水源へ向かうわたしたち
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、
彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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【番外編】どくまと道草物語【毒をまとう魔法使いと、毒の効かないニセ聖女】
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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湿地に流入する細い流れを遡っていくと、辺りには少しずつ木々が増えていった。
あたりが森になる頃には、流れは一筋の小川になっていた。そのすぐ脇に、人の足で踏み固められたささやかな道がある。
どうやら、この道の先に目指す水源があるらしい。
「――……本来なら、口止めを済ませ次第、すぐに村を発つ予定だったのだが」
ゆるやかな坂道を並んで歩きながら、かたわらの魔法使いがぼやく。
「ははっ……」
わたしは気まずさを誤魔化すように笑った。
「なんか、最初に『少子高齢化をなんとかして』とか言われたせいで、『それは無理だけど魔物退治くらいなら』、ってなっちゃって……」
「いわゆるドア・イン・ザ・フェイスというやつだな。……いや、どちらかといえばアンカリング効果か」
魔法使いがため息をつく。
「最初に無茶な要求をされると、その次の要求が軽いものに見えてしまう。……あの少女も、なかなか策士ではないか」
言いながら、彼はふと、前方へと視線を向けた。
低木の間を縫うようにして伸びる道の先には、慣れた様子でひょいひょいと坂を登るミリちゃんの姿があった。
その足取りはいかにもうきうきとしてて、なんだか得意げですらある。
――水源までの案内役を買って出たのはミリちゃん本人だった。
わたしたちも村長さんも「魔物がいるかもしれないから」って止めたんだけど、「聖女さまがいっしょだから大丈夫!」と主張するミリちゃんに押し切られてしまったんだ。
そんなミリちゃんは、わたしと魔法使いが話し始めたとたん、さりげなく歩調を速めて距離を取ってくれた。
そうして、ときどきこちらを振り返っては、わたしたちがちゃんとついてきてるか確認してる。
……どうやら、わたしたちの会話の邪魔をしないよう、気を遣ってくれてるらしい。
まだ小さいのにほんと気が利く良い子だと、わたしはすっかり感心してしまう。
けど……。
「……いくらなんでも、ミリちゃんにそんな企みとか、ないでしょ」
わたしがそう言うと、魔法使いは心底あきれかえったような顔でこっちを見てくる。
「……皮肉に決まっているだろう。いくら賢い少女とはいえ、そんな技を意図的に使われてたまるものか」
「……ははっ」
わたしはまた、誤魔化し笑いをするしかなかった。
……ええ、ええ、分かってますとも。こうなったのはミリちゃんの策とかではなく、わたしが単純なせいだ、ってことくらい……。
「で、でも、魔物退治なんて楽勝じゃん! パパッと行ってサッと魔物倒してくるだけだしさ。すぐ終わらせて速やかに出発すればなんの問題もないって」
「……全く。ピュイは、自分が置かれている状況を理解しているのか?」
「……ていうかさぁ」
ぐちぐちと続くお小言に、わたしも思わず口を尖らせた。
「そりゃ、安請け合いしちゃったのはわたしだけど……そもそも、こうなったのって、あんたのせいもあるんだからね」
言いながら、魔法使いを睨めつけてやる。
「あんたが付き人のフリして無駄に聖女を褒めそやしたりするから、ミリちゃんや村の人がその気になって頼み事してきたんじゃん」
魔法使いが一瞬、黙った。
彼はすぐには言い返さなかった。
なんだかばつの悪そうな顔をしながら、なにかを考え込むように眉根を寄せる。
「……無駄ではない」
「へっ?」
「聖女は、もっと評価されるべきだ」
静かな、けれども、確信のこもった口調だった。
わたしは思わず魔法使いを見た。
「って、もう充分、評価されてると思うけど……」
「あの程度では足りない」
わたしの視線を避けるみたいに目を逸らしながら、魔法使いが断言する。
そうしたあと、ふと、目を細めた。
「……皆、まだまだ、知らないのだ。聖女が……いや、ピュイがどれほど強く、勇敢に戦ってきたかを。……なにせ、当の本人が、それをちっとも誇ろうとしないのだから」
なんだか不満そうに呟きながら、短く息を吐く。
「本人が語らなければ、誰にも知られないままではないか。だから……側で見ていた俺が伝えるべきだと思った。……ピュイが、これまでどれだけ頑張ってきたか」
最後の方は少し早口で、まるで、言い訳するみたいな口調だった。
わたしはぽかんとしてしまった。
ぽかんとしたまま、目を瞬かせてしまう。
ええと……。
これって、もしかして……褒められてる……のか?
「……っ」
そう気づいたとたんに頬が熱くなった。
わたしは慌てて首を振る。
「か、買い被りすぎだよ!」
同様のあまり、声が少し裏返ってしまう。
「たしかに人助けはしてたけど、でも、べつに勇敢だからとかじゃないし! 昨日も言ったけど、お礼目当てにやってたことなんだよ! そんなの、得意げに言いふらせるわけないじゃん」
わたしの反論に魔法使いがふっと表情をゆるめた。
それまで逸らしてた視線をようやくこちらへ向け、口の端を持ちあげる。
「……全く、聖女は素直ではないな」
「だから、聖女じゃないんだって!」
魔法使いがくすりと笑った。
けど、すぐにまた、ばつの悪そうな顔に戻る。
「……しかし、いくら滅多にない機会だからとはいえ、少しばかりやり過ぎたことは事実だ。結果として、聖女への期待を煽りすぎてしまったことは否定できない。……だから、こうして、協力している」
そう言ったあと、「すまなかった」、と小さく付け加えた。
……こいつなりに、やり過ぎてしまったと反省はしてるらしい。
「……まあ、引き受けちゃったものはしょうがないし、とりあえずは水源へ行くしかないね」
言いながら、わたしはふと、道の側の小川に目をやった。
流れる水は透き通っててきれいだった。辺りの石には深い緑色の苔がたっぷりとついてて、黒っぽいカニがそこかしこに顔を覗かせてる。どう見ても、水に悪いものが混じってる感じじゃない。
それに……。
「でも、ほんとに水源に魔物がいるのかな……」
わたしは思わず呟いた。
「この川の水、魔物の匂いとか全然しないんだけど……」
「……魔物の匂い?」
魔法使いが怪訝そうに訊き返してくる。
……って、しまった!
「い、いや! なんかこう、気配っていうか……第六感的なっ!?」
わたしはあわてて誤魔化した。
……やばいやばい、普通の人間には魔物の匂いって分かんないんだっけ!
うっかりボロを出して妖精だってバレたら大変なことになっちゃう!
「……水源の魔物、か」
さいわい、魔法使いはそれ以上の追求はしてこなかった。
代わりに、なにか考え込むように顎に指をかける。
「村人たちは、ああ言っていたが……仮に水源に魔物が棲みついたからと言って、水が毒で汚染されるということは考えづらい」
「そうなの?」
魔法使いは「ああ」、と頷く。
「魔物の毒は水に溶けやすい性質ではないし、そもそも、そう長く残るものでもない。下流に流れて大量の水に薄まれば尚更だろう」
「じゃあ、なんでそう言わなかったの?」
わたしが聞くと、魔法使いは難しい顔をした。
「魔物の毒そのものが流れ込んでいるのではないにせよ、水源で毒に触れた小魚や貝、水草、目に見えないほど小さな生物が大量に死ぬことはあり得る。それらの死骸が下流に流れて沼底に堆積すれば、湿地の水が傷んでもおかしくはない。……それに、なんらかの事情で傷ついた魔物の血が一時的に流れ込んだ、という可能性も、考えられなくはない」
思考を整理するように呟くと、魔法使いは嘆息した。
「いずれにせよ、水源を調べてみれば分かることだ。……さっさと済ませるぞ」
「うん」
それきり会話を打ち切って、わたしたちは足を速めた。
「――聖女さま! おはなし、おわりましたか!?」
ようやく追いついてきたわたしたちを、少し先を歩いてたミリちゃんが嬉しそうな顔で出迎えてくれる。
「聖女さまたち! だいじなおはなしに夢中になるのもけっこうですけど、ちゃんとまよわずミリについてきてくださいね!」
「うん。……案内ありがとう、ミリちゃん」
わたしがお礼を言うと、ミリちゃんがぱっと顔を輝かせた。
「はい!」
ミリちゃんが嬉しそうな顔で頷く。
――そのときだった。
がさり、と、道端の茂みが揺れる音に、わたしたちははっと息を呑んだ。
次話、7/28(火)20:20更新
水源へ向かう三人を待ち受けるものとは……?




