番外編「神聖貴族のプロポーズと魔法使い」
すみません! 諸事情で今週は番外編の更新になってしまいました。
本編の続きは来週をお待ちください……。
(すみません、今回は本編の続きではなく、
前回の番外編
【番外編】どくまと道草物語【毒をまとう魔法使いと、毒の効かないニセ聖女】
https://ncode.syosetu.com/n6033ml/
の続編です)
「――そういや、こないだのあの変なひと、結局なんだったの?」
穏やかな昼下がりだった。
閑散とした街道を並んで歩きながら、わたしはふと、魔法使いに聞いてみる。
「ほら、朝食のスープ啜ってたらいきなりプロポーズしてきて、なんかよくわかんないこと言いながら魔法とか鎖をバンバン消したあげく、『ヤキュウ』? とかいうのをするって帰ってった、あんたの知り合いのグラウディスさん」
「……知り合い、だと認めたくはないのだが」
魔法使いは心の底からイヤそうな顔をした。
「先日も述べたが、あいつ……グラウディス・ヴァルディオンは、れっきとした魔法使い組合の幹部だ。【三大】ではないが、優秀な才能を持つ大魔法使いであり、現在は外交部の責任者をしている」
「外交部っ!?」
わたしは思わず叫んでしまう。
それからふと、なんかいろいろと心配になった。
「……もしかして、魔法使い組合って深刻な人材不足なの……?」
魔法使いは眉間に竜の巣穴くらい深い皺を寄せた。
……ややあって、重々しく口を開く。
「そもそも、ヴァルディオン家は王家とも繋がりの深い大貴族なのだが――」
――そう言って魔法使いが説明してくれたのは、ざっくりこんな内容だった。
名門貴族、ヴァルディオン家。
その数代前の当主が、当時はまだ地方のいち宗教に過ぎなかった【銀聖教】に感銘を受けて改宗し、その布教活動を全面的に支援した。
大貴族の庇護と後ろ盾を得た【銀聖教】は諸侯の間にも広がり、やがて、今日のような大陸宗教へと成長を遂げたのだそうだ。
その功績を讃えられ、ヴァルディオン家はのちに、銀聖教会の最高指導者たる大司教長から【神聖貴族】の称号を授けられた。
……そして、あの変な赤毛の人、もとい、グラウディスさんこそが、そのヴァルディオン家の若君であり、次期当主なのだという。
「――……しかも、厄介なことに、あいつには魔法の才までもがあった」
魔法使いが深々と嘆息した。
「大貴族であり、聖職者であり、大魔法使い――グラウディスは大陸国家同盟、銀聖教会、魔法使い組合という、大陸の三大勢力すべてに影響力を持つ希有な人物なのだ。当然ながら、各方面に顔が利く。組合が外交を任せるのも、自然な流れではあるだろう」
「……でも、あの人に交渉とかできるの? 普通の会話すら成り立たないのに?」
……思わず、素朴な疑問を投げてみる。
魔法使いは一瞬、黙った。
それから、なんだかひどく不本意そうに口を開く。
「……それが、どうしたわけか、極めて優秀なのだ」
……まるで、苦い薬草を口に押し込まれたみたいな表情だった。
「どんなに難しい交渉もしれっとまとめてくるうえ、なんだか知らんが、先方の受けも非常に良い。あんなに気持ちの良い人物はいない、と絶賛されているのを何度も目にしてきた。ああ見えて、組合にとっては、なくてはならない人物ではある。あるのだが……」
そこで言葉を切ると、魔法使いはしばらく黙り込んだ。
「……正直、俺は関わりたくない」
……たっぷり時間をおいてから、ぽつりと洩らす。
その声音には、どこか諦念みたいな響きがあった。
……まあ、先日の件を見るにしても、たぶん、これまでさんざん迷惑を掛けられてきたんだろう。
わたしは短く息をついて「そういえば」、と話題を変えた。
「――ていうか、その、『ヤキュウ』、っていうのはなんなの? あの赤毛のひと、なんか、チームとか試合とか言ってたけど……」
魔法使いが「ああ」、と頷いた。
「野球というのは、前文明のスポーツだ」
「へえ。そんな歴史あるものなんだ。それで、いったいどんなスポーツなの?」
「ふむ、良い質問だな! つまり、野球とは、九人でするものだ」
「へえ、けっこう大勢でやるんだ…………へっ?」
ごく自然に会話に混ざってきた聞き慣れない声に、わたしはぎょっとして顔を上げる。
瞬間、視界に、鮮やかでゴージャスな赤が広がった。
いつの間にか、わたしたちの隣に、例の赤毛の青年貴族……グラウディスさんがいた。
ていうか、まるで旅の連れのような顔をして当たり前に並んで歩いてた。
……って、なんで!?
「出た!?」
「やあ、聖女よ。先日ぶりだな!」
反射的に飛び退ったわたしに、グラウディスさんが片手をあげて微笑んでくる。
同じくとっさに身構えながら、魔法使いが小さく舌打ちした。
「……グラウディス。なぜ、お前がここに」
「なぜ、って……君たちが野球の話をしていたからに決まっているだろう、ヴェルカス……いや、ヴィルクくん」
なにを当たり前のことを、とでも言わんばかりの顔でグラウディスさん。
「『野球あるところにグラウディスあり。』――グラウディスと野球とは、運命の鎖で繋がれているのだよ!」
「……ならば、俺は今日この日この瞬間を持って、野球という言葉を封印しよう」
「はっはっはっ、甘いね、ヴィルクくん! ある言葉を『使わない』と決意するということは、つまり、逆説的に、常にその言葉を意識し続ける、と言うことになる。――君はもう、野球、すなわちこのグラウディスからは逃れられないのだよ!」
「……悪夢か」
魔法使いが頭痛を堪えるように頭を抱えた。
……おお。
あの理不尽屁理屈魔法使いが、さらに格上の理不尽と屁理屈でねじ伏せられている。
いつも魔法使いにやられてばっかりいるわたしにしてみればちょっぴり溜飲が下がるいうか、正直、かなり面白い。
いいぞいいぞ、もっとやったれ! まっすぐ行って右ストレートだ!
……なーんて、完全に他人事気分で傍観してたら、グラウディスさんが不意にわたしを見た。
「――ところで【銀煌の聖女】よ」
グラウディスさんが微笑む。
「そろそろ、私の求婚を受ける気になったかね?」
「へっ?」
とつぜん話を振られ、わたしは目を丸くしてしまった。
……ああ。
すっかり忘れてたけど、そういや、そういう話なんだっけ。
グラウディスさんの当初の目的を思い出した瞬間、わたしは光よりも早く首を振った。
「あ、間に合ってます」
「ふむ。しかし、私と結婚すれば贅沢し放題だぞ? なんせ大貴族であり、大金持ちだ。権威も権力もあるし、人脈もある。そして、この通り、顔も素晴らしく良い」
グラウディスさんは貴族らしい優雅な微笑みを浮かべ、自信満々にアピールする。
……って、なんか既視感あるんだが!?
出会い頭に一方的かつ強引にプロポーズをぶちかましてくる、自分の顔と権力にやたらと自信がある魔法使い組合の幹部、ぶっちゃけ、どこかの魔法使いと完全にキャラ被りです。
そういうの、ひとりで既にお腹いっぱいなんだけど……。
……しかも、ふたりとも、お目当てはけっきょく【銀煌の聖女】。
聖女じゃないないわたしにしてみれば、最初からずっと無関係な話っていうか、人違いされてほんといい迷惑、って感じだ。
「……いや、そういうの、ほんと間に合ってますんで」
「ほう。なかなか手ごわいな。ますます気に入ったぞ、聖女よ!」
そういって、グラウディスさんがわたしの手を取った。
ごく、自然に。なんのためらいもなく、当たり前みたいに、わたしの手を握る。
「えっ」
思わず目を丸くしてしまうわたし。
その瞬間、かたわらの魔法使いの顔からすっと表情が消えた。
「――……グラウディス、その手を離せ」
……奇妙なほど感情のない、低い声だった。
うむを言わせぬその響きに、グラウディスさんが「おや」、と片眉を上げる。
「どうしたんだね、ヴィルクくん。そんなに怖い顔をして」
「……同意もなく、他人に触れるものではない」
魔法使いが強い口調で告げる。
グラウディスさんが「ふむ」、と唸った。
それから、あっさりわたしの手を離し、悪びれない微笑みを浮かべる。
「たしかに、それはもっともだ。――失礼をしたな、聖女よ」
「は、はあ……」
……晴れて自由になった手には、まだ、グラウディスさんの指先の感触が残ってた。
その残滓を振り払いながら、わたしはそっとふたりの顔を見比べる。
謝罪の言葉とは裏腹に、グラウディスさんは微笑みを浮かべたままだった。その口元は、なんだか面白そうにゆるんでいる。
顎に指を掛けながら、グラウディスさんが「なるほど」、と独りごちた。
「ヴィルクくんも、なかなか可愛いところがあるじゃないか」
「……何の話をしている」
「さあ? なんの話だろうね?」
とぼけた口調で言いながら、グラウディスさんがにこりと笑う。
その態度に、魔法使いがひどく苦々しげに舌打ちした。
……って、なんなんだ?
対峙するふたりの間には、なんだか妙に緊迫した空気があった。
グラウディスさんはやけに上機嫌だし、魔法使いはいつになく不機嫌そうだ。
「……なに? いったい、どういうこと?」
思わず、疑問がそのまま口から洩れてしまう。
そんなわたしの言葉を聞きつけたか、グラウディスさんがニヤニヤしながら「つまりね」、と口を開いた。
「ヴィルクくんは、自分が君に――聖女に触れられないものだから、私に嫉妬して……」
「――グラウディス」
その台詞を遮るように、魔法使いが冷ややかな口を開いた。
「そういえば、ちょうどいま、あの丘の向こうの果てで野球が行われているらしいぞ」
「なに!?」
瞬間、グラウディスさんが前のめりで身を乗り出す。
「それはまた、ずいぶんと聞き捨てならない話だな?」
「ああ、そうだろう。たしか、あの丘を越えた先だ。……だが、急いだ方がいい。早く行かなければ、終わってしまうかもしれない」
「なるほど、それは大変だ! ……聖女よ、すまないが、私はここで失礼するぞ!」
軽い会釈とともに言い残すなり、グラウディスさんは豊かな赤毛を翻し、迷いもなく丘の向こうへ駆け出してく。
「行っちゃった……」
……まるで、獲物を見つけた暴れ牛のごとき勢いだった。
みるみる遠ざかってく背中を見送りながら、わたしはぽかんとしてしまう。
……それから、なんとなーく魔法使いに目をやった。
「……ていうか。念のため聞くけど、その、ヤキュウってやつ、ほんとにやってるの?」
「まさか」
魔法使いがあっけらかんと答える。
「そんなもの、あいつを撒くための方便に決まっているだろう」
「って、そんなんで大魔法使いが撒けるの!?」
「一時的にはな」
「一時的には撒けるんだ……」
わたしはなんだか拍子抜けしてしまった。
なんか、案外ちょろいな、神聖貴族……。
「しかし、いつ気づいて戻ってくるか分からない。さあ、いまのうちに行くぞ」
「う、うんっ」
魔法使いに促され、わたしはあわてて足を速めた。
「――ピュイ」
しばらく行ったところでふと、魔法使いが口を開く。
「……あいつの求婚を、お前はどう考えている?」
わたしは思わず魔法使いの顔を見上げてしまった。
……って。こいつ、なんで、そんなこと聞くんだ?
「え、ええと……」
とうとつな問いに、わたしはすっかり口ごもってしまった。
どう考えてる、って、いきなりいわれても困る。
それでも、なにか答えようと口を開いた。
「その、わたしは――」
「――ヴェルカスさん?」
……けど、わたしが言葉を続けるよりも先に、少し離れたところから聞き覚えのある声がした。
思わず顔を向けると、そこには、黒いローブをまとった青年が立っていた。
おかっぱに切りそろえられた細い金髪と、銀縁の眼鏡。その目元は涼やかで、いかにも真面目そうな印象がある。
魔法使い組合の幹部であり、保安部こと魔法警察の責任者。
大陸最強と称される【三大】魔法使いのひとり、ノウエルさんだ。
魔法使いがわずかに目を細めた。
「――ノウエル。どうしてこんなところに」
「もちろん、保安部の仕事です。……つい先日も申し上げましたが、私は忙しいんです。組合幹部でありながら現場を離れ、私的な旅行を楽しんでいる厚生部の貴方とは違ってね」
皮肉交じりに言いつつ、ノウエルさんがふと、わたしを見た。
その瞬間、彼の白い頬が朱に染まる。
「……しかも、婚約者と二人きりで……」
って! おいっ! なに想像してるんだ、この人っ!?
……ていうか、そういえばノウエルさん、こないだの魔法使いのクソ魔法のせいで、わたしと魔法使いがラブラブだと勘違いしてるんだっけ。んなわけあるかっつーの!
「いや! 断じて、そういうんじゃっ……!」
「――まあ、早めの新婚旅行、と言ったところだ」
けど、わたしが反論するより先に、魔法使いがしれっととんでもない発言をかます。
「婚約者である彼女と旅行をするならば、比較的仕事に余裕のある今しかない。……いずれにせよ、結婚を前提とした付き合いなのだからして、多少の順番が前後したところでさして問題はないだろう」
「じ、順番……」
ノウエルさんの顔がいっそう赤くなった。
「それは、そうでしょうけれど! しかし、結婚前の男女がそのようなっ……」
――と。
「――ヴィルクくん!」
ふと響いてきた声に、ノウエルさんの表情がすっと固まるのが分かった。
「君が教えてくれた丘の向こうには、誰もいなかったよ! まるで、最初から野球など行われていなかったかのように!」
明るい声を上げながら、先ほど野球を求めて旅立っていったグラウディスさんが颯爽と戻ってくる。
けど、魔法使いは眉ひとつ動かさずに「そうか」、と応えた。
「どうやら、想定よりも随分と早く終わってしまったらしいな」
「ふむ、たしかに、そういうこともある。では、次はもっと早く……君が野球の試合を見つけるよりも前に、君が見つけた試合を私に報告してくれたまえ!」
「ああ。善処しよう」
魔法使いの返答に、グラウディスさんが満足げに頷いた。
それから、たったいま気づいたみたいにノウエルさんを見やって嬉しそうな顔をする。
「やあ、ノウエルくんじゃないか! こんなところで出逢うとは奇遇だな!」
「ぐ、グラウディスさん……」
ノウエルさんの表情が、まるでこの世の終わりみたいなものになった。
さっきまで赤らめられてた顔から、一瞬にして血の気が引いてるのが分かる。
……どうやら、ノウエルさんとグラウディスさんは知り合いらしい。
まあ、ふたりとも魔法使い組合の幹部なんだから、当然っちゃ当然ではある。
……けど、ただそれだけにしては、ノウエルさんの反応が少し異常な気はした。
「……ノウエルさん、顔色悪いけど、大丈夫ですか?」
思わず問うと、ノウエルさんが静かに首を振った。
「……大丈夫、と言いたいところですが……大丈夫ではないかも知れません」
……大丈夫じゃないんだ。
そういや、最初にグラウディスさんに遭遇したときのヴィルクの反応もこんな感じだったような気がする。
魔法使い組合におけるグラウディスさんがいったいどういう存在なのか、なんとなーく分かってしまった。
「…………」
しばらく黙り込んでた魔法使いが、やがて、何かを思いついたように口を開いた。
「――グラウディス。ノウエルが最近、野球に興味を持ったそうだぞ」
「え」
ノウエルさんの口からものすごく小さな声が漏れる。
けど、ノウエルさんが否定するより早く、グラウディスさんが目を輝かせた。
「素晴らしい! ノウエルくんも、ようやく野球の魅力に目覚めたのだね!」
「待ってください! 私は野球に興味を持っていません!」
「なあに、問題はない! 何事も、最初はそういうものだよ」
「問題しかありませんが!?」
ノウエルさんが悲鳴混じりの声をあげる。
そのかたわらで、魔法使いがすかさずわたしを見た。
「――ピュイ。今のうちに逃げるぞ」
「って、ノウエルさんは!?」
「……心配するな。ノウエルは有能だ」
「いや、そういう問題っ!?」
「いいから早くしろ。ボヤボヤしているとグラウディスに捕まる」
そう言うなり魔法使いが踵を返した。そのまま、街道の先へと走り出す。
……0.00001秒くらい迷ったあと、わたしも先に逃げ出した魔法使いに続いた。
「って、ちょっ! ヴェルカスさん!? ピュイさん!?」
……背後から、ノウエルさんのすがるような声が追ってくる。
「――では、まず、野球とは何かという定義から始めよう」
「始めないでくださいっ!」
それにかぶるようにしてグラウディスさんの嬉しそうな声と、ノウエルさんの叫びが聞こえてきた。
ううっ、ノウエルさん、ごめんなさいっ……!
――心の中でそう詫びつつ、わたしたちは、一度も後ろを振り返えらず前へ走り続けた。
* * *
ノウエルさんの悲鳴が聞こえなくなったころ、魔法使いがようやく足をゆるめた。
街道脇の草花を、風がゆったりと揺らしている。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに、あたりは静かで、平和だった。
「――……ところで、先ほどの話だが」
「先ほどの話?」
思わず訊き返すと、魔法使いが眉根を寄せる。
「……だから、グラウディスの求婚の件だ」
ああ、とわたしは思い出した。
そういや、ノウエルさんが来る前に、そんな話してたっけ。
「……最初にも言った通り、あいつは由緒正しい大貴族で、聖職者で、大魔法使いだ。財力も社会的地位も申し分ないし、それに……」
少し口ごもった後、付け加える。
「……あいつには、毒がない」
絞り出すような声だった。
わたしは思わず、魔法使いの顔を見た。
そこにあったのは、なんだか、思い詰めたような表情だった。
どこか苦しげなその面持ちに、わたしは一瞬、言葉を失ってしまう。
「あいつならば、聖女を守ることもできるだろう」
魔法使いが静かに呟く。
「もしもお前があいつを選ぶのであれば、俺は……」
魔法使いの言葉は、そこで途切れた。
夜空みたいな深い色の目が細められている。
まるで、痛みでも堪えるように。
……いったい、なんて応えればいいか分からなかった。
こいつは自分の毒のこと、すごく気にしてる。
毒がある自分と、毒がないグラウディスさんの二択なら、グラウディスさんが選ばれて当然だって思ってるんだ。
でも、相手に毒があるとかないとか、わたしにはぜんぜん、関係ない。
ていうか、どうでもいいことだった。
だって、ほんとは。
わたしは……こいつの毒、ぜんぜん平気なんだから。
けど。そんなこと、こいつに言えるはずがない。
「――それに、ハンサムだしね」
……だから、茶化すことにした。
わざとからかうような口調で言ってやると、魔法使いがわずかに目を眇める。
「……ああいうのが好みなのか?」
……なんだか、思いのほか真剣な声だった。
その問いには応えず、わたしは軽く笑ってみせる。
「まあ、たしかに、いい話ではあるかもね」
軽い口調で言いながら、わたしは横目で魔法使いを見やった。
「あんたのいう通り、申し分のない相手だし……それに、あの人なら、他人を無理やり婚約者にして連れ回してる悪い魔法使いから、わたしを救い出してくれそうだしさ」
魔法使いの目がわずかに揺らいだ。
何か言おうと口を開きかけて、そのまま、口をつぐむ。
……そうして、やがて、静かに息を吐いた。
「……そうか」
「――でも、あの人は無理だよ」
ぽつりと呟く魔法使いの前で、わたしはあっさり首を振った。
「だって、あのグラウディスって人、どう見たってヤバいもん。……もちろん、あんたも充分ヤバいけどさ。相対的な話だよ、相対的な話。……けど、少なくとも、あんたはまだ話、通じる方だし。……それに」
わたしはひょいと肩をすくめてみせる。
「……あんたも、あの人も、お目当ては結局【銀煌の聖女】なんでしょ? でも、わたしは聖女じゃないんだから、そもそも、わたしがその気になろうが関係ない」
わたしの答えに、魔法使いはしばらく黙り込んだ。
「……そうだな」
やがて、魔法使いがふっと表情をゆるめる。
「ピュイは、聖女ではない――そういう設定だった」
「いや、設定とかじゃなくて、ほんとに聖女じゃないんだけど」
「そうだな。ピュイは聖女ではない。……少なくとも、対外的には」
「いや、だから、そういうんじゃなくて!」
声を荒げて反論しつつ、わたしは思わず嘆息した。
……まあ、いいや。
いくら「聖女じゃない」って言ったところで、こいつには通じないってことはさんざん分かってる。
……ったく。
いったい、わたしのどこが聖女に見えるんだか。
「――……ですから! 野球は良いですって!」
そのとき、風に乗って、遠くから声が聞こえてきた。
……それは、ノウエルさんの叫び声だった。
わたしは思わずさっき来た方を振り返る。
「……ノウエルさん、本当に大丈夫?」
「ああ。ノウエルは有能だからな」
「……それ、便利な言葉として使ってない?」
「使っている」
……あっさり認めた。
「……まあ、あいつも【三大】の一員だ。いざとなれば、どうとでもできる。それとも……ピュイは、まだグラウディスと関わりたいか?」
「……イヤだ」
「意見が一致したな」
魔法使いはニヤリと笑うと、さっさと街道を歩き始める。
「――では、まずは球体の定義から始めよう。球体とはn-次元ユークリッド空間において、中心xからの距離が半径r未満であるような点全体の集合を差し……」
「そこから!? というか、逆に野球の話はどこに!?」
……遠くからの風に紛れて、ノウエルさんの悲痛な声は、それからもしばらく聞こえていた。
次回、8/18(火)20:20更新
すみません、次こそは本編を更新します……。




