#021 「訪問者たち」
灯ヶ峰学園の朝は、いつもより少しだけざわめいていた。教室の空気が落ち着かない。理由はすぐに分かった。担任の三浦先生が、いつもより少しだけ改まった顔で教壇に立っていたからだ。
「今日は、転入生を紹介します」
その一言で、教室が一気に色めき立つ。
「転入生?」
「この時期に?」
「二人いる?」
小さな声があちこちで弾ける。はるなも顔を上げた。
想太が隣で小さく呟く。
「珍しいな」
「うん」
美弥も、いちかも、隼人も、要も、自然と教室の前方へ視線を向けていた。三浦先生が扉の方へ目を向ける。
「入ってください」
教室の扉が開いた。入ってきたのは、二人の少女だった。まだ幼さの残る背丈。学園の制服は少し大きく見える。
けれど、その姿を見た瞬間、はるなは息を呑んだ。
想太の目が丸くなる。
美弥が口元を押さえた。
いちかが椅子から半分立ち上がる。
隼人は思わず「おい」と声を漏らし、要でさえ目を見開いていた。
銀青の髪を揺らす少女。まっすぐな瞳の、少し強気そうな顔。そして、その隣に立つ黒髪の少女。
三つ編みを胸の前に垂らし、緊張したように両手を握っている。忘れるはずがなかった。蒼羽と真凜だ。
「え……?」
はるなの声が、小さく漏れる。
三浦先生は名簿を確認しながら言った。
「では、自己紹介を」
銀青の髪の少女が、一歩前へ出る。けれど、明らかに緊張していた。背筋を伸ばして、口を開く。
「蒼羽です! えっと……その……よろしくお願いします!」
勢いで言い切ったあと、蒼羽は自分でも少し驚いたように瞬きをした。教室の何人かが微笑む。続いて、黒髪の少女が静かに頭を下げた。
「真凜です。よろしくお願いします」
こちらは落ち着いているように見えた。けれど、声はほんの少し震えていた。
三浦先生がうなずく。
「二人は、中央からの正式な推薦で、今日からこの学園に通うことになります。年齢は少し下ですが、特別課程として——」
先生の説明は、そこで途切れた。
蒼羽が、はるなを見つけたからだ。次の瞬間。蒼羽の目が大きく見開かれた。
「あっ」
小さな声。けれど、その声には教室の空気を変えるだけの力があった。
「はるなさん!」
蒼羽は我慢できなかった。自己紹介も、先生の説明も、教室中の視線も全部飛び越えて、まっすぐにはるなの方へ駆け出した。
「ちょ、蒼羽!」
真凜が慌てて後を追う。教室が一瞬、完全に止まる。そして。蒼羽は、はるなに勢いよく抱きついた。
「また会えた!」
「え、ちょっ……蒼羽!?」
はるなは受け止めながら、思わず椅子ごと揺れた。蒼羽の腕にぎゅっと力が入る。小さな身体なのに、その抱きつき方は全力だった。
「本当に会えた……!」
少し遅れて、真凜もはるなの前で足を止めた。けれど、次の瞬間にはもう遠慮していなかった。
「蒼羽だけずるい……!」
真凜も、はるなにそっと抱きつく。蒼羽ほど勢いはない。けれど、その手は震えていた。
「はるなさん……また会えました」
はるなは一瞬、言葉を失った。そして、ゆっくり二人の背中へ手を回す。
「……うん」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「また会えたね」
その一言で、蒼羽の顔がぱっと明るくなった。真凜は少しだけ目を潤ませていた。教室はざわついていた。
当然だった。転入生が自己紹介を終えるなり、いきなりクラスメイトに抱きついたのだから。けれど、六人だけは驚きの種類が違っていた。
「うそだろ……本当に転校してきたのか?」
想太が呟く。
いちかが机を叩くようにして立ち上がった。
「待って待って待って! 蒼羽ちゃん!? 真凜ちゃん!? 本物!?」
蒼羽がはるなに抱きついたまま、顔だけいちかの方へ向ける。
「本物です!」
「いや、それは見れば分かるけど!」
美弥が目を丸くしたまま言う。
「え、正式に? 本当にこの学園に?」
真凜がこくんと頷いた。
「はい。正式に、です」
いちかが両手を広げる。
「正式にって何!? そんな急に!?」
隼人が腕を組みながら、まだ信じられないという顔をしている。
「いや、待て。年齢的に大丈夫なのか?」
蒼羽が胸を張った。
「特別課程です!」
真凜が小さく補足する。
「中央から、正式に認めてもらいました」
その言葉に、要が少しだけ目を細めた。
「中央……」
だが、それ以上は言わなかった。今はまだ、教室の中だ。
三浦先生が咳払いをする。
「ええと……再会を喜ぶのは構いませんが、授業前なので席に戻ってください」
教室に笑いが広がる。蒼羽は慌ててはるなから離れた。
「あっ、すみません!」
真凜も顔を赤くして頭を下げる。
「ごめんなさい……」
はるなは苦笑した。
「大丈夫。びっくりしたけど」
蒼羽はまだ嬉しそうだった。まるで、ずっと探していた人をようやく見つけたみたいに。三浦先生が座席を指示する。二人の席は、はるなたちの近くに用意されていた。
蒼羽は席へ向かいながら、何度もはるなの方を振り返る。真凜も、控えめに小さく手を振った。はるなはそれに応える。
想太が小声で言った。
「……すごい朝になったな」
「うん」
はるなはまだ少しだけ胸が高鳴っていた。さっきまで続いていた違和感とは違う。これは、不安ではなかった。懐かしさ。驚き。
そして、確かな嬉しさ。
いちかが小声で身を乗り出す。
「ねえ、あとで絶対説明してもらうからね」
蒼羽が振り向く。
「はい!」
真凜も小さく頷いた。
「ちゃんと話します」
要は腕を組んで、静かに二人を見ていた。何かが変わり始めている。それは、これまでのような不気味な違和感とは少し違っていた。けれど、偶然とは思えない。
チャイムが鳴る。今日は、遅れなかった。教室に授業の空気が戻っていく。それでも、はるなの心はしばらく落ち着かなかった。
蒼羽と真凜。あの町で出会った二人。ともりを慕い、祈りを大切にしていた二人。その二人が、今ここにいる。
公式に。中央から認められて。この学園へ来た。はるなはノートを開きながら、胸の奥でそっと呟いた。
——また、会えたんだ。
窓の外で、朝の光がきらりと揺れた。久遠野の空は、昨日より少しだけ明るく見えた。




