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慣れない食卓

※2020/05/09 本文修正、表記ゆれの修正(なにしろ→何しろ)

 一日がかりの引っ越しも終わり、開けて翌日。

 筋肉痛の相手……、をしているのは俺だけだが、それも程々に、俺たちは食料品店の立ち並ぶエリアへ向かう。目的は、買い物と引っ越しのご挨拶だ。


 交差点名物のひとつ、"食品通り"は南区にあり、そこでは全国の飲食物が揃うと言われている。だが、さすがに毎日の食事をそこで買い求めるのは手間だし、お高い。

 ではどうするかと言うと、食料品や雑貨などを扱う店は、だいたい一定の範囲に数件は固まっている。普段使いはもっぱらそちらの方で、現代でいえば、商店街やスーパーマーケットのようなものだ。


「おおー……、お店もお客さんもいっぱいですねー」


 ミコがあたりを見回しながら言う。

 西区は施設が多く、人が住まうような民家や、個人経営の店などは少ない。とはいえ、それでも住まう人々が居る以上、その需要を狙って出店する商人は居る。狙いが当たっているかは、この賑わいが証明してくれているのだろう。


「よし。じゃあ、行こうか、ふたりとも」


「はい」


「は、はい!」


 俺の掛け声に、ふたりの返事が続く。ちょっとだけミコの声が固くなった。

 まあ無理もない。何しろここでの最大の目的は、ミコを穏便に売り込むことなのだから。


 料理が得意な彼女に台所を任せれば、必然的にここでの買い物も仕事としてついてくる。

 もちろん、どうにもならなければ、買い物だけダアチに頼むという手もあるのだが……。できれば、外出できる理由のひとつやふたつはあったほうが良いだろう。


 そして、しばらく。

 結論から言えば、首尾は上々であった。


 最初こそ大半の人が怪訝な顔をしていたが、さまざまな食材に無邪気な反応を示すミコに、皆笑って話しかけてくれるようになった。

 もちろん、奇異なものを見る目が向けられることもある。だが、それも一方的な拒絶ではない。まだ対話による歩み寄りが可能な範疇だ。


「はぁ……、良かった」


 八百屋のおばあさんと談笑をするミコを、後ろから眺める。……思わずため息までつくとは、割と心配していたんだな、と実感する。良い意味で肩透かしを食ってしまった。


 ミコが女性だからだろうか。ここでの主な客層と近いことが良かったのかもしれない。

 相手が冒険者ではない、というのも相違点か。半獣族のイメージ自体、冒険者とそれ以外では違いそうな気がする。他の種族だって、たとえば手長の冒険者と手長の村人では、想像する人物像は大きく異なる。

 あと、相手が女性、というのもあるかもしれないな。ミコの表情がわかりにくい、と言っていたのは男性の冒険者だ。男女で言えば、女性のほうが表情や仕草に聡いと聞いたことがある。ただ、これは元の世界の知識、いわゆる異界の術で、こちらで通用するかは未知数だが……。

 あとは……、


「ご主人さまー?」


「……おおっと」


 気づいたら、ミコが俺の顔を覗き込んでいた。見ると、手提げにはいろいろな食材がたっぷり詰まっている。

 ダアチはというと、ミコを見守りながらも、ずっと俺の傍らに立ってくれていたようだ。なんというか、護衛対象が無防備ですみません……。

 気を取り直して、ミコに問いかける。


「買い物は終わった?」


「はい! 今夜はごちそうを作るです!」


「お、楽しみにしてる」


 張り切るミコはちょっと微笑ましい。そういえば、彼女の作る料理を食べるのははじめてだ。順番的には昼食が初になるのだが、これだけやる気なのだから、夕食の方に否が応でも期待が高まる。

……まだ午前中だと言うのに、なんか食いしん坊みたいだな。


 その後は帰宅し、ちょうど派遣されてきた魔術師に防犯の布陣を敷いてもらう。

 魔術の心得があるダアチに同席してもらい、いろいろと説明を受ける。個人的に心配だった操作も、俺の魔力量でも問題ないようだ。


 あとは僅かに残った片付けを済ませつつ、体を休めることにした。引っ越しのために取った休みは今日までだ。疲れを残すわけにもいかない。



 そして、その日の夕食。


「おお……、これはすごい」


 食卓に並ぶのはミコの力作である。


 メインは二種、ひとつはいわゆるミートパイのようだ。切り分けてもらったが、中身はひき肉ではなく、ごろっとした一口サイズの肉塊と野菜たちが顔をのぞかせている。

 汁気の少ないビーフシチューが詰まっているような感じで、なかなか食べごたえのありそうな代物である。


 そしてもうひとつは魚の丸焼きだ。小ぶりの鯛くらいの大きさの魚が、塩をまとってこんがり焼かれている。ヒレや尾に重点的に塩がまぶしてあるのは、元の世界でも見たことがある。こういうの、こっちにもあるんだな。

 見た感じシンプルな焼き物に見えるが、漂う香りがちょっと違う。何か工夫があるのだろうか。


 あとはスープにパン、チーズなど。

 鍋いっぱいのスープからも、どことなく不思議な香りが漂っている。ただ決して嫌なものではなく、食欲をそそる良い匂いだ。


 しかしこれは、かなり奮発したのではないだろうか。パンとチーズには見覚えがあるが、その他は今日買ってきたものだろう。あまり凝った自炊をしなかったとはいえ、食料品の相場なら大体は把握している。

 ダアチには、とりあえず今月分として、三人分の生活費を渡してある。彼のことだから、さすがに首が回らなくなるようなやりくりはしないだろうが……。


「……あれ? ふたりは食べないの?」


 ふと見ると、ふたりは席にすらついていない。ひととおり食事の準備が終わったところだが、食卓の傍らに立っている。

……まあ、使用人と考えるのならば、それもおかしくはないのだろうか? あいにく、そういうことには疎い。


「はい、我々の分は別にございますので」


 ダアチの言葉に、何かが引っかかる。

 ただ、言われてみれば、並べられている料理はどれもがせいぜい二人前、ものによっては一人前とちょっとだ。俺ひとりで食べるにはちょっと多いが、さすがにこれを三人で分けるとなると少なすぎる。


「そうなんだ」


 ごちそうをひとりで食べる。というのは、個人的には少しさみしい。だがまあ、そう言われてしまえば仕方がない。

 ダアチの言葉に感じるものがあったのは確かだが、なんというか……。それは決して、悪いものではない、と思えた。


 かたやミコはというと、料理の評価が気になるのか、じーっとこっちを見つめている。その視線はドキドキとした非常に健全なものだ。

 負の感情……。というか、悲しみや寂しさというものが見て取れないのは、あまりこの状況を気にしていない、ということなのだろう。


 切り分けてもらったパイにナイフを入れ、口に運ぶ。

 想像どおり、いや、それ以上においしい。


「……」


 ひとりで食べる食事には慣れている。

……ただ、この距離感は、ちょっと。


「ごめん。やっぱり俺には、この形式は合わないよ……」


「えっ」


 その声を聞いて、俺はミコに向かって首を振る。


「ああ、いや、美味しいんだ。けど……。お昼を食べたみたいに、一緒に食べたいんだけど」


 用意した家具は、一応3人暮らしを想定したものだ。食卓は部屋の広さに合わせ、6人はかけられる広さである。これは家の中に、個人でくつろげる空間と、皆一緒に過ごせる場所を作りたいという考えもあった。

 現に、今までの食事は揃って食べていた。もちろん、用意や世話などでふたりが席を立つことはあったが、それでもこんなふうに、完全に分かれて食事をするのははじめてだ。


「ですが……。我々の分は別に作っておりますので……」


「なら、ふたり用に作ったのも持ってきてくれれば良いよ。別に、食卓は狭くないんだからさ」


 俺の言葉に、ダアチとミコは顔を見合わせた。そのまま少し迷っていたものの、やがてミコがうなずき、台所へ下がる。

 しばらく後、ミコの手で運ばれてきた鍋からは、湯気とともに嗅ぎ慣れた匂いが漂ってきた。


「ん……。それ、五種麦粥? 美味しそうな匂いがする」


「えっ?」


 俺の言葉に、ミコが驚きの声を上げる。


「ああ、いや。多分それ、俺の荷物に入ってたやつでしょ? よく食べてたから」


 五種麦とはその名の通り、複数種の穀物を混ぜたものだ。雑穀米ならぬ雑穀麦といった体の主食である。魚や肉の干物などを具兼だし代わりにして粥にするのだ。

 安いし、さほど手間もかからず、腹持ちも良く、まとめて作れる。とまあ利点が多いので、ひとりのときはよく作って食べていた。

 食感もさまざまで小気味よく、味つけも調味料次第で飽きづらい。甘くするところも多いようだが、そちらはちょっと口に合わなかったので、俺はもっぱら塩味で作っていた。

 ミコが作ったものは、魚の干物が入っているようだ。ちょっと手が込んでいるのだろう、魚だけではない良い香りがする。


「……ご主人さま」


 珍しい声色に驚いて、粥からミコの方へ目を移す。

 何とも言えない声だ。少し怒っているのと、僅かに呆れているのと、ちょっとした決意とがないまぜになっている。不思議な声だった。


「ご主人さまはとっても優しいです。それに、いっしょにご飯を食べるのはすごく嬉しいです」


「うん」


「でもご主人さまはちょっと、自分の身分をかんがみるべきです」


「えっ」


 何というか、意外な言葉が出た。


 ミコは喋りはたどたどしいが、決して幼いわけではない。

 さすがに俺よりは年下だろうが、ところどころに教養を感じさせる節がある。割と良いところの娘さんだったのかもしれない。

 そう思えば、彼女の穏やかな性格もうなずける。……嫌な言い方ではあるが、荒んだ生活の中では、なかなか穏やかな心にはなれないものだ。


 新たな発見に喜びたいところではある。

 が、ちょっと今は、そういう場面ではないらしい。


「ご主人さまはあの北王の配下なのです。偉い人なのです。だから、食べるものは食べないと駄目なのです」


「いや、あの……。食べてないわけでは」


 出勤したときは、組合の食堂や近所にある酒場のランチを食べている。別に五種麦ばかりというわけではない。……と思う。


「ご主人さまがお金を使わないと、みんなが困るです」


 俺の反論も虚しく、ミコの追求は続く。


 はっきりと指摘されて実感したが、俺の立場は相当"高い"ものだ。

 正直、そんなことはない、と思っているのだが、具体的に反論しようとするとその余地がない。心はまだまだ小市民のままだが、宮仕えの上に王の顔見知りである。これを貴族のようなものと言わずに何というのか。


 そう考えれば、ミコの言うことももっともだ。

 もちろん、何も見栄ばかりを気にしてのことではない。経済を回すためには金が必要なのだ。俺の力というのも微々たるものではあるが、安いからと言って五種麦ばかり食べていて良いわけではない。


……いや、五種麦ばかりってところは体裁もあるな。見栄だわ。


「あ、いや。でも、二人で食べようとしてたんでしょ? だったら別に俺も」


 とはいえ、買い置きの五種麦に罪はない。美味しく食べるのであれば、誰の腹に入っても同じはずだ。

 と、思って口にした口にした言葉も、


「まさか、ご主人さま用の買い置きとは思わなかったです。たとえ保存食だとしても、出すわけにはいかないですから、ミコたちで食べてしまうつもりだったのです」


「えぇー……」


 バッサリと言われてしまった。


 だが、それを聞いて納得した。ふたりの食事を出し渋っていた理由である。

 きっと俺が気を使うと思っていたのだろう。ミコが作ってくれた食事が豪勢だったから、それと比べてしまえば見劣りする。


……というか、多分これ、三人分の金額で一人前を作ったな?


 そう考えれば、いろいろと辻褄が合う。昨日、台所の荷解きをしてくれたのはミコだ。そのとき、保存食としてしまっておいた五種麦を見つけたのだろう。

 それを俺に食べさせるか悩んだ結果、自分の食事とし、浮いた金額を俺の食費に回した。……ダアチが「我々の分」と言っていたし、もしかしたら、彼にも相談したのかもしれない。


 まあ、蓋を開けてみれば、俺の金銭および食事の感覚はこの体たらくだったわけだが。

 常識のすれ違いって怖い。


「旦那様、私もミコの意見に賛成です。……学者肌の方はそういうところに無頓着である、と聞きます。旦那様は正にそうかと」


「あ、はい。そうですか……」


 くっ。ダアチ、お前もか。


 普段は無表情な彼には珍しく、目尻が緩み、声色が楽しそうだ。

 まあ、ふたりになら笑われるのは構わないのだが……、ちょっと程よいところで助け舟でも出してもらえないだろうか。


 その後、割と長く続いたミコの"お話"の後、温め直した夕食を、三人で美味しく食べた。

 まあ、いろいろあったけど、結果、良かったんじゃないかな。


# 暖かな灯火


火属性・法術

暖かな灯火を召喚する。暖かな灯火は近距離の対象の体力を緩やかに回復する。


戦の歴史の中では激しい炎も、生活の中では、心落ち着かせる穏やかな火へと姿を変える。

はるか神代の時代から、そのぬくもりを囲う風景は、安らぎと癒しの象徴であった。

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