『聖女のフリして戦わば』(下)
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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魔法使いの言葉に、わたしは一瞬、ぽかんとしてしまった。
「あの子たち、恋人同士だったんだ……!?」
思わずそう言うわたしに、魔法使いが少しだけ目を細める。
「――べつに、生涯を共にすると誓う理由が恋愛だとは限らない」
わたしの言葉をさらりと訂正し、魔法使いは「だが」、と続けた。
「無論『そうではない』と決めつけるのも間違っている。……いずれにせよ、当人たちからの明言がない限り、外野が邪推することではないさ」
そう言うなり魔法使いはニヤリと笑った。
そのまま、通りの向こうへ視線を向ける。
つられてそっちを見ると、そこに立ってた二人組があわてて目を逸らした。
「あの者たち、先ほどから俺たちを見て何やら楽しげに話をしていたぞ」
魔法使いがどこか面白そうな口ぶりで告げてくる。
「もしかしたら、俺たちのことを恋人同士だとでも思ったのかもしれないな」
うへえ……。
わたしは思いっきりイヤな顔をしてしまった。
「……勘違いもいいとこだね」
「まったくだ」、と魔法使いが神妙な顔で同意する。
「何せ、俺たちは恋人同士ではなく、婚約者同士なのだから」
「それも違ぁうっ!」
思わず声を荒げると魔法使いが破顔した。
彼はくつくつと喉を鳴らし、肩を揺らして愉しげに笑う。
……ったく。ほんと、こいつ性格悪いな!?
でも、と、わたしは思う。
たしかに、こいつの言う通りだ。
自分たちのことを外から勝手に決めつけられるのって、良い気分しないもんね。
――『一生、ずっと離れないでいようね』
わたしの脳裏に、ふと、あの子と交わした約束が浮かんだ。
大きな瞳と三つ編み、雪で織られた真っ白なワンピース。胸がぎゅっとするくらいに愛らしい笑顔。
毎年、冬の間だけわたしの村を訪れる、とびきり素敵な北風の大精霊の子ども。
はたから見れば、きっと、わたしたちは友だち同士に見えたと思う。
なんなら、わたしだってたぶん、そうだと思ってた。
でも、初めてあの子に出逢ったときのあの高揚感は、一生忘れられない。
この子は特別だ、っていう、確信めいた気持ち。
知らない人がなんて言おうと関係ない。
あの瞬間、わたしはたしかに、恋に落ちたんだと思う。
いつでも一緒だった。春が来るのがつらかった。ずっとずっと一緒にいたかった。
……わたしたちの村にもキニネ草のおまじないがあれば良かったのに、と思う。
子どもだったわたしたちに必要だったのは、「わたしたちは同じ気持ちだね」っていう確認で、そのための約束だった。
間違っても、あんなに融通の利かない、恐ろしい魔法なんかじゃなくて……。
「――しかし、なかなか骨のあるニセ聖女たちだったな」
魔法使いの言葉に、わたしは現実へ引き戻される。
気づけば、わたしたちはさっきセレスさんたちが人を集めてた場所に差しかかろうとしてた。
わたしがニセ聖女たちと一緒になって断罪ショーという茶番を繰り広げた例の場所だ。
魔法使いはふと足を止め、辺りへ静かに視線をめぐらせた。
「魔物の襲撃により自らの身にも危険が及ぶ中、最後まで残ってみなを逃がそうとし、弱き者を守るために剣を取り、あまつさえ猛毒の血に身を晒した――いくら聖女を騙るためといえ、そうそう出来ることではない」
もっとも、ひどく怯えてはいたが、と付け加え、魔法使いがまなじりを下げる。
「町の人間たちがあえて彼女らを責めようとしなかったのも理解できるよ。
……たとえニセモノであれ、まるで聖女のように活躍したのならば、それはもう、聖女と呼ばれてしかるべきではないか」
彼にしてはめずらしく、やわらかな物言いだった。
その声音には、彼女たちへの素直な賞賛と敬意の念が感じられる。
「良い子たちだったね」
わたしの言葉に、魔法使いは「ああ」と頷いた。
けど、彼はすぐ、いつものように口の端を吊り上げる。
「『狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり』とも言うしな」
「……って」
わたしは思わず半眼になった。
「……そのたとえ、なんか悪意ない?」
「何を言うか。前文明の有名な古典の一節だぞ。まあ、こういう場面でさらりと教養を滲ませてしまう俺の博識さを讃えて惚れ直すがいい」
「そもそも惚れてねーっつの」
わたしはあきれながらため息をついた。
ほんとにあるのか、そんな古典。……前文明の古典って、そんなん、言ったもん勝ちだよなあ。
――『偽りても賢を学ばんを、賢といふべし』。
ふと、かたわらから、そんな呟きが聞こえた気がして。
思わず見上げると、魔法使いはほんの少しだけ、やわらかな目をしていた。
「……しかし」
ふと、魔法使いの声が低くなる。
「問題はお前だ、ピュイ。……本当に呆れたぞ。まさか、魔物の血だまりに落ちた剣を拾うとは……」
責めるような視線を向けられ、わたしはあわてて首を振った。
「ふ、不可抗力だよっ! あの場はああするしかなかったじゃん! それに、すぐ拭いたし!」
「……魔物の血を自分の服の裾で拭う人間がどこにいる」
「あのあとすぐ着替えたんだから問題ないって! だいたい、その前にあんたにめちゃめちゃ水ぶっかけて無理やり洗われたでしょ!?」
「……当然だ」
魔法使いが深々と嘆息する。
「手の皮膚は比較的、吸収率が低い部位だ。手指に傷がない以上、そこまで深刻なことにはならないとは思うが……おそらく、瘴気も吸っているだろう。しばらくは体調の変化に気をつけろ。なにか異常があればすぐに言え」
大げさだなぁ、と言おうとして、わたしは言葉を飲み込んだ。
……こいつ、わたしを心配してくれてるんだもんな。
って、まあ、いくら魔物の血に触れたところで、わたしは平気なんだけどね。
だって、わたし、妖精だもん。
……ていうか、と、わたしは思う。
わたしは妖精だから、魔物も、魔物の毒も、ちっとも怖くない。
魔物と戦うのもわたしにとっては当たり前のことで、魔物よりわたしの方が強いって分かってるから立ち向かえるだけ。覚悟とか、そういうのも全然ない。
でも、セレスお嬢さまとリサさんはただの人間だ。
魔物に立ち向かうのも、魔物の毒を浴びるのも、ほんとは怖くて堪らなかったはずだ。
それなのに、彼女たちは逃げずに立ち向かってみんなを守った。
もしもわたしが普通の人間だったら、あんな風には動けなかったと思う。
わたしなら、きっと、誰よりも先に逃げ出してた。
……他人を助けるために自分が傷つく覚悟なんて、わたしにはない。
だから、おなじニセ聖女でも、わたしよりあの子たちの方がよっぽど聖女にふさわしいって思う。
わたしはぜんぜん聖女じゃない。銀髪で青い目でも、中身は聖女とはほど遠い。それなのに、ただ妖精に生まれたってだけで聖女みたいに思われてしまう。
それが、なんか落ち着かない。胸の中がモヤモヤする。
わたしは、そんな立派な子じゃないのに……――。
「――ていうかさ」
気づいたら、口から勝手に言葉が飛び出してた。
「もしもわたしが聖女じゃない、って分かったら、あんたはどうするつもりなの?」
……なんとなく、そう聞いてみる。
魔法使いの瞳がわずかに揺れた。
彼はそのまま少し考え、やがて、「そうだな」と呟く。
「まずは謝るだろうな。これまで勘違いしていてすまなかった、と。……そのうえで、しかるべき額の慰謝料を払うだろう」
思ってたのと違う答えが返ってきて、わたしはなんだか少し拍子抜けした。
なんか……そういう意味じゃないんだよなあ。
わたしが聞きたかったのって、たぶん、そういうことじゃない。
……じゃあなにを聞きたかったのか、って言われると、よく分かんないんだけど。
でも、わたしの胸の中にあったモヤモヤが、なんとなくほどけてく気がした。
……まあいいか、とわたしは思う。
少なくとも、「これまで俺を騙していたな」って責められることはなさそうだし。それさえ分かれば、とりあえずは充分だ。
それに、間違いだって分かったら謝るし、慰謝料も出すって言ってるしね。
いずれそうなった暁には、思いっきり吹っかけてふんだくってやるんだ。
……まあ、もちろん、わたしは絶対、その前に逃げてやるけど!
「その言葉、忘れないでよ」
わたしが念押しすると魔法使いが鼻を鳴らす。
「無論だ」
即答したあと、「しかし」と付け加える。
「もっとも、その可能性はあり得ないがな。――何せ、お前は間違いなく本物なんだから」
わたしは思わず嘆息した。
ほんと、どうしてそこまで頑なに確信できるんだか。
わたしなんかのいったいどこが聖女だって言うんだよ。
……まあ、いいけどさ。
「あんたが吠え面かくのが楽しみだよ」
わたしの言葉に魔法使いがせせら笑った。
「往生際が悪い。……せいぜい足掻くがいいさ、聖女よ」
まったく。
ほんと、どこまでいっても平行線だ。
……なんだか、急にどっと疲れた気がした。
それにしても、今日はほんと、長い一日だったな……。
この町についたのが今日の午前中だなんてウソみたい。なんかもう、ずいぶんと昔の話のような気がする。
ふと、空腹を感じた。
そういえば逃亡計画で忙しくって、お昼はその辺で買ったサンドイッチで適当に済ませたんだっけ。
それであんだけ動き回ったんだから、そりゃあお腹も減るというもの。
もう夕方とはいえ、晩ご飯までにはまだ少し間がある。いまのうちになにかちょっと食べとくのも悪くない。
そんなことを考えながら顔を上げると、通りの脇にちょうど軽食のスタンドが見えた。
そこに掲げられたメニューをなにげなく眺めた瞬間、わたしは目を瞠ってしまう。
「魚のアイスクリームっ?」
思わず、声に出してしまう。
なにそれ、そんなの……ぜったい気になるやつじゃん!
わたしは迷わずスタンドに近づいて、お店の人に声を掛けた。
「すみません、魚のアイスクリームっていうの、ひとつください」
「――すまないが、ふたつにしてくれ。俺も同じものを貰おう」
隣から聞こえてきた声に、わたしは目を丸くした。
思わず顔を向けると、そこには魔法使いが当然みたいな顔して立ってる。
「あんた、食べ物に興味ないんじゃなかったの」
「興味はないさ」
魔法使いは即答し、少しだけ笑んだ。
「だが、ピュイと同じ体験を共有するのも悪くない」
「……ふうん」
わたしは戸惑いながら頷いた。
いったいどういう風の吹き回しだろう。……まあ、良いけどね。
やがて、お店の人がコーンに盛られたアイスをふたつ、差し出してきた。
淡い灰色をしたアイスだった。皮とかも入ってるのか、ところどころ黒い粒が見える。……おお。なんか、思ってたより本格的なやつ来ちゃったぞ?
ひとくちかじった瞬間、ざらりとした食感と、なんとも言えない風味が舌の上に広がった。
「これは、なんというか……」
「個性的な味だね…………」
アイスを手にしたまま、わたしたちは思わず顔を見合わせる。
いちおう、甘かった。けど、ほんのり塩気もある。
そして、後から全力で追いかけてくる、思いのほか強烈な魚の存在感……。
「俺は、食べ物にはさして興味はないが……」
魔法使いがためらいがちにに口を開く。
「魚というのは、栄養価に優れた食材だ。他に幾らでもアドバンテージがあるだろうに……ここであえて、その生臭さにフォーカスを当てる必要性があったのだろうか」
なんだか言葉を選ぶような物言いだ。……まあ、分からなくもない。
「さあ。地域性かもね。料理っていうのは文化だから」
そう言って、わたしは二口目をかじった。
……うん。これ、皮だけじゃなく、骨とかも丸ごと入ってるな。
「……それを全部、食べるのか」
「もちろん」、とわたしは応える。
「この世にまずい料理なんてないんだよ。ただ、口に合わない料理があるだけ。……ていうか、面白いよ、これ。最初はびっくりしたけど、ぜんぜんいける。個人的にはもう少し甘味を控えて、料理に振り切っちゃった方が好みかな。あと、スパイスも足して……そうだ、ルセの実をちょっと載せてみようかな?」
「……」
ふと視線を感じて顔を上げると、魔法使いがどこか愉しげにこっちを見てた。
「……なんだよ。なにかおかしいの?」
「いや、なんでもない。……宿の食事が楽しみだな」
魔法使いは口の端を吊り上げたまま、手にしたアイスを再び口へ運んだ。
「――ところで」
アイスのコーンを音を立ててかじりながら、わたしはふと聞いてみる。
「あんた、さっきセレスさんのお父さんと交渉するようなこと言ってたけど、なんかツテでもあんの?」
魔法使いが「ああ」、と頷く。
「後見人に頼むつもりだ」
「後見人?」
「そもそも、大魔法使いになるには貴族の後見人が必要なんだよ。俺の後見人は大貴族で、魔法使い組合の理事会の……」
「――ヴィルク様、これはどういうことですか……?」
不意に、鋭い声が辺りに響いた。
反射的に顔を上げると、少し離れたところにひとりの少女が立っていた。
真っ直ぐな金髪の、目も覚めるような美少女だった。
年はわたしとそう変わらないのに、なんだかひどく大人びて見える。
その顔立ちは、わたしの隣でアイスを食べてる美貌の魔法使いにも引けを取らないほどに整っていた。
そんな美少女が華奢な肩を震わせ、強いまなざしでこちらを睨んでいる。
魔法使いが驚いたように眉を動かした。
「ルシフィーナ嬢、どうしてここに――」
「ヴィルク様に毒があるというのは嘘だったのですか!?」
魔法使いの言葉を遮るように、金髪の少女が声をあげた。
次話「悪役令嬢? ルシフィーナ」、5/12(火)20:20更新
ルナの登場だー! 次回、修羅場……!?




