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お屋敷選び

 ある日、俺は組合の自室で、定型業務を片付けていた。

 そんな時、部屋の扉がノックされる。


「はい、どうぞ」


「こんにちは」


 促す声に答えたのはセワだった。食堂や廊下で出会ったり、俺が相談窓口へ赴くことはあっても、彼女が俺の執務室に来るのは珍しい。


「あれ、セワ。もしかして、もう?」


「ええ。依頼されてた分、まとめてきたわ。良ければお話させて」


 そう言って、セワは手に持つ羊皮紙の束を振る。


 紹介所から帰って組合に戻った俺は、セワに屋敷の購入について相談したのだ。個人で商人に当たっても良かったのだが、もし伝手や知見があるのなら、そちらを頼った方が効率的だし、お得なことが多い。

 さすがにセワ自身は、屋敷のような高級住宅に関する知識や経験はなかった。だが組合としては何度か実績があり、そのときの顛末もまとまっているという話だった。

 それを調べて、情報をまとめて持ってきてくれたのだろう。


「ああ、ありがとう。急にごめん。入って」


「別にいいのよ。訪問者の相談を受けるのもお仕事ですから」


 俺はセワを部屋に招く。この部屋に応接用の家具はない。秘書が空いている椅子を差し出し、セワはそれを礼を言って受け取ると、俺の机で向かい合うように座る。その間に、机上はざっと片付けておいた。


「コトバと、使用人ふたりが住み込み。ひととおりの設備が整っていて、防犯の布陣が可能な広さ。あとは、組合から近くもなく遠くもなく。その条件だとこんな感じね」


「お、思ったより多い……。交差点ってこんなに住居あるの?」


 セワが机の上に置いた資料は、束になるほどの厚みがあった。


 住んでいる人間が言うのも何だが、交差点は定住をする街ではない。

 今でこそ立派な街だが、そもそもの成立は「行商人たちの休憩所、兼、商売会場」のようなものだ。そこに仕事目当ての者たちが集まって、滞在しはじめたのがはじまりである。

 なので、この地の住居といえば店舗と一体化しているか、集合住宅が一般的だ。と、そう思っていた。


「そうね、住居というより……、別荘とか、仕事場かな? 裕福な行商人目当ての物件が多いの。故郷に自宅があるから、ここは少人数の住居で良いわけ。コトバの条件だとそれが合うのよ」


「ああ、なるほど」


 セワの説明に納得した。確かに、そういうことならば屋敷があってもおかしくはない。それに、俺の条件に合うというのもうなずける。

 早速、そのうちのひとつに目を通すが……、


「たっか……。これ、金貨の種類間違ってない?」


 目が飛び出るかと思った。今の住まいはいわゆる賃貸だが、多分この金額なら、向こう100年は暮らすことができる額だ。


「ないない。言ったでしょ? お金持ち目当ての商売だって。コトバの希望は西の方……、組合の近くだから、それでもまだ安いほうよ。北の方とか、もっとすごいし」


「うへぇ……。これより?」


 笑って説明するセワに、俺は改めて、まじまじと資料を見つめる。

 そういえば、北の方は高級住宅街だと聞いたことがある。確か、ヒョウがこちらに来るときの拠点もそのひとつだ。


「まあ、急かさないから。ひととおり見て、気になるものがあれば教えて頂戴。そうそうない買い物だもの、何でも聞いて。即答はできないかもしれないけど」


「……うん、わかった」


 さりげなく、秘書がお茶を入れてきてくれた。話が長くなりそうなことを察したのだろう。礼を言い、それを受け取る。


「うーん……」


 条件はいくつか考えてはいる。


 まず第一に、寝室が三部屋。居間のような部屋と、広めの台所が欲しい。ミコは料理が得意と聞いているし、ある程度自信を付けさせるためにも、いろいろな調理ができたほうが良いだろう。


 あと、優先順位は下がるが、庭か大きな部屋が欲しい。合同訓練でふたりを見ていて思ったが、俺に仕えたからといって訓練と疎遠になるのは勿体ない。

 最悪、近場でそういったことができる施設があれば良いのだが……。職業組合はあれど、戦士ギルドのようなものは見たことがない。冒険者組合は近いが、あれは訓練というより、稼ぎのための仕組みだ。


 最後に設備の問題だ。防犯用の布陣が施されている物件もあるが、ない場合は敷設できるスペースがあるか確認しなければならない。

 あと、できることなら水道と明かりは、魔法の道具を使った設備にしたい。とくに水汲みは疲れる。寝起きの洗顔なんかは、当日にしろ前日にしろ、それだけでも俺には重労働だ。


 そんな感じで資料とにらめっこをしていると、視線を感じた。

 ふと目を上げると、セワがこちらを見て微笑んでいる。


「何?」


「あ……、ごめんごめん。私、コトバがお屋敷買うって言っててびっくりしたけど……。あんまり乗り気じゃなさそうだなって」


 なるほど。顔に出てしまっていたかもしれない。わざわざ用意してもらっているというのに、悪いことをしてしまった。

 それに、そもそも屋敷を買うなど、一生に何度もあるものではない。高価な買い物だ。人によっては、願いに願った末のものだろう。


「まあ、うん。必要に迫られたというか……」


 俺はセワに、事の顛末を話した。

 とはいえ、さすがに襲撃されたことは秘密だ。ヒョウに使用人を雇い、屋敷を買うよう指示されたことの下りくらいである。


「なるほど、そういうことだったのね。あなたらしいというか、何というか……」


 それを聞いて、セワはちょっと呆れたように笑っていた。だが、手のひらをぱん、と音を立てて合わせると、


「はい。じゃあ、もっとちゃんと見て。適当に決めて、後悔するのはコトバなんだから」


「まあ。そりゃあ、そうだけど……」


「家を広くすれば、いろいろな部屋が造れるでしょ。広い書斎とか。本もたくさんしまえる」


「うん……」


 まあ、セワの言うとおりなのだが……。

 そんなことを思いながら、資料に目を落とし生返事をしていると、


「……ちょっとは楽しいこと考えないと、あなた何もはじめないでしょう?」


「うっ……」


 痛いところを突かれた。

 まあ、自覚はある。こと自分のこととなると、気の進まないことはとことん進まないのである。仕事であればそういうことはないのだが……。


「北王にも、紹介所の所長にも、せっつかれてるんでしょ? 早くしないと自分の首が締まるだけよ」


「わかったよ」


 これはちょっと、心強くも厳しい監視がついてしまった。


 しかし、セワは相手をよく見ているな、と思う。

 見透かされているようで、ちょっと気恥ずかしいくらいだ。それに、俺に対してちゃんと叱咤して、餌をぶら下げて、発破をかけている。


 そう言われてみれば、挙げた条件の中には、俺の希望があまり入っていなかったな……。

 時間をかけても良いようだし、お言葉に甘えてしっかり見てみよう。


 俺はセワに笑顔を向けて、礼を言う。


「ありがとう、セワ」


「いえいえ。せっかく探してきたんだもの、良いものが見つかった方が、私も嬉しいから」


 セワはそう返してくれた。

 なら、それに報いるためにも、良い屋敷を選ばなくては。


 追加の条件を考えよう。

 まず、自室の広さをより広くする。そして本棚を置く部屋として、ひとつ余分に部屋を確保することにした。


 自室とは別に書斎でも作ろうかな、とも思ったのだが……。正直、俺個人が使う部屋が増えても、あまり嬉しくはない。

 であればちょっと広めの部屋にして、机やベッド、一時保管用の棚などをまとめて置いた方が良い。


 あとは本棚を置く部屋だ。ゆくゆくは図書室のようにしたい、という希望はある。

 ただ、本はいまだに高価な買い物なので、本棚の空きが埋まるほど持つことはないと思うのだが……。まあ、希望というのはそういうものだ。そんな部屋があっても良いだろう。


「こんな感じかなぁ」


「どれどれ……」


 いくつかの候補をセワに見せる。彼女はそれをざっと眺めると、


「うん、良いじゃない。実際に見て決めたいでしょ?」


「もちろん」


 セワの口ぶりからして、見学もできるらしい。さすがに高価な買い物だし、住宅だ。写真だってないのだから、見ないで購入なんて真似はできない。

 と、そう答えたが、ふと思い立ってセワに問う。


「……あ、もしかして、今から見に行くつもりだった?」


「ん? ええ、コトバの予定が合えば、だけど」


「なら、ちょっと後日にしたい。一緒に住むふたりにも見てもらわないと」


 ダアチとミコも、この屋敷に住むことになる。ふたりに強い希望がある、とは思えないが、話を聞いておきたい。


「ああ……。まあ、主人の選んだ屋敷なら、気にしないと思うけど?」


「使いにくい家より、使いやすい家のほうが良いでしょ。家のことはいろいろ任せるつもりだし。そういうの、俺じゃよくわからないから」


「そう。なら予定が決まったら教えて。……遅くとも、今週中には連絡を頂戴ね?」


 机の上の資料をまとめつつ、俺にしっかりと釘を打つセワ。俺は思わず苦笑して、


「わかってるって、もう大丈夫」


「うん。じゃあまた」


 そう言って、セワは部屋から出て行った。



「……というわけで、屋敷の候補を一緒に見てほしいんだ」


 紹介所を訪れた俺は、ダアチとミコに面会を申し入れた。

 もちろん、用件は交差点に来てもらうことだ。ただ、今回はまだ屋敷の購入までたどり着かない。かなりバタバタするが、ふたりは日帰りの旅となる。

 もちろん一泊しても良いのだが、今度は俺の休みの都合がつかない。ふたりが転移門を通行する許可は取ったが、それには俺の同行が必要だ。

 それに、交差点で宿泊するより、紹介所の滞在費用の方が安いのだ。屋敷が用意できるまで、ふたりにはできる限り紹介所に留まってもらいたい。


 ダアチが少し不思議そうに口を開く。


「我々が、ですか?」


「うん。基本的に、家のことはふたりにやってもらう予定だから。配置とか、希望があれば聞いておきたい」


 その答えに、ミコが口を挟む。


「あの……。ミコたちの希望より、ご主人さまが優先されるべき。と思うです」


「まあ、そうかもしれないけど……」


 ミコの反応も予想通りだ。ダアチも、おそらく同じ感覚だろう。


 そもそも、ふたりは奴隷である。俺が購入した所有物であって、使い方は俺次第だ。この世界の常識で考えるのであれば、屋敷など俺の好きに購入すれば良いのである。

 ただ、それとこれとは話が別だ。


 大体、ミコは女性だし、ふたりとも俺と種族が違う。半竜族はそれ自体が珍しいし、あれほど獣が色濃く出た半獣族もなかなか居ない。

 俺は比較的、手長族に近い。だからこそ、この世界でもあまり苦労せずにやって行ける。だが、ふたりがどうなのかはわからないのだ。何か欲しい設備や、好き嫌い、良し悪しがあるかもしれない。


「あと、できることなら交差点も見てもらいたいんだ。付き合いのあるお店とかにも紹介しておきたいし……」


 わざわざ連れ出したい理由の、もうひとつはこれだ。

 ふたりは交差点に行ったことはない、と言っていた。であれば、せめて俺がよく行くところくらいは案内しておいた方が良いだろう。


 それに使用人ともなれば、いろいろと俺の代役として動くこともあるはずだ。

 俺が知られている場所……。組合や本屋通りくらいには、前もって紹介しておきたい。ご近所付き合いもあるだろうし、引っ越してからのそれを円滑にするためにも、顔見せは大事だと思う。


「なるほど。承知いたしました」


「……ご主人さま、ミコもですか?」


 快諾するダアチの隣で、ミコがそう声を上げる。

……何とも不思議な声だ。期待と不安、恐怖と喜びがないまぜになった、複雑な感情が乗っている。多分、他者への紹介に反応したのだろう。


「うん、お願いしたいんだけど……。駄目かな?」


「い、いえ。頑張るです」


 俺のお願いに、ミコは最大限応えてくれるようだ。


 反応を見る限りだが、ミコはまだ、完全に拒絶しているわけではない。"恐怖のあまり対話を拒絶する反応"は、過去に見たことがある。ミコのこれは、まだ他者への期待と欲求があるように思えた。

 多分、今までいろいろなことがあったのだろう。何しろこの見た目だ。半獣族であるとはいえ、あまりに獣に近しすぎる。


 だが、俺はミコを屋敷に閉じ込めるつもりはない。

 ならばそれは、今やらずとも、いずれやらなければならないことだ。俺のためにも、ミコのためにも、そしてきっと、ダアチのためにも。


# 家


建築物

主に人間が居住するために建築するもの。

建築物用の設備を設置し、利用することができる。


そう簡単なことではないが、新たに住居を構える、ということは不可能ではない。

もしそんな幸運に恵まれたのであれば、それは生活や旅の拠点として役立つだろう。

設備を整えることで利点は増すが、面積と懐には限りがあることをお忘れなきよう。

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