#022 「祈りの手」
昼下がりの準備室は、紙の匂いと笑い声に満ちていた。学園祭まであと三日。装飾係に集まった生徒たちは、折り紙や色紙を広げながら準備を進めている。窓から差し込む午後の日差しが、机の上を柔らかく照らしていた。
「真凜、その金色の紙取って!」
「はいはい」
真凜が呆れたように笑いながら折り紙を差し出す。蒼羽は嬉しそうに受け取ると、さっそく折り始めた。
「何作ってるの?」
いちかが覗き込む。
「鶴!」
「即答だな」
想太が笑った。蒼羽の指は驚くほど器用だった。折り目を付けるたびに紙が形を変えていく。
「上手だね」
はるなが言う。蒼羽は少し照れたように笑った。
「神社のお手伝いでいっぱい作ったから」
「そういえば巫女さんだもんね」
美弥が納得したように頷く。
「まだ見習いだけど!」
蒼羽は胸を張る。
「正式にはこれからです!」
「十分それっぽいけどな」
隼人が苦笑する。その隣で真凜も静かに鶴を折っていた。こちらは蒼羽ほど派手ではない。けれど折り方は綺麗だった。
「真凜も上手だな」
要が言う。
「蒼羽ほどじゃないです」
「そんなことないよ!」
蒼羽が即座に反論した。
「真凜の方が綺麗!」
「蒼羽の方が早いです」
「でも真凜の方が上手!」
「早さも大事です」
なぜか張り合い始める。
いちかが吹き出した。
「仲良いなぁ」
「はい!」
二人同時だった。教室に笑いが広がる。その時だった。準備室のスピーカーから、ともりの放送が流れる。
——「学園祭実行委員会の皆さんへ。準備お疲れさまです。」
いつもの放送。いつもの声。けれど。
蒼羽と真凜は同時に姿勢を正した。そして小さく頭を下げる。全員が固まった。
「……何してるの?」
いちかが聞く。
二人はきょとんとした顔をした。
「何って?」
「ともり様です」
蒼羽が当たり前のように答える。
「ご挨拶です」
真凜も頷く。いちかが想太を見る。想太がはるなを見る。はるなが美弥を見る。
美弥が吹き出した。
「放送だよ?」
「はい!」
蒼羽は満面の笑みだった。
「ともり様の放送です!」
「いや、それはそうだけど……」
いちかが言葉に詰まる。
真凜が首を傾げた。
「ご挨拶しませんか?」
「しないかな……」
「しないな」
隼人も頷く。
蒼羽と真凜は顔を見合わせた。
「えっ」
「えっ」
二人同時だった。再び笑いが起きる。
蒼羽は本気で驚いていた。
「みんな、しないんですか!?」
「いや普通はしないだろ」
想太が笑う。
すると蒼羽は真剣な顔になった。
「でも、ともり様ですよ?」
「そこは分かる」
「久遠野を守ってくれてるんですよ?」
「それも分かる」
「じゃあ何で!?」
「何でと言われても!」
いちかが頭を抱えた。準備室は完全に笑いの渦になっていた。
真凜は少しだけ恥ずかしそうにしながらも、小さく言った。
「私たちの町では、みんな普通にやってました」
「文化の違いか……」
要が納得したように呟く。
「たぶん」
はるなも笑った。昨日まで感じていた違和感が、少しだけ遠くなる。
時間のずれ。音の消失。旧図書館。分からないことはたくさんある。
それでも。今は、この賑やかな時間が心地よかった。
蒼羽は完成した金色の鶴を机の上へ置く。
「よし!」
「できた?」
「うん!」
小さな鶴が午後の光を受けて輝いた。真凜も隣へ自分の鶴を並べる。二羽の鶴が並ぶ。どこか二人によく似ていた。
「かわいい」
いちかが笑う。
「ありがとうございます!」
蒼羽は嬉しそうに笑った。その笑顔につられて、みんなも笑う。窓の外では、柔らかな風が木々を揺らしていた。
学園祭まであと三日。そして蒼羽と真凜が来て、まだ二日目。けれどもう二人は、この場所に溶け込み始めていた。




