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ふたりのニセ聖女

他人に触れられない猛毒体質の大魔法使いと、彼に触れても平気な毒耐性持ちニセ聖女(※実は妖精)の

人違い×隠し事から始まるハイテンションファンタジー


毎週火曜日20:20更新です。


→読み切り短編版はこちら

『猛毒持ち次期魔王(自称)に捕まった偽聖女の私、実は毒耐性持ちの妖精なんだが? バレる前に即逃げる!』

https://ncode.syosetu.com/n4523lo/



 人だかりは一瞬でパニックに包まれた。

 さっきまでのんきに聖女見物してた人たちが、いまは頭上の魔物から我先に逃げようとしてもみくちゃになってる。

 そこかしこから聞こえる悲鳴と怒号。その合間に子どもの泣き声が聞こえてくる。まさに阿鼻叫喚、って感じだ。



 とっさに剣を抜こうとして、わたしははっとした。


 剣がない。

 ……そういや、さっきのどさくさでセレスお嬢さまに取り上げられたんだっけ!

 

 返してもらわなきゃ……!


 わたしはあわててセレスお嬢さまとニセ聖女を振り返った。けど、ついさっきまでそこにいたはずのふたりの姿、いつの間にか消え失せてる。

 ……もちろん、わたしの剣も一緒だ。


 って、わたしの剣、持ってかれちゃった~っ!?



「――皆さま、落ち着きなさいまし!」


 ほぼ同時に、人だかりの中からよく通る声が聞こえてきた。



 思わずそっちを見ると、逃げまどう人波の中ほどにニセ聖女コンビの姿があった。


 彼女たちは真っ先に逃げたわけじゃなかった。

 それどころか、パニックに陥った群衆の中で必死に声をあげている。


「落ち着きなさいまし! そう押し合っては危険ですわ! 慌てず近くの建物へ避難なさいまし! もちろん、子どもとお年寄りが最優先ですわよ! ほら! そこのあなた! 手近なところは彼らに譲ってもう少し先の建物まで走りなさいまし!」


 主に避難誘導にあたってるのはセレスお嬢さまだ。

 さすがの彼女もすっかり青ざめてたけど、その指示は的確だった。通りにあふれてた人々、彼女の声に押されてつぎつぎと近くの家や店の中へ流れ込んでく。


「大丈夫です! 大丈夫ですから!」


 そんなセレスお嬢さまの後ろで、ニセ聖女ことリサさんも必死に周囲へ声を掛けてた。

 その腕の中に、なにかがしっかり抱え込まれてる。


 あそこだ、わたしの剣! たぶん、みんなを避難誘導するのに邪魔だからってんで、セレスお嬢さまに押しつけられたんだろう。



 取りに行かなきゃ、と思った瞬間、わたしの真上から風切り音がした。



 反射的に見上げると、旋回中の魔物がさらに高度を下げてた。

 やつがその気になれば、いつだって地上の人間をさらえる距離だ。



 ……まずい、とわたしは焦った。


 ニセ聖女たちのお陰でだいぶ避難は進んでたけど、それでもまだ、路上には逃げ遅れたひとが残ってる。

 いまから剣を取りに行ってたんじゃ、間に合わないかも――!



「魔法使い!」


 みんなとっくに逃げ出す中、魔法使いはさっきと同じ場所に立ってた。黙って空を見上げ、頭上を舞う魔物を思案げに睨めつけてる。



「わたしの剣、あの子たちに持ってかれちゃってっ……あの魔物、あんたの魔法でどうにかできない?」


「……やれなくはない」


 魔法使いがどこか苦々しげに応えた。


「だが、リスクが大きい。……先ほどから狙いをつけてはいるのだが、魔物の内部だけを破壊するのは、今の俺には難しいようだ。無論、単純な攻撃魔法ならいくらでも撃てるが、巻き添えで町を壊すわけにも、魔物の血肉を撒き散らすわけにも……」


「……つまり、できないってことね」


 長ったらしい言い訳を遮ってわたしは嘆息した。……ったく、いつも偉そうなこと言ってるくせに、肝心なときに役に立たないんだから!


 ……って、それはさすがにお門違いか。

 元はと言えば、寝不足でへろへろのとこを無理に引っ張り出してきたわたしのせいだもんね。


 ……やっぱり、わたしがやるしかない。



「――わたし、剣を取り戻してくる!」


 そう言って駆け出した瞬間、わたしの頭上にひときわ濃く魔物の影が落ちた。



「っ!?」



 ――来る!


 わたしは反射的に地面へ身を投じ、勢いにまかせて石畳のうえを転がった。

 そのすれすれを、魔物の爪がかすめるように通過してく。


 わたしはすぐ体勢を立て直した。

 頭上を仰ぎ見れば、空の魔物がくるりと旋回し、ふたたび向かってくるのが見える。


 わたしは舌打ちした。


 まさか、剣なしで魔物とやりあうハメになるだなんて……――



 ――……正直、すっっっごく面倒くさいんだけど!?



 わたしは妖精だから、魔物なんてちっとも怖くない。

 しかも、今回の魔物ときたら見るからに雑魚。ぶっちゃけ、素手でも倒せる。


 ……まあ、素手で魔物とやりあったら、あの魔法使いにまた「魔物には毒がどうのこうの」とか小言を言われるだろうけど、この際しかたない。


 昔みたいに魔法が使えたら楽なんだけどな……なんてことを思いつつ、わたしは覚悟を決めて、こっちへ飛んでくる魔物を睨みつけた。



 視線がぶつかった瞬間、魔物がわずかに怯むのが分かった。

 魔物はスッと軌道を変え、わたしの頭上をあっさり素通りしてしまう。


 ……って、ちょっとちょっと!?



 ……どうやら、本能的な恐怖を感じてわたしを狙うのを諦めたらしい。

 さすがは雑魚、身の程ってものをわきまえてるみたいだ。



 急に軌道を変えた魔物を視線で追いかけ、わたしははっと息を呑んだ。



 魔物の向かう先にニセ聖女たちの姿が見えた。


 彼女たちはいままさに、逃げ遅れた最後の数人を建物の中へ押し込もうとしてるとこだった。

 その中に、子どもがひとり混ざってる。



「早くお入りなさいまし! 振り返ってはだめですわ!」


 セレスお嬢さまの声に、その子はビクッとして顔を上げた。

 そのとたん、自分たちめがけて急降下してくる魔物に気づいてしまったらしい。

 子どもはあっと声をあげて、その場にへたり込んでしまった。


 建物まであと数歩。だけど、魔物はもうすぐそこまでせまってる。



 わたしはあわてて駆け出した。

 けど、どうやったって間に合わない――!



「――さ、退がりなさい!」



 その瞬間、ニセ聖女のリサさんが子どもの前へ飛び出した。

 その手には、わたしの剣がしっかりと握られてる。


 彼女の顔は蒼白だった。魔物に向けられた剣の切っ先も小刻みに震えてる。

 けど、彼女はそれでも剣を握りしめ、気丈なまなざしで魔物を睨みつける。



「こ、子どもを狙う卑怯な魔物めっ……女神さまの名において、私が相手します!」



 魔物があざ笑うように翼を打った。

 そいつは鋭い爪を振りかざし、ふたりめがけて襲いかかる!



「――きゃあ!」


 リサさんが悲鳴とともに剣を振りかざした。

 その切っ先が、いままさに飛びかからんとしてた魔物の肩口をかすめるみたいに切り裂く。


 ぱっと、真っ赤な血が噴水みたいに吹き出した。


 宙に浮かぶ魔物の身体が傾いだ。

 やつは咆哮しながら飛び退り、ほとんど墜落するみたいに石畳へと着地する。



「ひっ」


 リサさんが顔を強張らせて後ずさった。その拍子に、彼女の手から剣がすべり落ちる。


 たぶん、初めて生き物を切りつけた感覚に動揺したんだろう。

 一瞬そう思ったあと、わたしははっと気づいた。


 ……いや、そうじゃない。


 怯えたような彼女の視線は、魔物の傷口から吹き出す血に釘付けだ。


 魔物の血は猛毒。

 普通の人間なら触れただけでも命に関わるんだ。そりゃあ、怯むに決まってる。



 恐怖に凍りつくリサさんの前で、魔物が痛みに身を捩らせた。

 その瞬間、それまであさっての方へ吹き出してた血しぶきが真っ直ぐに子どもの方へと向かう。



「だめっ!」


 リサさんが跳ねるように動いた。

 彼女はとっさに子どもを抱き寄せ、その小さな身体を腕の中へ抱え込む。


 ほぼ同時に、金色の髪をした少女――セレスお嬢さまも飛び出してきた。彼女は両腕を広げながら魔物とリサさんたちの間へ身を滑り込ませる。


 子どもと、その子を抱きかかえるリサさんと、ふたりを庇おうと飛び込んできたセレスお嬢さま。


 彼女たちのうえに、猛毒である魔物の血が降り注ぐ――。

 


 刹那、視界に淡い光が走った。


 光は一瞬で薄く広がり、ニセ聖女たちの周囲を守るみたいにぐるりと覆う。


 一瞬遅れて、光の壁にぶつかった血しぶきが弾けた。

 赤い雫が四方へ飛び散り、石畳の上へぽたぽたと降り注ぐ。



 ――ヴィルクの魔法だ、とわたしは察した。

 ていうか、他にこんなことできるやつなんていない!



 思わず振り返ると、魔法使いと目が合った。わたしは小さく頷く。



「ありがと!」


 礼を言いながら、わたしはふたたび地面を蹴った。そのまま、リサさんが落としたわたしの剣へ一直線に駆け寄る。



 剣のまわりはすっかり血だまりになってた。その中から剣を拾い上げ、わたしは顔をしかめてしまう。

 ……うへぇ、ぬめって気持ち悪い。


 剣の柄と手についた血を服の裾でぬぐうと、わたしはあらためて剣を握り直した。

 そのまま、目の前で暴れる魔物へ向き直る。



 わたしが睨んだ瞬間、魔物は少し後ずさりながら翼を広げるような仕草を見せた。


 ……まずい、とわたしは身構える。

 たいした魔物じゃないけど、空へ逃げられると厄介だ。なんせ、わたしは飛べないんだから。



 けど、魔物は飛ばなかった。……ていうか、なんだか、片方の翼が動かない様子。

 どうやら、さっきのリサさんの一撃で翼の腱をやられてしまった様子。

 ……やるじゃん、ニセ聖女!



「ありがと!」


 わたしは肩越しに振り返ると、背後のリサさんたちに笑いかけた。


「あとは、わたしにまかせて!」



「は、はあ……」


 子どもを抱えたまま、リサさんがぽかんとしたように頷く。その隣で、セレスお嬢さまの方も目を丸くしてるのが見えた。



 魔物が吠える。

 やつは苦し紛れに片翼を打ち付けながら、こちらへ向かって突進してくる。


 ……けど、ぜんぜん遅い。


 全身の感覚が冴え渡ってた。魔物を前にしたときはいつもこうなる。まるで、世界の全てが思いのままになるかのような全能感。


 わたしはでたらめに打ち付けられる翼を躱して一気に距離を詰めた。そのまま、ごく自然に剣を振るう。


 確かな手応えがあった。


 次の瞬間、魔物の身体が石畳の上へ崩れ落ちた。




「……ふぅ」


 動かなくなった魔物を見下ろし、わたしはほっと息をついた。

 ……いやはや。一時はどうなることかと思ったけど、なんとか怪我人を出さずに済んで、ほんとよかった。



「おい、あの子……」


 ……と。

 安堵するわたしの耳に、ふと、町の人の声が聞こえてくる。


 いつの間にか、建物に逃げ込んでた町のひとたちが、そこかしこの戸口や窓から顔を覗かせてた。

 彼らはわたしを遠巻きに見やりつつ、口々になにかを囁き合ってる。 



「見たかよ、いまの。あの子、魔物をたった一撃で……」

「なんか、すごい身のこなしだったな。まるで背中に翼でも生えてるみたいに見えたぜ」

「それ、俺も思った! なんか、見とれちゃったよな。ただ者じゃないよ」

「あの子、いったいなんなの……」


 ……どうやら、みんな、避難した建物の中からわたしが魔物を倒すとこを見てたらしい。



「……ていうか、あの子、魔物の血をちっとも気にしてなかったぞ」

「そう言えば、あの子も銀色の髪だよな」

「てっきりニセモノかと思ったけど、まさか……」

「いや、さっきの剣捌き、あれはもう、間違いないでしょ」


「あの子の方が、本物の聖女なんじゃ――」



 ざわめきは次第に大きくなり、それにつれて、熱い視線がわたしへ集まってくる。



「は、はは……」


 剣を手に立ち尽くしたまま、わたしは思わず顔を引きつらせた。



 ……って、わたしの間抜け!


 ニセ聖女のリサさん達を利用して「わたしがニセ聖女です」って証明するつもりだったのに! 逆に本物の聖女としての箔をつけちゃってどうするんだよ~っ!?

次話「セレスとリサ」、4/14(火)20:20更新


彼女たちがニセ聖女をしていた理由とは……?

魔法使い氏もちゃんと仕事するんです!

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