セレスとリサ(上)
他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の
人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー
毎週火曜日20:20更新です。
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『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』
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「「すみませんでした! 聖女さま!」」
ここはニセ聖女たちが泊まってる宿のスイートルーム。
彼女たちに深々と頭を下げられ、わたしはすっかり面食らってしまった。
――『こっちが本物の聖女さまだ!』『聖女さま! 魔物を倒してくださってありがとうございました!』
さっきの魔物騒ぎのあと、わたしと魔法使いがあれこれ後始末してたら、建物から出てきた町の人たちがわらわらと集まってきた。
囲まれそうになったわたしたち、「人違いです!」って連呼しながらどうにか逃げ出して、物陰でオロオロしてたニセ聖女たちと合流し……さてどうするか、ってなってたとこを、ここの宿の主人に呼び止められたんだ。
なんせ、聖女のフリしてタダで泊めて貰ってたセレスお嬢さまたちのこと。詐欺師として訴えられるんじゃないか、って青ざめた顔してたけど、そうじゃなかった。
宿の主人の隣には見覚えのある子どもがいた。
どうやら、彼女たちが身を挺して守った子どもが、偶然にもこの宿の息子だったらしい。
宿の主人、ニセ聖女たちに騙されたって怒るどころかむしろ感謝して、今日はこのままこの部屋をお使いください、って言ってくれたんだ。
そういうことで、わたしたちはこのスイートルームに避難してきた、っていうわけ。
「本当に申し訳ありませんでしたわ……」
セレスお嬢さまはすっかりしおらしくなってた。さっきの断罪ショーのときの自信満々な態度がうそみたいだ。
隣のリサさんの方も心の底から申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げてくる。
「いや、べつに、わたしは気にしてないんだけど……」
わたしは苦笑しながら手を振った。
うん、ふたりが反省してるのはじゅうぶん分かった。
けど……。
……そもそもわたし、聖女じゃないんだけど!?
あなたたちが聖女のフリしてたこと、わたしに謝られても困るんだがっ?
なんなら、わたしだってニセ聖女だしっ!?
「ていうかね、わたし、聖女じゃないんで、わたしに謝られても……」
「ご謙遜を! あなた様が聖女さまでなければなんだとおっしゃいますの!?」
「それは……その……ただの旅の剣士で……」
「ご冗談を! ただの旅の剣士にあんなことができるはずありませんわ!」
「そうです! 魔物をちっとも怖がらないし、あの血だまりから剣を拾って戦うだなんてっ……あんなの、本物の聖女さまにしかできませんっ!」
「ええ、分かりますわ、分かりますとも! きっと聖女さまにはそう名乗れない事情がお有りなのでしょう! けれども、このセレスの目は誤魔化せませんわ!」
「と、とにかく! わたしに謝らなくて良いからっ……」
「まあ! つまり、わたくしたちを許す、とおっしゃるのですね! なんてお優しい……さすがは聖女さまですわ!」
「ありがとうございます聖女さま! あたしたち、これからは心を入れ替えて、まっとうに生きます!」
「だからぁ!」
……ダメだ! この子たち、人の話をまったく聞いちゃいねえ!
わたしはつい、隣に座る魔法使いをすがるように見やった。
……こいつに頼るのは癪だけど、もしかしたら加勢してくれるかもしれない。
なんか知らないけど、こいつ、わたしが聖女扱いされるとあんまり良い顔しないもんね。
けど、やつは腕を組んで目を閉じたまま動かなかった。
狸寝入りを決め込んでるのか……それとも、ほんとに寝てるのかもしれない。
なんせ、ただでさえ寝不足のとこを連れ出されてのあの騒動だ。
しかも、そのあと魔法使って石畳についた魔物の血の後始末までしたんだから、さすがに疲労も限界だろう。
スイートルームのソファの座り心地は抜群だ。うつらうつらしてしまうのも分かる。
……なーんて思ってたら、やつの口元がほんの少しだけゆるんだ。まるで笑いをかみ殺してるみたいだ。……さてはこいつ、しっかり起きてるな?
「わたくしたち、もう二度と、聖女さまのお名前を騙ったりいたしませんわ!」
「――それが賢明だ」
セレスお嬢さまの言葉に魔法使いがふっと目を開けた。やつはそのまま、呆れと安堵が混じったようなため息を洩らす。
「……全く。知らぬこととはいえ、この状況下で聖女の名を騙るなど命知らずにも程がある。……大事に至らなかったのは幸いだった。お前たち、本当に運が良かったな」
……って、やっぱ起きてんじゃん!
わたしはイヤミでも言ってやろうと口を開きかけた。けど、それより先に魔法使いが言葉を続ける。
「――しかし、どうしてこんなことを?」
「それは……」
応えようとして、けど、リサさんは口ごもった。その表情はひどく暗い。
「……その件については、わたくしが説明いたしますわ」
そんなリサさんを手で制し、代わりに前に出たセレスお嬢さまが事情を話してくれた。
――想像してた通り、セレスお嬢さまは貴族の令嬢で、リサさんはその侍女だった。
リサさんは美人だし、回復魔法も使えたから、セレスお嬢さまの父親にずいぶん可愛がられていたらしい。
けれども、ある日……。
……まあ、つまりは、そういうことらしかった。
さいわい、未遂だったそうだけれど。
「――だから、わたくしはリサを連れて家を出ましたの。……もう、あんな人間の側にはいられませんから」
そう言い放つセレスお嬢さまの声には深く静かな怒りの響きがあった。その横顔には、どこか決意のようなものが浮かんでる。
魔法使いはそんな彼女のまなざしに目を眇めると、不意にリサさんに視線を向けた。
「――彼女に掛けられている魔法も、お前の父親の手によるものか?」
「えっ」「分かるんですの!?」
驚くふたりの前で魔法使いは「当然だ」、と頷く。
「……どうやら、対象の居場所を探る魔法のようだな。しかも……彼女の意識が落ちたときに発動する類のものらしい」
「ええ。あいつ……父が、流れの魔法使いを雇ってリサに掛けさせた魔法です。リサが深く眠ると、リサの居場所があいつに分かるようになっているのですわ。……お陰で、リサはこのところずっと、まとまった睡眠が取れていないのです」
セレスお嬢さまの言葉に魔法使いが目をすがめた。
「……趣味の悪い魔法だ」、と、心底不愉快そうに吐き捨てる。
「家を出てからこれまで、うたた寝でしのいだり、回復魔法でどうにか身体を保たせてきましたけれど、限度がありますわ。それで、人づてに魔法屋を探して頼ったのですけれど、法外な金額を提示されてしまって……」
「……それは、組合が経営している正規の店か?」
「組合?」
セレスお嬢さまが首を傾げる。
「それは、分かりませんけれど……お店ではなく、個人でやっているようでしたわね」
「……モグリの魔法屋か」
魔法使いが額に手をやった。そのまま深々と嘆息する。
「……まあ、事情が事情だ。町中の店に頼れなかったのは理解できるが……魔法屋と呼べるのは組合公式の店だけ。それ以外は例外なく犯罪者だ。やつらは、相手の弱みにつけ込んで卑劣な要求をする」
魔法使いの言葉にリサさんの表情が曇った。
「……お金がないなら身体で払え、って言われました」
「……やはり、そういうことか」
「でも、お嬢さまが断ってくださったんです! お嬢さまは『代わりに自分が』、と申し出て……」
「けれども、そうしたら、リサに怒られてしまいましたの。馬鹿なことをするな、って」
セレスさんはそう言って自嘲気味に笑うと、リサさんとそっと視線を交わし合った。
「……ですから、わたくしたち、どうにか必要なお金を用意しようと、聖女さまのフリをすることにしたのですわ。リサは銀髪だし、治癒魔法も使えるし、ワンチャンいけるんじゃないか、と……」
そういうことだったんだ、とわたしは納得する。
セレスさんとリサさん、どう見たって悪い人たちじゃない。魔物が現れたときだって、みんなを避難させようと必死に動いてた。
そんな彼女たちが聖女のフリをしてたのは、生きるためだったんだ。
……なんか、他人っていう気がしなかった。
彼女たちが生きてくために聖女のフリすることを選んだの、わたしにも痛いほど分かる。
わたしと違って、彼女たちはふたりだし、セレスさんは行動力すごいし、リサさんは治癒魔法が使える。
それでも、いま語られなかった以上の苦労があったんだろうな、っていうのは容易に想像ついた。
きっと、と、わたしは思う。
みんなに慕われ、愛されてる本物の聖女さまは慈悲深い方だろうし、そういう女の子たちに自分の名前が使われることも、許してくれるんじゃないだろうか。
「わたしのフリをすることであなたたちが生きられたなら、それでいいよ」って。
……まあ。
ニセ聖女やってたわたしが勝手にそんなこと思うのは勝手だし、図々しいんだけどさ。
「――ねえ、リサさんに掛けられてる魔法、解いてあげられない?」
わたしは思わず魔法使いの顔を見上げた。
「あんたならできるでしょ? もちろんタダとは言わないよ。報酬はわたしが払うから……」
次話「セレスとリサ(下)」、4/21(火)20:20更新




