悪役令嬢? ルシフィーナ(上)
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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食べかけのアイスを持ったまま、わたしはぽかんと立ちつくした。
誰だ、この金髪の美少女は。
どうやら、魔法使いの知り合いらしいけど……。
そんなことを思ってると、金髪美少女が不意にわたしを睨みつけてきた。
「どうして、ヴィルク様の隣に女がいるのですか!?」
「へっ!?」
ビシッと指を突きつけられ、わたしは思わず声をあげてしまう。
けど、その子はすぐにわたしから視線を外し、魔法使いへ向き直った。
「しかも、ふたりで並んでアイスまで食べて! そのうえ楽しげにお喋りなんかして! ……私には、近づくことすら許してくださらなかったのに!」
ひと息にまくし立てるなりくちびるを噛む。その表情はひどく悔しげだ。
……相変わらず状況は呑み込めないけど、修羅場だってことは分かった。
って、勘違いも良いところだが!? わたしとこいつ、そういうんじゃないし!
けど、金髪美少女は一触即発って感じだし、事情も分からないわたしが口を挟める雰囲気でもない。
思わず隣の魔法使いを見上げると、彼はわずかに眉を寄せてた。表情こそはいつもとあまり変わらないけど、さすがに少しばつが悪そうだ。
「……ルシフィーナ嬢」
魔法使いが硬い声音で口を開く。
「とりあえず、少し落ち着いてはくれないだろうか。彼女は……」
「落ち着けるはずがありません!」
美少女が魔法使いの言葉を遮って叫んだ。
「ヴィルク様は毒をお持ちで、他人に近づけないはずです! 『私にだけ特別に』と打ち明けて下さったのに……もしや、全ては私を遠ざけるための嘘だったのですか?」
「そういう訳では……」
「言い訳はいりません!」
彼女がわなわなと声を震わせる。
「この目に映るものこそが真実です! ヴィルク様の毒が嘘かどうかは触れてみれば分かること! ……わたしだって、ヴィルク様のお隣へまいりたい!」
そう言うなり彼女が地面を蹴った。
ドレスの裾を翻し、わたしたちへ向かってまっすぐ突進してくる!
予想外のことに反応が遅れた。
……というか、止める暇もなかった。
あっという間に距離を詰めた美少女はわたしを押しのけ、そのまま一直線に魔法使いの腕へ飛び込んでいく!
「よせ!」
魔法使いの鋭い声が響いた。けど、彼女は怯まない。
その細い指が、魔法使いのローブへ伸ばされ――。
ローブに触れた瞬間、彼女の指がふっと下へ落ちた。
指だけじゃない。腕も肩も、彼女の身体そのものが糸でも切れたみたいにその場に崩れ落ちる。
一瞬、魔法使いが魔法で何かしたのかと思った。
けど、すぐに違うと分かる。魔法使いの顔からさっと血の気が失せたからだ。
「ルシフィーナ嬢!」
魔法使いが叫ぶと同時に、地面にぶつかりかけてた彼女の身体が一瞬だけ浮かんで、ふわりとやわらかく地面に横たえられた。たぶん、魔法で受け止めたんだろう。
彼女は意識を失っているようだった。
ぐったりとしていて生気がない。けれど、かろうじて息はある。
魔法使いは取り乱したように彼女へ近づこうとして、けれども、すぐに足を止めた。
舌打ちとともに身を引き、苦々しげに呟く。
「俺の毒に当たったか……」
次の瞬間、魔法使いの視線がわたしへ向いた。
「ピュイ!」
とつぜん名を呼ばれてわたしはハッと我に返る。
思わず顔を向けると、魔法使いはいつになく真剣なまなざしでこっちを見てた。
「俺は彼女に触れられないし、近づけない。巻き込んですまないが、彼女の容体を確認してくれないか?」
めずらしく早口だった。その声音はひどくもどかしげで、どうしようもない焦りが滲んでる。
「う、うんっ!」
食べかけのアイスをあわてて口へ押し込むと、わたしは彼女……ルシフィーナさんのかたわらに膝をついた。
* * *
さいわい、ルシフィーナさんに瘴気中毒の兆候はなかった。目の様子もおかしくなかったし、脈も呼吸もしっかりしてる。
……とはいえ、油断は禁物。
それに、そもそも女の子をこのまま路上に転がしておくってわけにもいかない。
というわけで、魔法で補助してもらいながら宿の部屋まで彼女を運んで、お医者さんに診てもらうことになった。
「――っ……」
ルシフィーナさんが目を覚ましたのは、お医者さんが来るよりも先だった。
彼女はうすく目を開け、何度か瞬きをする。
顔色はもう、だいぶ良くなってた。
意識もしっかりしてるみたいで、わたしは胸をなで下ろす。
……ていうか、そもそも、魔法使いが大げさすぎるんだよなあ。
たしかに急に倒れたからびっくりはしたけど、たかが指一本、服にちょこんと触れただけ。あんなんでそうそう大事にいたることもなかろーに。
まあ、でも、毒持ちの自分に触れた人が目の前で気を失ったら動揺するのも当然か。
ここへ来るまでの魔法使い、あんまり取り乱してる様子だったもんだから、彼女が誰なのかってこととかも聞きそびれちゃったしね。
「ここは……」
枕の上で頭を動かし、戸惑うみたいにまわりを見渡すルシフィーナさん。
彼女の問いに、わたしは「宿の部屋ですよ」と応えてやる。
「ルシフィーナ……さん? 魔法使いに触ったとたんに倒れちゃったから、とりあえずここへ連れてきたんです」
「倒れた……」
ルシフィーナさんがぼんやりと呟いた。その瞳に安堵の色が浮かぶ。
「では……やはり、ヴィルク様には毒があるのですね。ヴィルク様は、私を騙したのではなかった……」
胸のつかえが取れた、って感じの表情だった。
……まあ、そりゃあそうだよね。彼女、それを確かめるために、魔法使いに突進したんだから。
ルシフィーナさんは小さく息を吐くと、ふと、わたしを見上げた。
なんとなく目が合って、わたしは反射的に微笑み返す。
「あっ、まだ寝ててくださいね。いま、魔法使……ヴィルクがお医者さんを呼んでて……」
「……その指輪、ヴィルク様とお揃いでは」
不意に、彼女がわたしの言葉を遮った。
ルシフィーナさんの視線、わたしの指に嵌められた指輪に注がれてた。
安堵にゆるんでたまなざしがにわかに険を帯びる。
「まさか、貴女たち、婚約をしているのですか……?」
って!?
わたしは反射的に指輪を隠した。……いや、この子、観察力すごいな!?
「い、いや違くてっ! これは、あいつが無理やりっ……」
「ヴィルク様からプロポーズしたと言うのですか!?」
ルシフィーナさんがガバッと身体を起こした。そのまま、わたしをキッと睨みつけてくる。
ってこれ、完全にファイヤードラゴンに灯油をぶっかけてしまったのでは!?
「お、落ち着いて!」わたしは声をうわずらせた。
「ルシフィーナさん、ヴィルクの毒で倒れたばっかりなんだから……」
「ヴィルク様の毒のことを知っているのですか!?」
けれども、ルシフィーナさんはさらに声を大きくする。
「どうして貴女が!? 私とヴィルク様だけの秘密だと思っていたのに!」
そう言って彼女は肩を震わせた。その顔は怒りで紅潮してる。
でも、わたしはその言葉にちょっと引っ掛かってしまった。
「ていうか、あいつ……ヴィルクって、自分の毒のことをまわりに隠してるの?」
思わず聞くと、ルシフィーナさんが「はぁ?」って顔をする。
「当たり前でしょう? 公言したところで、いたずらに不安を煽るだけです。……そもそもヴィルク様は普段から自らの毒を魔法で完璧にコントロールしていらっしゃるそうですし、わざわざ打ち明ける意味がありません」
まあ、たしかに。魔物の毒を持ってる、なんて言ったら大騒ぎになっちゃうもんね。
考えてみればわたしだって、最初は毒の話、されなかったし。聖女と間違われさえしなければ、たぶんあのまま知らずに終わっただろう。(……そうだったら、どんだけ良かったか)
そういや、組合でヴェルカスしてるときも、宗教上の理由で他人に触れられない、みたいに説明してるんだっけ。
「でも、ルシフィーナさんには毒のこと、話したんだ」
なにげなく呟くと、ルシフィーナさんは少しだけ誇らしげに「ええ」、と頷く。
「――かつて私が交際を申し込んだ際、ヴィルク様が自ら打ち明けて下さったのです。
『俺は毒体質だから、君の申し出を受けることはできない。俺の毒で君を傷つける訳にはいかないから』、と」
けど、彼女はすぐに物憂げに眉をひそめてため息をついた。
「……もちろん、私は『それでも構わないから側に置いてください』と申し出たのですが。ヴィルク様は『俺は性欲が強いから、触れられない相手とは付き合えない』、とおっしゃって……」
「ブフゥ!」
わたしは思いっきり咳き込んだ。
なにそれ!? あいつ、そんなこと言ったの!? ていうか、そうなの!?
「それなのに、貴女とならば婚約できるだなんて、そんなことはあり得ません!」
ルシフィーナさんが声を荒らげる。
「ヴィルク様の毒は本当だったのに、どうして貴女は側にいることが許されているんですか? ……そもそも」
彼女の声が低くなった。そのまなざしがにわかに翳る。
「……私は触れただけで倒れてしまったのに。どうして貴女は、ヴィルク様の側にいても平気なんですか? 」
絞り出すような声だった。
その表情には、悲痛な色がある。
「そ、それは……」
彼女の剣幕に、わたしはすっかり口ごもってしまった。
……いくら誤解を解くためとはいえ、見ず知らずの相手にわたしが妖精だってことをバラすわけにはいかない。
かといって、『聖女と勘違いされてるから』なんて説明したら、それはそれでややこしいことになる。なんせ、わたしは聖女のフリして生計を立ててた前科があるんだ。通報とかされたら困るし……。
……いや、でも、それで魔法使いから逃げられるならアリなのか? でもっ、捕まるのはイヤだしっ……。
「……成る程」
迷うわたしを見て、ルシフィーナさんがすっと目をすがめた。
「答えない、ということは……やはり、なにかズルをしているんですね?」
そう言うが早いか、ルシフィーナさんがベッドから飛び出すように立ち上がった。
……って!
「ちょっと! 病み上がりなんだし、まだ寝てた方がっ……」
「もう完全に治りました!」
きっぱりと断言し、仁王立ちになったルシフィーナさんがビシッとわたしを指さしてくる。
「ここまで運んで介抱してくださった件についてはお礼を言います! けれども、ヴィルク様の件は別です!
――覚悟しなさい! 必ずや、私が貴女のズルを暴いて見せます!」
高らかに宣言するなり、彼女は部屋を飛び出した。バタバタという足音が慌ただしく遠ざかってく。
「え、ええと……」
……まるで、嵐が通り抜けたみたいだった。
部屋の中に取り残されたわたし、ただ、開け放たれたままのドアをぽかんと見つめるしかできない。
な、なんだったんだ、いったい……?
嵐のように現れて嵐のように去って行ったルシフィーナ嬢。
魔法使い氏の反応は……?
次話「悪役令嬢? ルシフィーナ(下)」、5/19(火)20:20更新




