#012 「旧図書館の地下」
放課後の図書館は、薄い灰色の光に包まれていた。窓の外は曇り空。夕陽はすでに雲の向こうへ沈みかけている。資料室の奥で、要は立ち止まった。手には古びたセキュリティカード。表面の文字は擦れていて、ほとんど読めない。
「……まだ反応するのか?」
隣に立つ美弥が苦笑する。
「立入禁止って書いてあるよ」
「知ってる」
「じゃあ何で入ろうとしてるの?」
要は小さく肩をすくめた。
「ここしか手掛かりがないから」
昨日。消えた三分。そして。
【Resonator】
という謎の単語。学園設備記録を辿った結果、唯一残っていた場所がここだった。旧図書館地下保守区画。すでに閉鎖されたはずの区域。
カードを読み取り機に通す。短い電子音。重い金属扉がゆっくりと開いた。
二人は顔を見合わせる。
「開いたね」
「ああ」
「帰るなら今だよ?」
「お前が帰ればいい」
「一人で帰るのも嫌なんだけど」
要は小さくため息をついた。
「じゃあ来るな」
「それも嫌」
言いながら美弥は先に階段へ足を踏み入れる。
「おい」
「要くんが遅い」
要は呆れながら後を追った。地下へ続く階段は薄暗い。空気は冷たく、わずかに埃の匂いがする。壁には古い配線が張り巡らされていた。だが奇妙なことに、その一部には微かな電流が流れている。
「まだ生きてる」
要が呟く。
「こんな古い設備なのに?」
「普通は止まってる」
だからおかしい。その言葉は口にしなかった。今さら言うまでもない。ここにあるもの全てがおかしかった。
階段を降りきる。広い空間が現れる。二人は足を止めた。
「……何これ」
美弥が思わず声を漏らす。地下室の中央。そこに巨大な黒い筒が横たわっていた。
金属にも見える。石にも見える。材質すら分からない。周囲には古い端末。配線。制御盤。
だが中央のそれだけが異質だった。まるで地下に埋められた巨大な何かの心臓。そんな印象を受ける。要は端末を確認する。
画面はほとんど死んでいた。残っているのは数行の管理記録だけ。その中に一つだけ見覚えのある単語があった。
【Resonator】
「やっぱり……」
要が小さく呟く。
「これか」
「分かるの?」
「いや」
要は首を振った。
「名前しか分からない」
それが正直な答えだった。
用途も。製造年代も。設計者も。何も残っていない。
ただ名前だけがある。それが逆に不気味だった。美弥はゆっくりと装置へ近付く。
「触るなよ」
「まだ触ってない」
「顔が触る人の顔だ」
「何それ」
苦笑しながらも、美弥は足を止めた。
その瞬間。微かな音が響いた。
コン……
二人とも動きを止める。地下室は静まり返っていた。だからこそ、その音ははっきり聞こえた。
コン……
間隔を置いて、もう一度。まるで鼓動だった。要は周囲を見回す。
「配管か?」
自分で言いながら納得できない。音は装置の内部から聞こえているように思えた。
コン……
コン……
一定の間隔。静かな鼓動。
美弥は表情を曇らせた。
「嫌だ」
「何が」
「分からない」
その答えに要は何も言えなかった。美弥自身も説明できていない。
けれど、彼女は本気だった。
「ここ、長くいたくない」
地下室の空気が妙に重い。寒いはずなのに、どこか息苦しい。誰もいない。何も起きていない。それなのに。
何かがこちらを見ている気がする。そんな感覚だけが消えなかった。要はもう一度装置を見る。黒い筒は沈黙している。
動いているようには見えない。だが。
コン……
音だけは続いている。
「帰ろう」
要が言った。
美弥は即座に頷く。
「賛成」
二人は足早に地下室を後にした。重い扉が閉まる。金属音が響く。階段を上る足音が遠ざかる。やがて静寂。地下室には誰もいなくなった。
黒い装置だけがそこに残る。何も動かない。何も語らない。ただ静かに横たわっている。長い沈黙。そして。
コン……
コン……
コン……
まるで何かが眠りながら呼吸を続けるように。暗闇の中で、その音だけが静かに響いていた。




