夢のような一夜と、じめじめした現実
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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きのうの魚料理、おいしかったなあ……。
昨晩のごちそうを思い出しつつ、わたしはため息をついてしまう。
メインに出てきたのは、脂がたっぷりのった川魚を炭火でじっくり焼いたやつだった。
丁寧に焼かれた魚の身は真っ白で、口に入れた瞬間ふわっととろけるくらいやわらか。
やわらかいけど肉質はしっかりしてて、塩で食べると旨味がひきたつ。脂がじゅわんとして、パリパリに焼かれた皮はとんでもなく香ばしかった。
でも、もっとすごかったのが、同じ魚に甘めのタレを塗って丁寧に焼いたやつ!
食欲に直接訴えかけてくるようなたまらない匂いと、その期待を軽く超えてくる、あの極上の味……!
思い出しながら、わたしはつい身悶えしてしまった。口の中に無限に唾液が湧いてくる。上にかかってるスパイスがまた爽やかで、タレと合ってて、ご飯と合わせると止まらなくて……ああ、いますぐあの宿に引き返して、また同じ料理を食べたい!
もちろん、前菜に出された、茹でた貝とネギを発酵調味料とビネガーの甘いソースで和えたやつもおいしかったし、デザートに出てきたハーブ風味のシャーベットまで、完璧なおいしさだった。
この世には、まだまだ知らないおいしいものがたくさんあるんだなあ……。
それに、部屋の方もよかった。
夕方にルシフィーナさんを運び込んだときは気づかなかったけど、いざ落ち着いて見渡してみると、すっごく素敵な部屋だった。
なんだかまるで、物語に出てくるお姫さまの寝室みたい。
分厚い絨毯と、どっしりしたカーテン。家具はどれも細工物で、よく磨かれてつやつや。思わず、ひとつずつ触ってまわってそのなめらかさを確認してしまったくらい。
ふかふかのベッドはお花みたいないい香りがしたし、本当に幸せな時間だった。
……正直、身分不相応だし、お財布にもだいぶ痛かったけど、せっかくの旅だしね。
こんなに充実した気持ちになれるんだったら、たまには奮発するのも悪くないかも……なんて思ってしまう。
……でも。
「現実……」
ぬかるみの中を歩きながら、わたしは思わず呻いてしまった。
歩くのは嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。
……けど、旅の荷物を背負ったまま、じめじめぬかるんで歩きづらい湿地を徒歩で突っ切るとなると話は違ってくる。
――町を出てすぐ、魔法使いはなぜか街道を逸れ、草原へと踏み入った。
最初はまあ、良かった。
街道の外に広がってたのは見晴らしのいい草原だったし、なんならちょっとしたピクニック気分でさえいた。
でも、進むにつれて足元の土は湿り気を帯び始め、気づけば周りはすっかり湿原になってたんだ。
短い草が茂る地面はじっとりしてて、一歩進むたびに靴底がぴちゃりと音を立てる。
気温も湿度も高くて、むっとした空気が肌にまとわりつく。背中とリュックの間に汗が溜まる感覚も地味に気持ち悪い。
「ひぇっ」
わだかまってた羽虫の群れにうっかり頭を突っ込んで、わたしはあわてて首を振った。
ああっ、もう、最悪……。
つい今朝がた、高級宿の部屋で優雅に目覚めたはずだったのに……なんていうか、落差がひどすぎる。
そういうメリハリ、人生にはいらないんだけど……。
「せっかく街道があるのに、なんでわざわざこんなとこ通るんだよ……」
思わず愚痴を漏らすと、かたわらを歩く魔法使いが目を眇めた。
「……さっきも説明しただろう。先の町……ハマルカで、聖女が目立ちすぎたからだ」
言いながら、ローブの裾についた葉っぱを払う。
「……まったく。せっかくデラヴェルでは密偵に偽の情報を与えて時間を稼いだというのに、次の町でああも活躍してしまっては台無しではないか」
「べつに、好きで目立ったわけじゃないんだけど」
わたしが口を尖らせると、魔法使いは苦笑した。
「確かにそうだな。……だが、結果として目立ってしまったことは事実だ。……噂はすぐに広がるだろう。デラヴェルの次の目撃情報がハマルカでは、聖女がエマトニルへ向かっていることは明白だ。情報を攪乱するためには、旅程を変更する必要がある」
「じゃあ、エマトニルには行かないの!?」
わたしは思わず声をあげた。
そんなあ、エマトニルの串焼き、楽しみにしてたのに……!
魔法使いが目を瞬かせた。
けど、すぐに表情をゆるめて「安心しろ」、と答える。
「エマトニルへ行くために、この経路を選んだんだよ。この湿地帯を抜ければ近道になるうえ、人目にもつきにくい。街道を行くより2日ほど早く着き、用事を済ませ次第すぐに発つ。エマトニルは交易都市だからな。行方をくらますには、むしろ好都合だ」
「それって、串焼き食べる時間はありそう?」
大事なことなので、念のため確認しておく。
魔法使いが口の端をわずかに持ち上げた。目を細め、なんだか面白そうな顔をする。
「ああ。無論だ」
わたしはホッと胸をなで下ろした。
相変わらず空気はじめじめしてるし、足元の地面は濡れてるし、虫の羽音も気になる。
……けど、串焼きさえ食べれるならまあ、文句はない。
「――でも、なんでそんなに聖女の噂が広がるのを気にするんだよ?」
なんとなく口にしたとたん、まるでふたでも開けたみたいに疑問が浮かんできた。
密偵に与えた偽の情報。聖女の目撃情報。攪乱。行方をくらます。
さっきから、出てくる単語がいちいち物騒なような。
それにこいつ、セレスさんたちに対しても『聖女を名乗るなんて命知らずだ』とかなんとか言ってた気がするし……。
「……もしかして、聖女って、なんかヤバいやつに狙われてたりするの?」
魔法使いはすぐには答えなかった。
沈黙を埋めるように、わたしたちが泥を踏む足音がぴちゃりと辺りに響く。
「……有名人には敵が多い、ということだ」
やがて、魔法使いがそう、口にした。
なんだか、なにかを誤魔化すみたいな物言いだった。
その反応が、かえって怪しい。
「もしかして、あの密偵のおじさんが言ってた教会の予言とかいうのに関係あるの?」
重ねて問うと、魔法使いは眉根を寄せた。
「……ピュイは、本物の聖女ではないのだろう?」
わたしは一瞬、面食らった。
「う、うん。そうだけど……」
「――ならば、気にする必要はないではないか」
そう言って、魔法使いがニヤリと笑う。
「それとも、自分が本物の聖女だと認めるか?」
……って、こいつ、ほんと性格悪っ!
わたしはムッとしつつ、鼻を鳴らしてやった。
「……そうだね。ニセモノのわたしには関係ない話だ」
わざとらしく肩をすくめてみせると、魔法使いもやれやれ、と嘆息し返してくる。
「聖女は本当に強情だ」
「どっちが」
反射的に言い返し、わたしは息を吐いた。
……はぐらかされた、と思う。
でも、まあ、いいか。
聖女さまに敵が多いのは分かったけど、どっちにしろ、わたしは聖女じゃない。
まあ、聖女さまと間違われてとばっちりを食らう可能性はあるけど……もとより、人前で戦いさえしなきゃ、聖女さまと勘違いされることはそんなにない。
聖女のフリするのもきっぱりやめたし、そのうちほとぼりも冷めるはずだ。
聖女さまが面倒なことになってても、わたしには関係ない。
……はずだ。たぶん。
「……ていうかさ」
モヤモヤとした不安を振り払うようにわたしは声をあげた。
「それより、このネコミミをなんとかしてよ。湿度高いから、帽子すっごい蒸れるんだけど」
魔法使いに掛けられた逃走防止魔法はいまだ健在だった。
頭の異物感についてはさすがに慣れはしたものの、この湿気は良くなかった。帽子の中は蒸し蒸しして、耳がむずむずする。
魔法使いが目を細めた。
「だが、その魔法を解けば逃げるだろう?」
「当然」
即答してやると、魔法使いが嘆息した。
「……では、解くわけにはいかないな」
「ちぇっ」
わたしは舌打ちした。……まあ、べつに、期待したわけじゃないけどさ。
……でも、冗談抜きで限界だ。人目もないし、帽子、脱いじゃおうかな。
そう思って帽子に手を掛けたところで、不意に魔法使いが足を止めた。
「?」
わたしもつられて足を止めた。思わず、彼の顔を見上げる。
魔法使いは、ひどく真面目な顔をしていた。
わたしを見返し、はっと目を逸らし、けれども、やがてまた、わたしを見る。
何かを考え込むように瞳を揺らし、口を開きかけて、閉じ……そして、また開く。
「……ピュイ」
なんだか、思い詰めたような声だった。
その神妙な声音に、わたしは少し戸惑ってしまう。……な、なんなんだ?
「なに?」
わたしが訊き返すと、魔法使いが息を呑んだ。
少しだけ躊躇ったあと、口を開く。
「……ネコミミが気に入らないのであれば、いっそ、別人になる気はないか?」
その言葉の意味がすぐには飲み込めなくて、わたしは思わず瞬きをした。
次話、6/16(火)20:20更新




