悪役令嬢? ルシフィーナ(下)
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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* * *
――魔法使いが部屋に戻ってきたのは、それからすぐのことだった。
「……で、そのまま飛び出していった、というわけか」
わたしがことの顛末を話すと、彼は深々と嘆息する。
「まあ、止める間もなく走り去った、ということは、毒の影響はさほどではなかったらしいな。……彼女はあまり身体が強い方ではないし、魔物の毒にも敏感だ。俺に触れた瞬間に昏倒したため、かえって瘴気を吸わずに済んだのだろう」
やれやれと言わんばかりに肩をすくめる顔には、呆れとともに安堵の色が浮かんでた。きっと、ルシフィーナさんが思ったより元気で安心したんだろう。
「ていうか……」
わたしは魔法使いを横目で見やる。
「ルシフィーナさん、あんたに『俺はそういう欲が強いから、触れられない相手とは付き合えない』みたいなこと言われてフラれた、って話してたけど……」
その瞬間、魔法使いが思い切り噎せた。
「……っ、なんだ、その話は」
「あんた、そんなこと言ったの?」
「そんな筈がないだろう!」
魔法使いは即座に否定する。
……けど、その端から、なんだか自信なげに視線を逸らした。
「いや……まあ、たしかに、全てを強引に捩じ伏せて無理やり曲解すればそう取られかねない類の発言はしたかもしれないが……しかし、とにかく、そのようなことは言っていない……筈だ。断じて」
……おいおい、ほんとうか?
でも、まあ、たしかに、ルシフィーナさんの曲解ってのはあり得るのかも。彼女、なんかちょっと思い込み激しそうな感じだったし。
けど……と、わたしは魔法使いをジト目で睨む。
こいつの本心がどうあれ、油断はできない。なんせ、わたしはまさに、こいつの毒が効かない……こいつにとって、触れられる相手なんだから。
……なんか最近ちょっと気が緩んでたけど、あらためて、こいつにだけは絶対バレるわけにはいかない。
「――……ルシフィーナ嬢の父親は、魔法使い組合の最高理事のひとりなんだよ」
決意を新たにするわたしの前で、魔法使いがため息交じりに告げた。
「そして、俺の後見人だ」
「後見人、って……もしかして、さっきあんたが言ってた例の大貴族の? セレスさんの件を頼むつもり、とかいう……」
ああ、と、魔法使いが少し疲れた顔で頷く。
「その人物とは、俺がヴェルカスを名乗る前からの付き合いでな。これまで随分と世話になっているのだが、なんの因果か、娘のルシフィーナ嬢にたいそう気に入られてしまって……。後見人の娘だから、そう無碍にもできない。やむなく毒の話を打ち明けて穏当に断ったのだが……まさか、よりにもよってこんなところで出会すとは」
そう言って、魔法使いは深々とため息をついた。その面には苦労の色が窺える。
……きっと、さんざんアプローチされて大変だったんだろう。
ルシフィーナさん、押しが強そうだし、毒の話でもしなきゃ納得してくれなかったのは想像できる。
でも、毒を理由に自分をフッた男が他の相手と並んでアイス食べてるとこ見ちゃったら、ルシフィーナさんが怒るのも当然じゃない?
ていうか、そもそもの話、彼女のことは体よくフッたくせに、わたしのことは無理やり婚約者にしたこいつがぜんぶ悪いのでは……。
くっ、女の敵めっ……! もっと追い詰められろっ!
そこまで考えて、わたしはハッと気づいた。
まって。
ルシフィーナさんと魔法使いをくっつければ、わたしは婚約破棄されて自由になれるのでは?
……うむ。考えれば考えるほど、悪くない手な気がする。
ていうか、魔法使いとルシフィーナさんって、なかなかお似合いじゃん。
貴族同士だし、我が強いし、ずけずけモノを言うし、人の話聞かないし、似たもの同士って感じ。きっと、なんだかんだでうまくいくんじゃない?
それに、ルシフィーナさんは魔法使いの毒体質を知ってる。
彼の毒が嘘じゃないことも、さっきの件で身に染みたはずだ。
わたしの脳裏にふと、ニセ聖女たちのことがよぎった。
彼女たちが魔物の血を目にしたときの、あの、怯えきった表情。あれがきっと、魔物の毒に対する普通の人の反応だ。
……もしも魔法使いが同じ毒を持ってるって知ったら、彼女たちはどんな顔をしただろう?
でも、ルシフィーナさんはちっとも怯んでなかった。あいつに毒があることを知ってなお、側にいたいって望んだ。
そして、その気持ちは、実際に自分が毒で倒れても変わらなかった。
きっと、それだけ、あいつのことが好きなんだろう、と思う。
……なんだよ、あいつも、なかなか隅に置けないじゃん。
わたしは思わずほくそ笑んだ。
……よーし、ここはひとつ、わたしが恋のキューピッドになってあげよう!
「でもさ、もったいなくない?」
わたしはさりげなく話を振った。
「あんたに毒があっても気にしない、って言ってくれる人、貴重だと思うけど」
「……気にする、気にしないの問題ではない」
けど、魔法使いはにべもない。それどころか、なんだかあきれたような顔をする。
「俺の毒で彼女を傷つけるわけにはいかない。……それに、たとえ傷つけずに済んだとしても、彼女が求めるものを満たしてやることはできない」
「でも、ルシフィーナさんはそれでもいい、って言ってくれてるんでしょ?」
魔法使いがふと、黙り込んだ。
その横顔に、ほんの一瞬だけ苦い色が浮かぶ。
「――それでもいい、という言葉を真に受けるほど、俺は無責任ではない」
やがて、魔法使いは静かにそう言った。
「人も、環境も、いずれは変化する。一時の感情がいつまでも続く保証はない。そんな不確かなものを根拠に、彼女の将来の可能性を狭めさせるわけにはいかないさ。それに……」
魔法使いはそこで言葉を止めた。そのまま、なぜかわたしへ視線を向けてくる。
……って、なんだよ?
「……たしかに、彼女は魅力的な人物だ」
魔法使いがさらりと続けた。
「賢く、優秀で、あの年齢で既に父親の補佐として組合の重要な仕事を任されている。……少し気性が激しいところはあるが、真面目で真っ直ぐな努力家だ」
「なら……」
「だが、彼女は俺に興味を持ちすぎている。……俺のことばかりを見ている相手といても、たいした発展性は望めない」
魔法使いはあっけらかんと言うと、不意に表情をゆるめた。
「俺は、俺以外のことに興味がある相手がいい。……ことあるごとに俺に反発し、必要とあらば遠慮なく文句をつけてくるくらいがちょうど良いな」
……わたしを見ながら、揶揄うように口の端を持ちあげる。
わたしは思わず目を眇めた。
……イヤミか、それは。はいはい、文句が多くて悪かったね。
「……あんたって、面倒くさいのが好きなんだね」
つい皮肉を返してやると、魔法使いが破顔した。
やつは面白くてたまらない、って顔しながら「そういえば」と口を開く。
「――ところで、そろそろ夕飯の時間だぞ?」
わたしはハッとした。
……そういえば、さっきからずっと、良い匂いがしてる。
魚が焼ける香ばしい匂いと、ソースの焦げる甘くて香ばしい匂い。揚げ物の新鮮な油の匂いもただよってくる。
それに気づいたとたん、お腹が小さく鳴るのがわかった。
その瞬間、ルシフィーナさんのことも、性格も趣味も悪い魔法使いのことも、恋のキューピッド計画のことも、すっかり吹き飛んでしまった。
大陸でも評判だっていう、ここの宿屋の名物の魚料理。
いったい、どんなご馳走が出てくるんだ……!? いったい、どんなおいしいものが食べられるんだろう!
「さ、早く食堂行こ!」
たまらず立ち上がって急かすと、魔法使いが目を細めた。
「――楽しみだな」
その言葉に、わたしは「だね!」と思いっきり頷いてみせた。
次話「ちいさな英雄」、5/26(火)20:20更新
50話目に相応しい伏線回収回になる……はず!




