引っ越しの日
屋敷に横付けされた馬車、その御者台から飛び降りる。
「よっと……。イテテ」
そこそこの高さだが、さすがにこの程度で怪我はしない。痛いのは足ではない。尻だ。
さほど長い距離ではなかったのだが、さすがは捜索部の馬車である。サスペンションがまるでない。借り物のこいつに文句を言う筋合いはないのだが、できれば、乗る機会は少ないほうが嬉しい。
「じゃあ、いったん荷物を運び込んでもらうから、ダアチはそのまま待機してて」
「承知いたしました」
手綱を握るダアチにそう声をかけて、馬車の後ろへ回る。荷台の中に顔をのぞかせて、中にいる人たちに声をかけた。
「到着したんで、説明したとおりに運び入れをお願いしまーす」
「了解! おーし、みんな仕事だぞー! キビキビ動けよー!」
「うぃーす」
俺の呼びかけに、野太い声が応える。今日のために雇った冒険者たちだ。とはいえ、イメージよりも荒くれ者、という感じではない。
荷物の中にはある程度貴重品もあるし、持ち逃げでもされては困る。そういう、ある程度の信頼と実績がある者たちを選んでもらった。単純な労働力としては、そこそこお値段のするランクの方々だ。
とはいえ、もちろん彼らだけを荷物と一緒にしていたわけではない。お目付け役も居る。
「じゃあ、ご主人さま。ミコも荷物運びますね!」
「……あ、ああ。よろしく」
ミコが持っている荷物の量に目を奪われ、少し返事が遅れてしまった。
あの箱の量は、普通ならば数回に分けるべき量だと思うのだが……。腕力もそうだし、積まれた箱が微動だにしていないところを見ると、バランス感覚もすごいのだろう。半獣族の特性、というやつだろうか。
「やっぱり人種が違うんだなぁ……」
しみじみと言葉が漏れた。
ミコを荷台のお目付け役にしたのは、まあ、言ってしまえば消去法ではある。
御者を務めるのはダアチにしか無理だったし、俺も道案内をする必要がある。前回の道は馬車には狭く、少々大回りする必要があったからだ。それにそもそも、俺が見張っていてもなんの抑止にもなりはしない。
その点、ミコの速さと目の良さは折り紙付きだ。新兵との試合とはいえ、北方の正規兵にほぼ何もさせず勝利している。彼女の前で盗みなど無理な話だろう。
「さて、俺もやることやらないと」
冒険者たちとミコには、箱に書いてあるマークごとに、運び込む部屋を決めていることを伝えてある。その後に過不足はないか、確認するのが俺の役目だ。
荷物運びも手伝ったほうが良いだろうか、とも思ったが、あいにく力仕事は戦力外である。おまかせしたほうが断然早い。
「コトバさん! こいつはどちらへ?」
「ああ、その棚は2階にお願いします。一番奥の部屋で」
「この箱はこっちでしたっけ?」
「ええ、黒丸が書いてある箱は、全部1階の奥に」
多少罪悪感があったものの、はじまってみればこっちはこっちで忙しかった。
考えてみれば、運び込む側は5人も居るのである。問い合わせ先がひとつでは、こうなるのも仕方があるまい。
ともあれ、皆の頑張りによって、荷物の運び込みは午前のうちに完了した。
ここで冒険者の方々はお役御免、というところだったのだが……。ひとつ問題が。
うっかり、お給金を箱詰めしてしまっていたのである。
「いやー失敗失敗……」
硬貨の詰まった袋を手に、階段を降りる。俺はひとり、門の前で待つ冒険者たちの元へ向かう。探すのに少し手間取ってしまった。彼らも待ちくたびれているだろう。
ダアチは馬車を返却しに組合へ向かってもらった。ミコはその間、先に各自の寝室を整理してもらっている。
戻ってきて、三人揃ったら昼食だ。午後も荷解きという大仕事が待っているのである。腹ごしらえは必須だろう。
塀に遮られ姿は見えないが、風向きのせいなのか、待っている彼らの談笑が聞こえる。
引っ越しの手伝いなど楽な仕事だろうし、給金も割と良いはずだ。気分も良いのか、はっきりと言葉は聞き取れないものの、声色は弾んでいるように聞こえる。
「あーあ、やっとここからおさらばできる」
近づいて、はっきりと聞こえてきたその言葉に、少しだけ嫌悪感を抱いた。
ふとした瞬間に漂った悪臭のような、そんな感覚。
思わず足を止める。
「あんな化け物とひとつ屋根の下とか、生きた心地がしねぇ」
「おい、やめとけ」
「わかりゃしねーよ誰も」
咎める声を、鼻で笑いながら否定する。
まあ、確かに、そのとおりだろう。全体的にきつい訛りだ。それを強くして、他人に意図を悟られないようにしようとしている。そういう意図だ。おそらく、交差点でその言葉を知る者は居ない。彼はそう思っているはずだ。
俺だって知らなかったし、できれば知りたくもなかった。
朝の配役は、失敗だっただろうか。
気持ち足音強めで、気づいてくれと願いながら歩く。それが届いたのか、さっきまで聞こえていた談笑は止んだ。
門を出て、少し行ったところに彼らは立っている。
これでも元サラリーマンだ。愛想笑いくらいはできる。
「おまたせしました。すみません、遅くなってしまって」
「いえいえ、今日はこの後予定もありませんので、気にしないでください」
たしなめた声と同じものが、対面の男から発せられる。リーダーの男だ。今日の朝、俺の呼びかけを受けて号令をかけたのも彼である。
声で人を区別するというのも妙な話だが、能力柄、この情報はよくわかる。顔と名前は一致しないが、声と顔ならばすぐに一致する。
彼に袋を手渡し、中身を改めてもらう。
まあ、奮発したとはいえただの引っ越し、力仕事だ。入っている枚数もたかが知れている。すぐに数え終わり、納得したようにうなずくと、
「確かに。それでは、また何かあればぜひごひいきに……」
「あの」
締めようとしている男を呼び止めて、背後に居る仲間のひとりを見た。
確か、あの人だ。
「さっき、化け物って言ってましたよね」
すっと、場が冷えるのを感じた。
「俺、わかるんです。そういうの」
声をかけられた男は、驚いた猫のように震え、ゆっくりとこちらに目を向けた。顔にはありありと後悔の念が刻まれている。
それはそうだろう。単発の日雇いとはいえ、雇い主の使用人への悪態を、よりにもよって主人に聞かれたのだ。単純に考えれば評価に響く。
「いや、あの、コトバさん。それは……、」
脇からの声に、俺はそちらへ視線を向ける。さすがはリーダー、こういうときでも矢面に立とうとするのか。
それに同情はすれど、今回の目的に彼は必要ない。その言葉を制するように、
「大丈夫です。そのまま」
努めて平静に。……自分が怒っている、という実感はないが、それでも伝わるものがあるかもしれない。
それもまた、今は必要ない。むしろ、俺が聞きたいことの邪魔にすらなりうる。
「変なことを、聞くかもしれないんですけど……」
「は、はあ」
意外にも、俺の言葉に彼は答えてくれるようだ。
品の良い冒険者を雇っている、という打算はあった。とはいえ、下手をすれば暴力や脅しに発展しかねない行動である。これは俺の立場と、払った金額が物を言っている可能性が高い。……さすがは金と権力である。
ならば、なおのこと都合が良い。
「ミコを……。あの半獣の娘を、どう思いますか?」
「は?」
俺の質問に、男は呆けたように声を上げた。
「あなたは彼女を化け物と言った」
「いや、その……」
「責めてるわけじゃないんです。ただ、あなたが口にしたものの、その発端を知りたいだけで」
対面した男は、明らかに戸惑っていた。
当然だろう。来ると思っていた感情が、怒りが、俺から感じられないのだ。彼から俺を見るのであれば、感じられるのは純粋な疑問だけのはず。
多分、"意図"はうまく伝わっていると思う。
ここで下手に怒りや悲しみを見せて、謝られるのが一番困る。そんなものを出されても仕方がない。
幸い、ミコ自身にはこのことを聞かれていない。
だが、彼女は気づいているだろう。どういう思いで彼らが彼女を見ていたのかを。
ーー「みんな優しいです」
それに彼女は傷つくのか。傷つかないのか。傷ついていることに気づかないのか。
いずれにせよ、ある程度の解法を知りたい問題だ。できれば、それが致命的になる前に。
だが、感情の問題は解決が難しい。
言葉で他人の機微を見出したとしても、その発端は、その大本は、容易にうかがい知ることはできない。それと同じものを、俺が感じていないならばなおさらだ。
ならば、どうするか。
わからないことがあるのなら、聞くのが手っ取り早い。
「あー……。まあ、一般論ですがね」
混乱して動けない男を助けるように、リーダーの男が口を挟む。
「半獣族というのは、まあ、人当たりが悪いんですよ。文化も違うし、何より腕っぷしが強くて気が荒い。とくに俺たちが会う奴らなんて、だいたいが底辺かその少し上、といった類なもんで」
「……それに加えてあの見た目だろ? 正直、表情もあんまりわかんねぇしな」
リーダーに続くように、口の悪い男がボソボソと呟いた。
そんな彼の肩に手をやり、リーダーの男が話を続ける。
「そして、静かだったり人当たりが良いやつは、だいたい宗教関係者です。これがまた突然カッとなる。何で尻尾を踏んだのか、こっちにゃ見当もつかない。ってことも多い。……まあ、こんなとこですよ」
「なるほど……」
やっぱり、そういう背景はあるらしい。種族のイメージがそのまま個人に跳ね返ってくる。よくある話だ。
それを責めはしない。俺だってそうすることはある。自分の身を守るため、可能性の高い方を選択し行動するのはよくあることだし、正しい判断だ。
しかし、宗教関係者が多いというのは意外だった。
半獣族は東方の出身が多いらしいし、大樹教だろうか。そう言えば、ミコも法術が得意と聞いている。あの宗教にあまり激しいイメージはなかったのだが……、
「それでですね。いくらか報酬から差し引いていただいても構いませんので、組合の方への報告は……」
と、細かい考察は後にしよう。リーダーが謝罪フェーズに突入している。
「あ、いえ。直接言われたわけでもないですし、気は使っていただけてたんでしょう。きっと」
平謝りのリーダーにそう言って、隣の男に顔を向ける。
「言いにくいこと、言ってもらってありがとうございます。……これはその分ってことで」
彼の手を取り、数枚の硬貨を握らせる。そして、
「あんまり、信じてもらえないかもしれないですけど……。素直で良い子なので、ああいうことは言わないであげてください。お願いします」
出来得る限り柔らかく、しかしはっきりと、そう言った。
男はひとしきり戸惑って、それでも不思議そうに口を開く。
「……なあ。それ、行く先々で言っていくつもりなのか?」
「ええ、まあ。必要なら」
俺の回答に、男は目をそらしながらも、
「わかったよ。……つっても、もう、そうそう会うことなんてないだろうけどな」
「ありがとうございます。それじゃあ」
礼を言い、その場を離れる。俺は俺で、ダアチが戻るまでの間、少しでも荷物を片付けておかなければ。
それに、俺があの場に居続けるのも、相手にとって居心地が悪いだろうし。
午後、昼食を済ませた俺たちは、各々の持ち場へ戻る。
俺の担当は自室と、新設した書斎に運び込んだ荷物の整理だ。
たかだかワンルームに詰まっていた荷物……。のはずなのだが、足の踏み場もないほど散らかっていたのは伊達ではない。かなりの量だ。
元の部屋は、棚などの収納がほとんど無かった。入り切らなかった諸々は床に並べ積んでいたのだ。
手を動かしながら、ぼんやりと頭を働かせる。
考えるのは、もちろん払拭したいあれだ。
思いつく方法としてはふたつ。
ひとつは半獣族の印象を良くすること。
もうひとつはミコの印象を良くすること。
前者は少々骨が折れる。何しろ、今までの半獣族たちが行った積み重ねを覆す行為だ。一朝一夕で為せるものではない。
それに比べれば、後者は比較的、現実味のある案だろう。ミコは素直だし、基本的にちょっと弱気だ。不用意に敵意を向けるようなことはしないだろう。
ある程度の期間をここで暮らせば、街中でどうこうなる、ということは減るのではないか。
「うーん」
いや、それはそれで逆効果だろうか。
冒険者たちの話に、表情がわからない、という言葉が出ていた。ミコの顔は猫に近い。もしかすると、普通の人間には表情が読みづらいのかもしれない。
ここらへんの塩梅は、はっきり言って俺には予想しづらい。何しろ、俺にとってミコは"表情豊か"なのだ。
もっとも、そう感じるのは都合の良い異能のおかげだろう。
「俺のほうが、よっぽど異文化の異種族なのになぁ……」
ひとりぼやき、苦笑する。
口にしておいてなんだが、この意見は少々、理屈に寄りすぎだ。
俺は"この世界の人間ではない"。
この言葉には、二種類の意味がある。
まずは、俺が訪問者であること。この世界で生まれ、育ったわけではない。いわゆる異国、異文化、異邦の民であるということ。
そしてもうひとつ。俺は"明確な異種族である"ということ。手長でも耳長でもなく、小人や小樽、半獣とも半竜とも違う。"人間"という同じ言葉で定義される"俺"と"彼ら"は、違う世界の違う意味を持つモノだ。
そも、本来彼らが"人間"という表現をしているかどうかすら怪しい。
俺がそう認識しているのは異能のおかげだ。それを取り除いてコミュニケーションをしたら、俺は不審者か、下手をすると化け物扱いされるかもしれない。
本来は、まったく違う世界の、まったく違う種族。元の世界で言うならば、エイリアンにすら近いモノ。それが今の俺である。
それでも、彼らが恐怖を感じるのは、"コトバ"ではなく"ミコ"なのだ。
「……ちょっと脱線してきたな」
変な方向に行った思考を引き戻す。
「まあ、わからないことをあまり考えても仕方がないか」
自分に言い聞かせるようにぼやく。
ミコについて、何も悪い材料ばかり揃っているわけではない。本屋通りの商人たちは、驚きこそしたがミコを受け入れた。
それが、俺という客を逃さないためだったとしても。
その結果だけは、今は救いだ。
足元に散らばる箱の中身を片付けては、空箱を部屋の片隅に積み上げていく。黙々とそれを繰り返していくだけで、日がみるみるうちに傾いていく。
「旦那様」
「あれ、ダアチ。どうしたの?」
声に気づいて振り向いた俺に、ダアチは一礼した。手に持っていた荷物を置き、向き直る。
確かふたりには、台所など、ほぼすべての共有スペースをおまかせしていたはずだ。なかなかに酷な割り振りだが、文句もなく引き受けてくれた。……もしかして、もう終わったのだろうか。
ダアチは律儀にも、開けっ放しの扉から一歩離れ、部屋の外から声をかけていた。
確かに今日から、ここは俺の部屋となるのだが……。俺も呼びかけに応えたわけだし、別に入ってきても構わないんだけどな。
まあ、ここらへんの距離感は、徐々にすり合わせていけば良い。
「本日の夕食ですが、どういたしましょうか」
そんな俺の考えを知ってか知らずか、ダアチはそのまま、俺に質問した。
「ああ、今日は外食にするつもりだけど……?」
「なるほど、左様でしたか。ミコが気にしておりましたので」
おっと、それは悪いことをした。気にするのも当然だろう。
「そっか、伝えておくべきだった。今日はうちに食材がほとんどないから……。引越し前に片付けちゃったし」
さすがに、生鮮食品はかさばるし痛むからと、荷物に含めずすべて消費したのだ。乾物や保存食、簡単なものなら残っているが、夕食をそれで済ますというのはいささかさみしい。
……まあ、俺ひとりならそれでも構わないのだが、今日からはそうも言ってはいられまい。男一人暮らしの食生活のままでは、巻き込まれる方が不憫だ。
「明日、挨拶がてら三人で、近くの食料品店を物色しよう。ミコにもそう伝えておいて」
今日の夕食は外食で、明日の朝食は簡単に済ます。朝ならば、パンとチーズくらいで良いだろう。それくらいならあったはずだ。
「承知いたしました」
「お願い」
ダアチは頷き、立ち去った。
……さて、考えるのも程々にしなくては。まずは部屋を片付けてしまおう。
# 大樹教
木属性を信仰する宗教団体。
はるか昔、神代の時代から続く団体であり、東の大樹の国では最大勢力とされている。
ただし、団体としての体制はほとんどなく、他国では東方由来の信者が僅かに点在するのみである。




