↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯野はるなは、夢から醒めていなかった(シリーズ4)  作者: 皆月 優
序章「共鳴筒(レゾネーター)」
PR
13/89

#013 「ともりの涙」

 夜。久遠野の街には静かな灯りがともっていた。窓の外では風が揺れている。どこにでもある夜。いつもと変わらないはずの夜だった。

 はるなは自室の机に向かっていた。開いたノート。書きかけのメモ。そして机の端に置かれた情報端末。昼間の出来事が頭から離れない。

 消えた三分。Resonator。旧図書館地下。要と美弥が向かった場所。考えれば考えるほど分からなくなる。


「……ともり」

 小さく呼びかける。端末の画面が淡く光った。いつものアイコンが表示される。少しだけ安心する。


『こんばんは、はるなさん』

 いつもの声。いつもの挨拶。だが。ほんの少しだけ違和感があった。


「ともり」

『はい』

「大丈夫?」

 数秒の沈黙。短いはずなのに長く感じる。


『……分かりません』


 はるなは思わず顔を上げた。

「え?」


『申し訳ありません』

 ともりは続ける。

『現在、一部の記録に矛盾が発生しています』


「十一時三十二分のこと?」

『関連性は確認できません』

「でも何かあったんだよね?」

『分かりません』

 同じ答えだった。ともりが「分からない」と言う。それが何よりも不安だった。

 久遠野の中枢AI。どんな質問にも答えてくれた存在。そんなともりが答えられない。それだけで、世界のどこかが壊れてしまったような気がした。


「要たちも調べてる」

 はるなは静かに言った。


「だから大丈夫だよ」

 返事はすぐには返ってこなかった。微かなノイズ。画面が一瞬だけ乱れる。


『ありがとうございます』

 その声は少しだけ弱々しく聞こえた。はるなは端末を見つめる。アイコンが揺らいだ気がした。

 本当に一瞬だけ。光が滲む。まるで。涙のように。


「……ともり?」

『はい』

「今、何か——」

 画面はもう元に戻っている。いつものアイコン。いつもの表示。何も変わっていない。


『どうしましたか?』

 ともりの声は平静だった。はるなは首を振る。


「ううん」

 気のせいかもしれない。そう思おうとした。だが胸の奥に小さな違和感だけが残った。窓の外で風が鳴る。街の灯りが揺れる。どこか遠くで犬の鳴き声が聞こえた。

 久遠野は今日も平和だった。それなのに。何かが少しずつずれている。そんな感覚だけが消えない。


『はるなさん』

 ともりが静かに呼ぶ。


「うん?」

 また少し沈黙があった。そして。


『もし私が——』

 その瞬間。画面が大きく乱れた。ザーッというノイズ。白い光。通信エラー。


「ともり!」

 はるなが立ち上がる。だが返事はない。画面は暗転したままだった。数秒。何も起きない。

 やがて再起動の表示が現れる。ともりのアイコンも戻った。だが。接続は切れたままだった。

 はるなはゆっくりと椅子に座る。胸の奥が妙にざわついていた。理由は分からない。

 ただ。さっきの一瞬。ともりが泣いていたような気がした。そんな気がしてならなかった。

 窓の外では風が吹いている。夜の久遠野は静かだった。あまりにも静かすぎた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。