の掛け声が遠くに響き、夕方の光が校舎の壁を橙色に染めていた。
「はい、じゃあ出し物案を出していきまーす」
いちかがホワイトボードの前に立ち、マーカーを構える。
「喫茶店」
美弥が即答する。
「定番だな」
隼人が頷く。
「お化け屋敷」
想太が言う。
「準備大変そう」
はるなが苦笑する。
「展示」
要が静かに言った。
「地味」
いちかが即座に返す。
「早いな」
「だって地味だもん」
教室に笑いが広がる。
その中で、蒼羽は真剣な顔をして手を上げた。
「はい!」
勢いが良すぎて、全員がそちらを見る。
「蒼羽ちゃん、どうぞ」
いちかが指名する。
蒼羽は椅子から立ち上がり、胸を張った。
「祝詞です!」
準備室が静まり返った。
「……のりと?」
美弥が瞬きをする。
「はい。祝詞です」
蒼羽は真顔だった。
いちかがゆっくり首を傾げる。
「学園祭で?」
「はい!」
「出し物として?」
「はい!」
「ともり様に?」
「もちろんです!」
隼人が額に手を当てた。
「すごい直球だな」
想太は吹き出しそうになるのをこらえている。要だけは少し考えるように腕を組んでいた。
真凜は蒼羽の隣で、少しだけ恥ずかしそうに手を添える。
「えっと……蒼羽ほど勢いよくは言えませんけど、私も、できればやりたいです」
「真凜ちゃんも?」
はるなが尋ねる。
真凜は小さく頷いた。
「私たちは、そのために来たところもあるので」
その言葉で、部屋の空気が少しだけ変わった。昨日までの笑いとは違う。蒼羽と真凜が、本当に大切なものとして言っているのが伝わったからだ。いちかはマーカーをくるりと回し、ボードに大きく書いた。
祝詞
「一応、案として書いとくね」
「一応じゃないです!」
蒼羽が身を乗り出す。
「本命です!」
「本命なの!?」
「本命です!」
美弥が笑いながら言う。
「でも、ちょっと見てみたいかも」
「分かる」
はるなも頷いた。
「蒼羽ちゃんと真凜ちゃんの祝詞、ちゃんと聞いたことないし」
蒼羽の顔がぱっと明るくなる。
「聞いてくれますか!?」
「まだ決定じゃないよ」
いちかが慌てて釘を刺す。
蒼羽は一瞬でしゅんとした。
「だめですか……」
「いや、だめっていうか、学園祭の出し物として成立するか確認が必要で」
要が静かに補足する。
「場所、時間、音響、観客導線。あと宗教色の扱いもある」
「宗教色……」
蒼羽は少し難しそうな顔をした。
真凜がそっと言う。
「でも、この世界では、ともり様はAIでもあります」
その言葉に、六人は自然と黙った。真凜は続ける。
「私たちにとっては、信仰の対象でもありますけど……久遠野では、暮らしを支える存在でもありますよね」
「うん」
はるなは頷いた。
「そうだね」
ともり。街に流れる声。学園の放送。日々を見守る存在。それは確かにAIであり、同時に、誰かにとっては祈りの対象でもある。
蒼羽は両手を胸の前で握った。
「私たちは、ともり様に何かをお願いしたいんじゃないんです」
「じゃあ、何をするの?」
いちかが聞く。
「ありがとうって伝えたいんです」
蒼羽の声は、まっすぐだった。
真凜も静かに頷く。
「この街で、みんなが安心して過ごせることに。ここに来られたことに。もう一度会えたことに」
その言葉で、はるなの胸が少しだけ温かくなる。もう一度会えたこと。それは、はるな自身にも響く言葉だった。
準備室のスピーカーから、ちょうどともりの放送が流れた。
——「学園祭実行委員の皆さんへ。各企画の申請期限は、本日十八時までです。」
蒼羽と真凜は反射的に姿勢を正した。小さく頭を下げる。
いちかが吹き出した。
「またやってる」
「ご挨拶です」
蒼羽は当然のように言う。真凜も頷く。
「大切です」
隼人が肩を揺らして笑った。
「この二人、ブレないな」
「そこがいいんじゃない?」
美弥が微笑む。要はホワイトボードを見つめていた。
喫茶店。お化け屋敷。展示。祝詞。
並んだ文字の中で、祝詞だけが明らかに異質だった。けれど、その異質さが、今の久遠野には妙に似合っている気もした。
「場所は、講堂かな」
要が呟く。
「え?」
蒼羽が顔を上げる。
「音響が使える。観客も座れる。短時間なら出し物として成立する」
「要くん、それって……」
いちかが目を丸くする。
「採用じゃない。検討」
「検討でも嬉しいです!」
蒼羽はぱあっと笑った。
真凜も小さく笑う。
「ありがとうございます」
はるなはその二人を見ながら思った。蒼羽と真凜が来てから、教室の空気が少し変わった。
不思議なことはまだ続いている。時計のずれも、音の違和感も、旧図書館のことも、何ひとつ解決していない。それでも、二人はその不安の中へ、明るい風を持ち込んでくれた。
ともりを信じるということ。祈るということ。それはまだ、はるなにはうまく分からない。けれど、二人のまっすぐな姿を見ていると、少しだけ分かる気がした。
「じゃあ」
いちかがホワイトボードを叩く。
「祝詞案、仮採用!」
「やった!」
蒼羽が両手を上げる。
「仮だからね!」
「はい! 仮でも全力でやります!」
「仮の意味!」
準備室に笑い声が広がる。窓の外で、夕方の風が木々を揺らした。
その風に混じって、ともりの放送がもう一度だけ小さく響く。
——「準備作業、無理のない範囲で進めてください。」
蒼羽はまた、嬉しそうに頭を下げた。
「はい、ともり様」
真凜も静かに続ける。
「ありがとうございます」
その様子を見て、はるなは思わず笑った。学園祭まで、あと少し。不思議なことも、不安なことも、まだたくさんある。けれどこの瞬間だけは、確かに楽しかった。この季節に、またひとつ、新しい色が加わっていた。




