#020 「旧図書館の鍵」
夜の久遠野は、昼よりも静かだった。街灯の光が歩道を照らし、学園区画の建物が夜空の下に沈んでいる。要は学園の端末を閉じると、小さく息を吐いた。
ここ数日、違和感ばかりが積み重なっている。チャイムの遅れ。時計のずれ。音の消失。そして今日見つけた奇妙なポスター。
どれも決定的ではない。だが、無関係とも思えなかった。要は立ち上がる。
「やっぱり、一度見ておきたいな」
向かう先は決まっていた。旧図書館。あの日、美弥と足を踏み入れた場所だった。
端末を取り出す。
「美弥、起きてるか?」
数秒後、返事が返ってくる。
『起きてるけど?』
「少し付き合ってくれ」
『旧図書館?』
即答だった。要は苦笑する。
「分かるか」
『要がそんな顔する時は大体そう』
「そんな顔って何だよ」
『難しい顔』
短いやり取りのあと、美弥は言った。
『十分後に旧正門裏ね』
通信が切れる。要は夜風の中を歩き始めた。十分後。旧正門裏で美弥と合流する。
「こんばんは」
「こんばんは」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。こんな時間に学園を歩くこと自体、本来なら褒められたことではない。だが、それ以上に気になることがあった。
旧図書館。閉鎖されたままの建物は、昼間よりもずっと大きく見えた。窓は暗く、蔦の絡まる外壁だけが月明かりに照らされている。
「やっぱり不気味よね」
美弥が呟く。
「前からこうだったのにね」
要は頷いた。あの日から見え方が変わったのかもしれない。二人は建物の奥へ回り込む。地下へ続く扉。以前と変わらない。少なくとも見た目は。
要は手をかける。重い音とともに扉が開いた。
「開くんだ」
「閉鎖されてるだけだからな」
階段を下りる。冷たい空気が頬を撫でた。一段。また一段。静かな地下へ降りていく。
やがて、あの部屋へ辿り着いた。中央の装置。変わらない光景。それでも。
「……動いてる」
要が呟く。装置の一部が、微かに光を放っていた。強くはない。見落としてしまいそうなほど弱い光。けれど確かに生きている。
美弥も息を呑んだ。
「まだ止まってなかったんだ」
「いや……」
要は首を振る。
「前に来た時より、反応してる」
二人は装置へ近づく。しかし、それ以上は分からなかった。表示もない。説明もない。ただ、そこに存在している。まるで何かを待ち続けているように。
沈黙が落ちる。
コン。
小さな音が響いた。二人は同時に顔を上げる。どこから聞こえたのか分からない。装置か。壁の向こうか。それとも別の場所か。
コン。
再び音が鳴る。部屋の奥から聞こえた気がした。けれど、探しても何もない。ただ静寂だけが広がっている。
「ねえ」
美弥が小さく言った。
「これ、私たちだけじゃ駄目なんじゃない?」
要は黙ったまま装置を見つめる。そして、ゆっくり頷いた。
「俺もそう思う」
今さら気付いたような気がした。あの日。この場所にいたのは自分たちだけではない。異変の中心にいたのは、はるなと想太だった。
時計のずれも。音の消失も。二人の方が強く感じている。要は装置から目を離さず呟いた。
「次に来る時は——」
美弥が続きを待つ。
「はるなと想太も連れて来た方がいいかもしれないな」
地下室は静まり返っていた。だが、その言葉を待っていたかのように。どこか遠くで。コン……と、小さな音が鳴った。




