憧れを向けられてしまうわたし
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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「聖女さま……!」
女の子は目を輝かせ、息せき切って駆け寄ってくる。
「やっぱり聖女さまだ! うそみたい! まさか、また聖女さまにあえるなんて……!」
わたしに向けられたきらきらしたまなざし。
まだ幼い声はおさえきれない喜びと興奮でいっぱいだ。
どこまでも純粋な視線を向けられ、わたしの胸が疼いた。
「……知り合いか?」
隣の魔法使いに小声で問われ、わたしは「うん」と頷き返す。
「こないだ、この子たちの一行が街道で魔物に襲われてるとこに、たまたま出くわして……」
「聖女さまが、村のみんなをたすけてくれたんです!」
女の子が横から声をあげた。
「みんなでおおきなまちにいって、そこからかえってたとき、こわいまものが出てきて、そこに聖女さまがきて、やっつけてくれたんです! だから聖女さまは、あたしたちの村の恩人なんです!」
すっかり興奮した様子でひとしきり熱弁したあと、女の子は「あっ」と小さな声を立てる。
女の子はあらためてわたしに向き直ると、ピッと背筋を伸ばしてぺこりと頭を下げた。
「あのっ……あたし、ミリっていいます!」
どうやら、自己紹介がまだだったのを思い出したらしい。
「ミリちゃんっていうんだね」
なにげなく返すと、ミリちゃんがパッと顔を輝かせた。
憧れの聖女さまに名前を呼ばれたのがうれしくてたまらない、って感じの反応だ。
……なんか、申し訳ないなあ。
「……」
魔法使いがわずかに眉根を寄せる。
なにやら少し考え込んだあと、彼はおもむろにかがみこんだ。
そのまま、目線を合わせるようにして女の子と向き合う。
「ミリさん」
魔法使いがふっと微笑んだ。
「申し訳ないけれど、このお姉さんは、聖女さまではないよ」
噛んで含めるようなやさしい声音だった。
女の子を諭すその顔には、やわらかな表情が浮かんでる。
なんか、いかにもやさしいお兄さんです、って感じの雰囲気だ。
……たぶん、そうした方が話を聞いてくれるとでも目算したんだろう。……ったく。この詐欺師め。
「聖女さまでは……ない……?」
女の子がきょとんとする。
けど、それはほんの一瞬のことだった。
女の子はすぐに笑顔を取り戻し、「いいえ」と思いきり首を振る。
「まさか、そんなはずないです! だって、こわいまものをいっしゅんでたおしてくれたし、銀の髪の毛をしてるし、それに、すっごくかっこいいし!」
完璧によそ行きモードだった魔法使いの表情がわずかに崩れた。
けれども、すぐに持ち直す。
「銀の髪はめずらしいけれど、いないわけではないよ」
相変わらず穏やかな口調で魔法使いが諭した。
「それにね、このお姉さんは強いけれど、だからといって……」
「ええ、わかります!」
ミリちゃんが大きく頷く。
「そういうの、ケンソンっていうんですよね! 村の大人がいってました! 聖女さまはおくゆかしいおかただ、って!」
「ええと……」
「ていうか、聖女さまがホンモノだから、そうおっしゃるんですよね! もしもニセモノだったら、わざわざそんなこといわないですもん!」
「いや……だからね、ミリさん。そうではなくて……」
「ああ、なんてごりっぱな聖女さま! まさか、またあえるなんて……!」
ミリちゃんがうっとりしたように呟く。魔法使いの言葉なんていっさい届いてない感じだ。
おお、あの魔法使いが、小さな女の子に圧されている……!?
なんなら、若干負けている……!?
魔法使いがわたしを見た。
そのまなざしには、うんざりとした色が浮かべられてる。
「……全然、信じて貰えないんだが」
「……でしょう?」
わたしは思わず半眼になってしまった。
そうそう、それだよ! その気持ち!
あんたに向かって「聖女じゃない」って訴えてるときのわたしの気持ち、ようやく分かったか! ざまーみろだ!
「聖女さまっ……」
ミリちゃんがじっとわたしを見上げてくる。
ミリちゃんはなにか言いたそうな顔をしてた。けど、うまく言葉が出てこないみたいで、口を開いては閉じて、開いて……「せいじょさま」と言いかけては、また口ごもってしまう。
どうやら、本当に感極まってしまってるみたいだった。
感情があふれて、小さな肩がふるふると揺れてる。
「あ、あの、あたし……」
ミリちゃんがようやく言葉を発した。
「あたし、村にしらせてきますっ!」
どうにかそれだけ絞り出すと、ミリちゃんはくるりと踵を返した。そのまま、ぱちゃぱちゃと音を立てて走り出す。
……って!
「ちょっ、待っ……」
「みんなー!」
湿原を走りながらミリちゃんが叫んだ。
「聖女さまが! 聖女さまがきてくださったのー!」
って、ちょっと! 聖女が来たってふれまわるのはまずいってば! ただでさえ、魔法使いに釘さされたばっかりなんだ!
わたしは焦った。
慌てて追いかけようとして、次の瞬間はっと立ち止まる。
遠ざかってくミリちゃんの腰に、なにかが括りつけてあるのが見えた。なにか、棒みたいなものが揺れている。
それは、一振りの剣だった。
というか、剣を模した木の枝だ。振り回すのにちょうど良い太さと長さで、持ち手の部分には布きれがぐるぐる巻かれてる。
ミリちゃん、剣の練習、始めたんだ……。
――『せいじょさま、とってもとってもかっこよかったです!』
わたしの脳裏に、あの手紙の文字が浮かんだ。
――『わたしも、おおきくなったら、せいじょさまみたいになりたいです!』
つたない筆跡でいっしょうけんめいに書かれたあの文字。
わたしを見上げてなにか言おうとするミリちゃんの、まぶしげな表情。
「……行ってしまったな」
かたわらから聞こえてきた魔法使いの声に、わたしは我に返った。
思わず顔を向けると、魔法使いは、ミリちゃんが駆け去っていった方角を見ていた。
しばらくそうしたあと、彼はおもむろに踵を返す。
「さあ、行くぞ」
そう言って魔法使いが歩き始めたのは、ミリちゃんが向かったのとはべつの方角だった。
「え……」
「村へ寄るべきではない」、と魔法使いが言う。
「これ以上、聖女のウワサを広めるな」
「でも、このまま去ったらあの子、ウソつき扱いされちゃう」
思わず口にすると、魔法使いが深々と嘆息した。
「……気の毒だが、聖女の安全が最優先だ」
有無を言わせぬ口調で言い切る。
わたしは思わず目を伏せた。
それは、そうだけど……。
村とは別方向へ向かう魔法使いの背中を眺めながら、わたしはその場に立ち尽くしてしまう。
魔法使いの言うことは正論だ。
けど、ミリちゃんのまなざしと、たったいま目にした木の剣のことが脳裏を離れなかった。
わたしがついてこないことに気づいたんだろう。先を歩いてた魔法使いが立ち止まり、どこか呆れた顔でわたしを見てくる。
「ピュイ……」
「――やっぱ、村へ行こうよ」
思いきって提案すると、魔法使いの眉がぴくりと動いた。
「いや、ちがくて!」
咎めるような視線に、わたしはあわてて首を振る。
「わたしがあの子の村の人たちを助けたの、ほんの一週間くらい前のことなんだ。だから、まだウワサもそこまで広がってないと思うし……いまのうちに村長さんとかに会って口止めしといたほうがいいんじゃない?」
なぜか、ちょっと早口になってしまう。
「それに、下手に『聖女じゃない』、って言い張るより、いろいろ事情があるからわたしに助けられたことは内緒にしてね、って言った方が、素直に聞いてくれそうだし……」
魔法使いはすぐには答えなかった。
少し黙ったあと、静かに口を開く。
「……成る程。確かに、一理はある」
「でしょ!?」
思わず声を上げると魔法使いが目を眇めた。そのまま、軽く嘆息する。
「……だが、今回だけだ。村長と話をつけたらすぐに発つ」
「もちろん!」
わたしは大きく頷いた。
聖女のフリはもうこりごり。二度とするもんか、って思ってた。けど……。
わたしは思わず、胸の前で拳を握りしめてしまう。
……わたしを聖女だと思い込んでるミリちゃんを、がっかりさせられないもんなあ。
次話、6/30(火)20:20更新




