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『聖女のフリして戦わば』(上)

他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


毎週火曜日20:20更新です。


→読み切り短編版はこちら

『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』

https://ncode.syosetu.com/n4523lo/



 けっきょく、セレスさん達の部屋を出たのは夕方近くになってからだった。



 外はまだ明るかったけど、足元に伸びる影はだいぶ長くなってた。

 心なしか風も涼しい。たぶん、もうじき日が暮れるだろう。



 それにしても、とわたしは思う。

 別れ際のセレスさんとリサさん、すっごく良い顔してた。

 最初は心配そうだったリサさんの表情もだんだん明るくなって……ほんと、良かったなあ。


 って、いろいろ手を尽くしてくれたのは魔法使いで、わたしはべつに、なんにもしてないんだけどね。



 そんなことを考えながら、隣を歩く魔法使いを見上げる。


 自然と頬がゆるんでしまうわたしとは対照的に、魔法使いはいつも通りの涼しい顔をしてた。

 まるで、当たり前のことをしただけだとでも言わんばかりだ。



 ……ちょっとだけ迷って、わたしは声をかけた。



「あんた、なかなか良いとこあるじゃん」


「これでも、いちおう厚生部の責任者だからな」



 魔法使いがさらりと応える。



「そもそも、仮にも一般魔法使いの生活実態調査という名目で旅をしているのだ。ああいった場面で見て見ぬ振りをする、という訳にはいかないだろう」



 ……ああ、そういや、そういうテイなんだっけ。

 まあ、実際のとこは魔王になるための旅、なんだけどね。まったく、たいした幹部サマだ。



 でも。正直、こいつのこと、ちょっと見直してしまった。


 態度はデカいし、エラそうだし、いつもニヤニヤしてるし、口を開けば皮肉や屁理屈ばっかり。しかも魔王になるとかふざけたこと言ってるこいつが、なんでまた厚生部みたいなとこを選んだのか不思議だったけど……案外、向いてるのかもしれない。



「……しかし、いい巡り合わせだったな」


 けど、感心するわたしをよそに、魔法使いは不意にニヤリと笑ってみせる。



「お陰で、まずまずの実績を作ることができた。――本部を離れて各地を回っている俺を快く思わぬ者もいるが、結果を出したうえで魔法犯罪の情報まで持ち帰れば文句も言えまい。ヴェルカスとしての評判も高まり、今後はさらに動きやすくなるだろうさ」


「……って」


 わたしは思わず半眼になった。



「つまり、セレスさんたちへの親切も全部、魔王になるための手段だった、ってこと?」


「それ以外にどんな理由がある? ……まったく、彼女たちに感謝せねばな」



 さも当然、って顔で応えつつ、魔法使いが満足げに笑う。



「……見直して損した」


 わたしは顔をしかめた。……ったく、こいつときたら。


 ……まあ、でも、結果的にあの子たちが助かったんなら、それでいいか。



 ――町は、だいぶ落ち着きを取り戻しつつあった。


 ……とはいえ、通りの石畳はまだところどころ濡れてるし(魔法使いが魔物の血を念入りに洗い流したせいだ)、魔物の死骸は空き地に寄せられ、ロープが張られて近づけないようになってた。毒が消えるまで二・三日はあのままだろう。



「――しかし」


 やがて、ふと、魔法使いが口を開いた。



「自分の名前を騙っていた相手を助けようだなんて、本物の聖女は心の余裕が違うな」


「って、いや、べつに、そういうわけじゃ……」


「皮肉だ」


 ……即答される。


 

「おおかた、彼女たちに俺を押し付けて逃げようとしていたのだろう」


「って、気づいてたんだ……」


「当たり前だ」


 魔法使いはあきれたように目を細めた。その口から深いため息が漏れる。



「ピュイは分かりやすすぎるんだよ。あんな風にわざわざ俺を誘いに来たからには、何か裏があるに決まっている。町中で聖女の集会に出くわしたときの反応もわざとらしかったしな。それに……」



 そこで一瞬、言葉が切れた。

 わたしへ向けられたままのまなざしが、ほんの少しだけ鋭さを増す。



「あのニセ聖女は観衆の前で治癒魔法を使った、と聞いた。だが――本物の聖女は、治癒魔法を使えないんだよ」



「へっ?」



 わたしは思わず目を丸くした。


 ……って、なんだよ、それ。



 世に聖女さまのウワサは無数にある。

 でも、聖女さまはこんなことができる、って話ならともかく(魔物の血を恐れない、ってのもそれだよね)、『できないことがある』なんて類の話、これまでいちどだって聞いたことない。


 もちろん、聖女さまだって人間だし、できないことがあって当然だ。

 けど、聖女さまならどんなことができたって不思議じゃない、って、みんな自然に信じ込んでる。


 それなのに、なんでこいつは、こうもきっぱりと断言できるんだろう……?



「……あんたって、もしかして、聖女さまと知り合いなの?」



 思わず訊ねた瞬間、魔法使いがわずかに息を呑んだ。



 彼は、すぐには答えなかった。

 代わりに、夜空みたいな深い色をした瞳で、じっとわたしを見つめてくる。  



「本当に――」


 言いかけて、彼は一瞬、口をつぐんだ。

 けど、けっきょく、再び口を開く。


 

「……本当に、忘れてしまったのか?」



 いつもみたいなからかうような表情じゃなかった。

 そのまなざしはひどく真剣で、声も硬い。



 わたしは戸惑った。

 こんな反応されるなんて思ってなくて、なんだか返事に詰まってしまう。



「……って」


 ややあって、わたしはどうにか口を開いた。


「忘れるもなにもないよ。……だって、わたしは聖女じゃないからね」



 魔法使いの瞳が、ほんの一瞬だけ翳った気がした。



 けど、次の瞬間には、それは完全に拭い去られてた。

 代わりに浮かぶのは、どこか皮肉げないつもの色だ。



「……そうだな」、と、魔法使いが口の端を吊り上げる。


「では、そういうことにしておこう」


「そういうこと、じゃなくて、そうなんだってば!」


「分かった分かった。……まったく、聖女は本当に強情だ」



 って、どっちが強情だよ!?



 わたしは思わず嘆息した。


 ……ったく。他のことならそれなりに話が通じなくもないのに、どうして聖女のことになるとこうなんだ、こいつは。

 でも、まあ、好きに思い込んでれば良いよ。

 どうせ、あとで困るのはこいつなんだから。



「――ていうかさ」


 聖女の話はいつだって平行線になるってもう分かってる。

 だから、わたしはあっさりと話題を変えた。



「そういやさっき、あんたたちなんの話をしてたの? ほら、セレスさんとリサさんの指の痣のやつ。ナントカ地方の風習がどうの、って……」


「ユルー地方の風習だ」、と、魔法使いが訂正する。



「互いの指にキニネ草の細茎を強く結びつける。それを繰り返すことで、皮膚の奥まで草の色素が染みこむんだよ。まあ、入れ墨のようなものだ。そうして一度染まれば、二度と消えることはない」



 へえ、とわたしは感心してしまった。

 世の中には、いろんな風習があるんだなあ……。



「あの子たちの指にあったのがそれ、ってことね。……で、それがなんなの?」


「生涯を共にする、という誓いだ」



 魔法使いの言葉に、わたしは一瞬、ぽかんとしてしまった。


次話「『聖女のフリして戦わば』下」、5/5(火)20:20更新


すみません! イチャイチャまで届きませんでした! つ、次こそは……。

次回、嵐の予感……!?

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