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ちいさな英雄(下)

他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


毎週火曜日20:20更新です。


→読み切り短編版はこちら

『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』

https://ncode.syosetu.com/n4523lo/


 腕に残る傷痕を、女の子は黙ったまま見つめていた。

 しばらくそうしたあと、やがて「ううん」と小さく首を振る。



「このままでいいよ」


「え?」


「この傷は、わたしがはじめてひとりで魔物をたおした記念の傷だもん。なおしちゃうなんてもったいない」


 女の子は腕の傷を大事そうに見下ろした。


「それにね、まえに本で読んだことあるんだ! こういうの、『めいよのふしょう』っていうんだよ! なんか、かっこよくない!?」


 そう言って、傷痕の残る腕を嬉しそうに掲げてみせる。



 彼はぽかんとしてしまった。


 痕が残るほどの怪我をしたばかりだというのに、彼女はちっとも怯んでいなかった。

 強がっているわけでも、彼に気を遣っているわけでもなく、ただただ誇らしげに笑っている。

 それが、なんだか不思議で……つい、見入ってしまう。



「きみ、剣が好きなの?」


 思わず訊ねると、女の子はあっさり首を振った。


「ううん、べつに好きじゃないよ。うたったり、おどったり、アリの巣をながめてたりするほうが好き」


「アリの巣をながめるのが好きなんだ……」


「うん! ずっと見てられるもん!」



 うれしそうに頷いたあと、女の子はにわかに顔を曇らせた。



「……ほんとは、剣なんてぜんぜん好きじゃないよ」


 女の子がぽつりと呟いた。


「でもね、わたしがうまくできるのって、これくらいしかないんだ。わたしがすっごく強くなれば、父さまだって……」


「父さま?」



 女の子はしまった、というような顔をした。

 躊躇うように口ごもったあと、やがて、おずおずと口を開く。



「…………ナイショだよ?」



 女の子が口にした名前に彼は目を丸くした。



 ――それは、西の都でも有数の大貴族の名前だった。


 その大貴族は魔王禍の折、この森の近くへ疎開してきて、村に住む彼女の母を見初めたらしい。しかし、魔王が倒されるや否やすぐ、都へ引き揚げてしまったのだという。


 彼女の母と、まだ生まれたばかりだった彼女を、この地に残して。



「――わたしね、まだ、いちども父さまの顔、見たことないんだ」


 女の子がため息をつく。


「でもね、わたしがすっごい英雄になったら、父さまだってわたしたちのこと、ほっとけなくなるでしょ? だから、わたしは剣の修行をしてるんだよ!」



 女の子はそう言うと、握りしめた剣を目の前にかざした。



「わたし、強くなって、いっぱい魔物をたおして英雄になるんだ! この傷は、その、さいしょの記念なんだよ!」


 そう言って、笑う。



 彼はしばらく言葉を失った。


 まだ小さな女の子だ。けれども、その声は力強く、自信に満ちあふれている。


 なんてまぶしい子だろう、と思った。

 まるで、光そのものみたいな子だ。



 けれど、だからこそ、剣を握る腕に刻まれた生々しい傷痕が気になってしまう。

 この子が、僕のせいで負ってしまった傷……。

 


「でも、やっぱりその傷、治した方が……その、貴族の娘なら、なおさら……」


「じゃあ、きみがなおしてよ」



 彼は目を丸くした。


 思わず顔を覗き込むと、女の子はにこっと笑ってみせる。



「この傷、次にきみに会うまでこのままにしとくから、きみがなおして!」


「いや、それは……」


「あっ、もうこんな時間!」


 女の子がはっと空を見上げた。



「日がくれる前に帰らなきゃ、母さまにしかられちゃう! きみも、早くおうちに帰ったほうがいいよ!」


 女の子はあわてたように踵を返した。

 けれど、二、三歩進んだところで思い出したように「あ、そうだ」と振り返る。



「わたしはエル!」


 銀の髪がぱっとひるがえった。



「たのしみにしててね! つぎに会うときにはわたし、すっごい英雄になってるから! 英雄エルの名前、きっとすぐきみにも届くよ!」



 じゃあね、と手を振るなり女の子は背を向けた。そのまま、振り返りもせず走っていく。



 ひとり残された彼は、彼女の消えていった方をただ、ぽかんと見つめていた。




「次に逢ったら、か……」


 やがて、彼はそっと苦笑した。



 油断したな、と思う。

 まったく、完全に、してやられてしまった。

 僕なんていなくなった方がいい、って思ってたのに、まさか、あんな風に役割を与えられてしまうだなんて。



 ……それじゃあ、生きるしかないじゃないか。



 まあ、しかたないな、と彼は息をつく。

 だって、女の子の腕に、あんなひどい傷跡を残したままにしとくわけにはいかない。



 それに、と、彼は呟く。

 もしかしたら……全部を諦めるのは、まだ、早すぎるのかもしれない。



 なんせ、あんな小さな女の子が剣を握って魔物を倒してみせるんだ。

 この世界は、自分が思ってるよりずっと、懐が深いのかも知れない。



 探してみよう、と思った。


 僕が犯してしまった取り返しのつかないことを償うための方法を。

 こんな僕でも誰かの役に立てる、そんな方法を。

 ……そんなものがあるかは分からないけど、でも、やってみる価値はある。



 彼は思わず笑ってしまった。

 まったく、希望的にもほどがある。そんなことを考えてしまうだなんて、僕はすっかり彼女の光に当てられてしまったのかもしれない。



「……目的、できちゃったな」


 自然と、口元がゆるむ。

 

 彼は顔を上げた。

 彼女が消えていった森の向こうを眺め、目を細める。



「あの子が英雄になるのと、僕が目的を果たすの、いったい、どっちが先になるかな」




* * *




「――……結局、彼女には敵わなかったな」



 銀貨の前で彼は自嘲する。


 彼があれこれと遠回りしている間に、彼女はとっくに英雄になり、そして、あっさりとその地位を捨てて消えた。



 何があったのかは分からない。

 きっと、いろいろと事情があるのだろう、と思う。


 無論、気にならないわけではなかった。しかし、詮索するつもりはない。そもそも、事情ならばこちらにだって幾らでもある。



「……いや、いまも敵わないままか」



 彼は銀貨をつつきながら苦笑した



 彼女に押し付けられ、突き返すことのできなかった宿代。

 ……大人になり、力をつけ、少しは偉くなったつもりでいたものの、やはり、自分は彼女には勝てないらしい。


 彼は目を細めると、懐からマギスチルを取り出した。


 呪文を唱え、小さな箱を作る。その中に銀貨を収め、そっと蓋をした。



 近いうちに新しい革袋を買わねばな、と思う。

 

 彼女はきっと、これからも、事あるごとに自分の旅費を押しつけてくるだろう。その度に押し問答するのは手間だし、そもそも結果は分かりきっている。


 今後は大人しく受け取って、そっくりそのまま貯めておく。

 そうしておいて、いずれ彼女へ返せばいい。……どうせ、別れることになるのだから。



 ――【銀煌の聖女は、魔王を生む。】



 ……彼は目を眇めた。


 理事会で彼女に関する予言を聞いたとき、心臓が掴まれたような思いがした。 



 銀聖教会の予言は絶対だ。

 彼女はいずれ、誰かと結ばれるのだろう。……しかし、その相手は自分ではない。



 毒を持つ自分が彼女と結ばれることなど、絶対にあり得ない。



 自分の役目はただ、彼女を守ること。

 彼女と聖女の存在を完全に切り離し、彼女が今後、安全に暮らすための手筈を整えれば、それで終わりだ。


 ……そもそも、毒を持つ自分が、いつまでも彼女の側にいるべきではないのだから。



「……その時が、一刻も早く来るように願うべきだな」


 思わず呟いたあと、彼は口元だけで笑った。



「――魔王になるのはこの俺だ。ライバルなどを産み落とされてしまってはたまったものではない。……しかし、だからといって、恩人を見殺しにするわけにもいかないからな」



 自分に言い聞かせるように、そう独りごちる。



 【銀煌の聖女】を。あの、銀の光みたいな少女の輝きを。……彼女の笑顔を、誰にも奪わせはしない。




 ふと、彼は目を眇めた。



 ――……彼女の腕には、傷がない。



 当然だ。彼女は、俺のことなど覚えていないのだから。


 妾腹とはいえ、彼女は貴族の娘だ。彼女がいくら訴えようと、あんなにひどい傷痕を残しておけるわけがない。

 きっと、母親にこっぴどく叱られ、すぐに魔法医に連れて行かれて治療され、俺のこともすぐに忘れてしまったに違いない。



 ……けれども、と、彼は思う。



 ――もしも、彼女が別人だったら?

 もしも、どこかに、本物の聖女がいるとしたら?

 そして、その本物の聖女が、俺との約束を守っているとしたら……? 



 不意に、意識の奥の方がぐらりと揺らぐのを感じた。

 瞳の奥が熱を帯び、すっと冷たくなる。



「……つまらない願望だ」



 彼は小さく頭を振った。



 ピュイは本物の聖女だ。そうでしかあり得ない。

 俺には、それがはっきりと分かる。



 ……だいいち、もしも彼女が聖女ではないとしたら、魔物の毒を恐れない彼女は一体、何者なんだ?

 魔物を恐れず、人々のために戦う彼女が、聖女以外の何者だと言うのだろう。



「……結局、俺は、あの時の約束を覚えていて欲しかったんだな」



 もう一度苦笑すると、彼はそっと机の明かりを消した。

地獄か!?!?!?!? 大体ぜんぶ先代魔王が悪い!!!!!

でもちゃんとハピエンになるので許して下さい……。


次話、6/9(火)20:20更新

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