セレスとリサ(下)
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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「――ねえ、リサさんに掛けられてる魔法、解いてあげられない?」
わたしは思わず魔法使いの顔を見上げた。
「あんたならできるでしょ? もちろんタダとは言わないよ。報酬はわたしが払うから……」
わたしがそう言うと、魔法使いは露骨に眉をひそめた。
「もう解いた」
「へっ」
「俺を誰だと思っている。あんな悪趣味なもの、とうに解いたに決まっているだろう」
彼はあっさりそう言うと、呆れたように肩をすくめてみせる。
「無論、報酬も不用だ。……それどころか、最初から正規の窓口――魔法屋へ相談してくれていたのならば、組合から見舞金が出ていた案件だ。そもそも、そういった魔法を同意なく他人に掛けることは魔法犯罪なのだからな」
「……まって。じゃあ、わたしのネコミミは?」
「我々と同じ魔法使いが犯した罪だ。被害者から金など取れるはずがない。――リサ氏。魔法使いが迷惑を掛けてすまなかった」
って、おい、無視すんな!
考えてみれば、こいつがわたしに掛けてる逃走防止ネコミミ魔法だって同じようなもんじゃん! 魔法犯罪だ魔法犯罪! 誰かこいつを捕まえてくれ~っ!
思わず文句言おうとして、けど、わたしはそれを呑み込んだ。
真摯に頭を下げる魔法使いを前に、リサさんとセレスお嬢さまは呆気に取られたみたいに立ちつくしてた。
ふたりとも、まだ、なにが起こったのか飲み込めてない様子。
……まあ、無理もないよね。
これまでずっと悩まされてた呪いみたいな魔法、いとも簡単に解かれちゃったんだから。
ややあって、セレスお嬢さまの目が潤んだ。
見る間に膨れあがった大粒の涙がぽろぽろっとこぼれ落ちる。
次の瞬間、セレスお嬢さまがリサさんに抱きついた。
「良かった……良かったですわ、リサっ……!」
リサさんの肩に顔を埋め、声をあげて泣きながら何度も「よかった」と繰り返す。
セレスお嬢さまにしがみつかれでもなお、リサさんは呆然としてた。けど、その青い瞳にもやがてじわじわと涙がにじむ。
「あ……」
ついに頬を伝った涙をあわてたように拭いつつ、リサさんが魔法使いに頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ……!」
それからようやく、リサさんもセレスお嬢さまの背中へ腕をまわした。
ふたりはしっかりと身を寄せ合って、そのまま、しばらく肩を震わせていた。
……良かったなあ。
「――ところで、リサ氏」
ふたりがようやく落ち着いた頃、魔法使いが静かに口を開いた。
「お前は治癒魔法を使う、と聞いたが、魔法使い組合には登録しているのか?」
……その問いに、リサさんがすっと青ざめるのが分かった。
「それは……」
「大陸法では、全ての魔法使いに魔法使い組合への登録が義務づけられている」
魔法使いの口調は、まるで規則でも読み上げるみたいに淡々としてた。
「未登録の魔法使いが魔法を使えることを公言したり、他者へ魔法を行使するのは違法行為だ」
「っ……」
「……だが、それはあくまで原則にすぎない」
怯むリサさんを前に、魔法使いの表情が少しだけやわらぐ。
「実際問題として、魔法の才はグラデーションだ。ほんのわずかでも素質を持つ人間全てを登録させるのは現実的ではないし、限られた範囲内における私的な魔法行使についても事実上は黙認されている」
「え、ええと……」
「……子どもの怪我を治したそうだが、応急処置として認められる範囲だろうな」
その瞬間、リサさんの肩からふっと力が抜けた。
強張ってた表情が目に見えてゆるむのが分かる。
魔法使いはわずかにまなじりを下げ、次にセレスお嬢さまの方を見やった。
「――お前達の年齢は?」
「年齢? ええと、18ですわ。わたくしもリサも」
「成人か」、と魔法使いが頷く。
「では、お前の父親が保護者の権限を盾にお前達を連れ戻すことはできないな」
「けれども、あいつはきっと諦めませんわ!」
「……だろうな」
魔法使いが目を眇めた。
「だが、あちらには魔法使いを雇って違法な魔法を行使させた、という弱みがある。……リサ氏への件も含め、公になれば体面を損なう。法の裁きに持ち込むことは難しくとも、リサ氏とセレス氏に今後一切手を出さない、と誓わせることは可能だ」
「けれども、そう上手くいきますの……?」
不安げなセレスお嬢さまに、魔法使いは「任せておけ」と応える。
「貴族が相手ならば交渉の材料には困らん。……いずれにせよ、お前達が心配する必要はない。話は全てこちらでつけておく」
「でも……」
「安心しろ」
なおも言い募るセレスお嬢さまを遮って、魔法使いがそう断言した。
「俺が保証しよう。――お前達はもう、自由だ」
その声には、有無を言わせぬ響きがあった。
……って、この魔法使い、ずいぶん自信たっぷりに言うじゃんか。
でも、まあ、こいつ、なんだかんだ約束は守るやつだし。こうまで言うからには、きっと勝算があるんだろう。
……ていうか、そういや、こいつ自身もいちおう貴族なんだっけ? なんか、領地もあるとか言ってたような。
もしかしたら、その絡みでなんかすごい大物にコネとかあるのかもしれない。……いや、知らんけど。
魔法使いの言葉に、さすがのセレスお嬢さまも気圧されたみたいに頷く。
それを確認すると、魔法使いは再びリサさんへと向き直った。
「ときに、リサ氏。――魔法使い組合に登録するつもりはないか?」
「え」
「無論、そもそも全ての魔法使いに登録義務があるのだが……」
魔法使いはそこでいったん言葉を切り、戸惑うリサさんに目を向けた。
「組合には、魔法使いを保護するための制度がある」
あくまで事務的な口調で彼は告げる。
「登録申請が受理されれば、生活に困窮している魔法使い向けの保護制度を利用することができる。あくまで一時的なものではあるが、住まいや生活は保障されるし、希望があれば職業訓練や仕事の斡旋も可能だ」
「まあ、手厚いんですのね!」
セレスお嬢さまの表情がぱっと明るくなった。
けど、リサさんはなぜか浮かない顔で「でも」、と言い募る。
「あの、それって、セレスお嬢さまはっ……」
魔法使いが眉をひそめた。リサさんを見やり、少し言いにくそうに口を開く。
「保護制度の対象者は組合員……すなわち、魔法使い当事者に限られる。組合は、魔法使いのための組織だからな」
「っ……」
「ご心配には及びませんわ!」
表情を曇らせるリサさんに、セレスお嬢さまが間髪を入れず声をあげた。
「わたくしのことなら大丈夫ですわ! 自分のことなら、自分でどうとでもできますもの! だから、リサは組合に入るべきですわ!」
「お嬢さま……」
リサさんの青い瞳が躊躇うように揺れる。
やがて、リサさんはきゅっとくちびるを結ぶと、ソファに座る魔法使いに向き直った
「……いろいろとありがとうございました。聖女さまのお連れ様」
リサさんが深々と頭を下げる。
「もちろん、組合には登録します。前から、そうしなきゃって思ってたし……けど、保護制度の申請をするのは、やめておきます」
「リサ!」
慌てたように声を荒げるセレスお嬢さま。けど、そんな彼女にリサさんは微笑みを返す。
「お嬢さまを放って、あたしだけ助かるなんてできません。……苦労はあるかもしれないけど、あたしはお嬢さまと一緒がいいんです」
「そうか」
魔法使いはあっさり頷いた。そのまま、口をつぐんでしまう。
……って、そこで引き下がっちゃうの!?
わたしは思わず魔法使いの横顔を見上げた。
そりゃ、このふたりにはふたりの事情があって、他人が口出すことじゃないのは分かる。でも……これで終わらせちゃうの、なんか収まりが悪い。
……そうはいっても、わたしになにか代案があるわけじゃないんだけど。
でも、せめて、もう少し説得を試みてみるとかっ……。
「――ならば、先にふたりで暮らせる部屋を確保する、という手もある」
「えっ」
わたしは目を丸くした。
思わず向かいを見てみると、セレスお嬢さまとリサさんもわたしと同じ反応してる。
「原則として、組合の一時保護制度では、組合所有の宿泊施設を提供する形になる。……しかし、適切な理由がある場合は、既に借りている部屋の家賃補助という形で支援を行うことも認められている」
ふたりの顔を見比べつつ、魔法使いは淡々と説明を口にする。
「先ほども述べたが、魔法犯罪の被害者であるリサ氏には見舞金が出る。たいした額ではないが、ふたりで部屋を借りて生活の基盤を作る足しにはなるだろう。そのうえで、保護制度を利用して家賃補助を受ければいい。無論、補助には期間も上限もあるうえ、あくまでリサ氏の負担分に限られるが……」
そこで言葉を切ると、魔法使いがふと、セレスお嬢さまを見た。
「……セレス氏は、自分の分はどうとでもできるのだろう?」
口の端をわずかに吊り上げ、試すように問いかける。
「もちろんですわ!」
彼の挑戦に、セレスお嬢さまは満面の笑みで応じた。
たいした根拠もないはずなのに、彼女の声は自信に満ちあふれてた。
この子なら本当になんとかしてしまうだろう、っていう、謎の確信がある。
……彼女たちは、きっと大丈夫だ。
たぶん、魔法使いもわたしと同じこと思ったんだろう。
彼はわずかに表情をやわらげると、少し間を置いてから「そういえば」、と付け加える。
「これは、生活を立て直したあとの話にはなるが――今後もふたりで暮らしていくつもりならば、いずれは、そういう制度がある国に繋げることもできる」
その言葉に、セレスお嬢さまとリサさんが同時に声をあげた。
「え」「……どうして、それを」
「薬指の付け根に揃いの痣がある。ユルー地方の風習だろう」
指の付け根……?
わたしは思わずふたりの手元を見やる。
言われてみるとたしかに、彼女たちの指の同じ位置に痣みたいなのがあった。
けど、言われなきゃ分かんないくらいの薄いやつだ。
……よく気づいたな、と、わたしは思わず呆れてしまう。
こいつ、どんだけ細かいんだ……この調子だと、わたしが朝、ちょいちょい髪梳かすのをサボってるのとかにもしっかり気づいてるんだろうな。……まあ、気づかれたとこでべつに良いんだけどさ。
「余計な世話だったか?」
魔法使いの問いに、セレスお嬢さまが照れたように微笑んだ。その隣で、リサさんが慌てて頭を下げる。
「いえ……お気遣い、感謝いたしますわ」
「あのっ……ほんと、ありがとうございます!」
……って、待ってよ! なんか、わたしだけ蚊帳の外なんだけどっ!? みんな、いったいなんの話してんの~っ!?
はにかみながら礼を言うふたりに、魔法使いがふっと微笑み返した。
「では、まずは組合への紹介状を書こう。――すまないが、紙とペンを」
めでたしめでたし!
次話「『聖女のフリして戦わば』」、4/28(火)20:20更新
いちゃらぶ回だ!(いちゃらぶ回……?)




