表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/49

獣の娘

「もうひとり、と言うと?」


「……ああ、ミコのことかい」


 俺の疑問にカセが答える。


「ミコ?」


「コイツと一緒に流れてきた、半獣族の女さ。まあ、あれも品は良いんだがね。買い手がつかないから」


 カセの解説を聞いて、俺は手元の冊子を漁る。いくつかをパラパラとめくり、ミコの分を見つけ出した。

 ミコのスペックもなかなか良い。さすがにダアチと比べれば見劣りするが、格闘技と法術が得意で、家事全般も評価が高い。こと、料理だけならダアチを凌ぐ。


「能力は良いんじゃないかな。ひとり護衛をしてもらって、ひとりが家に専念してもらうとか、そういうふうにもできるし、検討はできそうだけど……」


 そう思って、価格を見てびっくりした。

 何と、そっちもダアチを凌ぐ額だ。全体的な能力を評価するなら、この額は明らかに高すぎる。


「……何か、すっごい高いんですけど」


 俺の疑問に、カセは笑って、


「生娘だからねぇ」


「えぇ……、そういうお店なんですかここ」


「ハッ、違うに決まってるだろう。違いはするが……。御託を並べても、しまいにゃ金が正義さ。少なくとも、それに見合う金を払える、という評価できる」


 そう言われればそうかもしれないが……。個人的には、やはり抵抗がある。ここらへんはまだ、この世界と俺のすり合わせが難しいところだ。

 今度はダアチの方を向いて、


「なぜ、ふたり一緒が良いんですか?」


「……共に、難を逃れてきました。できればふたりで、同じ場所に居たいのです」


 俺の質問に対するダアチの回答は、どこか奇妙なものだった。


 強い意志を感じるその言葉には、不思議と重みがなかった。何というか、慎重に核心を避けている。そんな印象を受ける。

 決して嘘はついていない。だが、大事なところはきれいにくり抜かれている。


 正直な話、俺は彼に対して不信感はない。

 ただ、不穏ではある。どんな思いを持てばこんな言葉が出てくるのか、俺には見当もつかない。


 まあ、それが条件だというのなら、会ってみないことにははじまらない。


「カセさん、ミコさんとも面接をお願いします」


「そうかい。ダアチ、下がってミコを呼びな。アンタは待機だ」


「承知しました」


 カセの指示を受け、ダアチが立ち上がり、一礼する。

 そして、そのまま彼は出て行った。



 しばらくして、部屋に来たのは半獣族の女性だった。


「あ、あの……。ミコです。よろしくおねがいしますです」


 緊張しているのか、ちょっと語尾が怪しい。話しているのは共通語だが、その使い方がどことなくたどたどしいのだ。可愛らしい声と相まって、外見以上にあどけない印象を受ける。

 ただ、正直、俺はそれどころではなかったと思う。


「……え、えーと」


「なるほど、品"は"良いと」


 俺が驚いている間に、ヒョウがそう言った。

 確かに、美しい女性ではある。黒髪は艷やかで、腰まで届く豊かなものだ。黒い瞳は丸く大きく、くりっとして可愛らしい。体つきもしなやかでありながら、均衡の取れた良い肉付きをしている。


 ただ、彼女はとても、猫だった。


 耳は頭頂近くから生えており、目鼻立ちも若干、猫に寄っている。

 尻尾は体に隠れて見えないが、ここまで獣の特徴が出ているのだ。生えていないはずがない。

 そして、その肌は紛れもなく毛皮だ。


「まさか、本当に似顔絵通りとはね」


 ヒョウの言葉に、はっとして資料を見る。

 そういえば、スケッチを見ていなかった。能力の方に気を取られ、すっかり忘れていたのだ。

 改めて確認すれば、本物そっくりの似顔絵がしっかり載っている。


 ちょっと度肝を抜かれてしまった。半獣族は数が少ないし、その数少ない例でも、獣の特徴なんてせいぜい耳や尻尾が変わっているくらいだ。ここまで色濃く、獣の特徴が出ている人ははじめて見る。


「あ、どうぞ、座ってください」


「は、はい!」


 所在なさげにしていたミコに椅子を勧めると、彼女は一礼をして座った。ちょっとだけ尻尾が顔を覗かせたが、すぐに隠れる。


「私の名前はコトバです。あなたを購入するかもしれないので、いくつか確認をさせてください」


 ダアチと同じように、目的の共有からはじめる。なるべく平易な言葉を選び、話を進めていく。


「ええっと、まずは戦闘能力から。資料によると、格闘と法術が得意……」


「は、はい。猫の格闘術です! 爪も出せるです! あと、法術、治癒が得意です!」


 俺の質問に、ミコが答える。とても元気が良い感じを受ける。

 だが、ちょっと緊張しているようだ。声に若干、前のめりな気持ちというか、焦りを感じる。


「……爪、ってなんですか?」


「ミコ、手を見せてみな。爪を出すんだ」


 カセにそう促され、ミコは両手を広げ、手のひらを上に、こちらに見せるように差し出した。

 手は比較的人間に近いかたちをしている。肉球はなく、手のひら側には毛も生えていない。ただ、少しずんぐりとした指だ。


 瞬間、彼女の指から刃物が飛び出した。


「お、おお……、なるほど」


 思わず声を上げる。これが爪か。猫と同じように、爪の出し入れが可能なのだろう。

 しかし、これはどうやって手入れをしているのだろう……。すごくピカピカに磨き上げられている。あまりの鋭さに、短刀と見紛うほどだ。しまうときとか、痛くないんだろうか。


「いいよ。ミコ、しまいな」


 カセの声に、ミコは爪をしまい、手を戻した。

 それを確認して、カセはこちらに声をかけてくる。


「さっきの合同訓練の話、覚えてるかい?」


「あ、ええ」


 カセが言っているのは、ダアチの面接で話した、戦士団との合同訓練の話だろう。


「ミコも参加者のひとりだよ。それに、法術師として怪我の治療にも駆り出されてる。まあ、ダアチと比べりゃ見劣りするがね。十分使えるだろうよ」


「そ、そうなんですか」


 そう言われて、改めてミコを見る。俺と視線が合った彼女は、不思議そうに首を傾げる。

 どう頑張っても、戦士団と格闘戦をするような人物には見えない。人は見た目によらないものだ、とは言うものの、なかなか信じられるものではない。

……というか、合同訓練って男女関係ないのか。そう言われてみれば、北の兵士は女性も居たな。


 何はともあれ、そういう事なら、こちらの条件には合う。次だ。


「じゃあ、家事の方はどうでしょう?」


「……ええと、ええと」


 あれだけ元気だったミコだが、家事の話になるととたんに勢いを失った。


「料理は……、得意、です。他は、ちょっと……」


「えっ?」


 ボソボソと答えるミコに、俺は思わず手元の冊子に目を落とす。……別に見間違えてはいなかった。彼女の家事評価は決して低くはない。

 すると、カセが苦笑しながら教えてくれた。


「ま、資料の通りだよ。最初、苦手だった頃の印象が抜けてないだけさ。……言っとくが、これはひいき目じゃないよ。半獣ってことを抜きにしても、手長にだって遜色ない」


「ああ、なるほど」


 カセのフォローに納得する。

 半獣族は、素早く力が強い代わりに、知力に劣り不器用という特徴がある。もちろん個人差はあるが、平均的にはそういうものだ。


 最初はきっと、上手くいかなかったのだろう。

 俺にも覚えがある。上手くいかないときの記憶というのは、何というか、こびりつくものだ。上手くなれば克服できる場合もあるが、それでもたまに顔を覗かせては心をくじく。


 うーん、もし雇うなら、最初のうちは単独で仕事を任せないほうが良いかもしれない。

 能力は高いとしても、上手く扱えるかどうかは別の話だ。


 ともあれ、能力があるのならば問題はない。次の質問へ進もう。

……まあ、ここまでのやり取りでだいたい察しはつくのだが。


「あとは、読み書きとか計算ですけど……」


「す、少しだけなら……」


 俺の問いに、ミコは申し訳無さそうに答える。

 そもそも、今までのやり取りでも共通語がたどたどしい。ダアチと一緒に流れてきた、と言っていたから、ミコも難民なのだろう。

 もしかしたら、言葉は座学ではなく、自然に身につけたものかもしれない。それであれば、喋ることができても書けない、というのも不思議ではない。

 この分野に関しては、あまり期待はできないだろう。


 とはいえ、これはおまけのようなものだ。主目的の方は条件を満たしている。

 あとは、話してもらえないかもしれないが、念のため。


「あと、最後にひとつだけ確認を」


「は、はい!」


「ダアチさんとあなたって、どんな関係なんですか?」


「えっ」


 一応、ミコの方にも聞いておきたかったことだ。ダアチの雇用条件は、一緒にミコを雇うことだった。であれば、ふたりは知り合いのはずだ。

 少なくとも、血縁関係である可能性は薄いだろう。かたや半竜族の特徴が色濃く出た男。かたや半獣族の特徴が色濃く出た女。人類は混血が可能と聞くが、このふたりがそうとは思えない。


「ええっと……、その……」


 ミコは考え込み、黙ってしまった。

 まあ、残念だが予想通りだ。ダアチに比べ、ミコはあまり弁が立つわけではない。核心に当たりそうになって、言葉が詰まったのだろう。


「あ、いや、言いにくいなら別に。大丈夫ですよ」


「……は、はい」


 俺の一言に、ミコはほっとしたように顔をほころばせた。



 ミコの面接は終わった。いったん彼女には戻ってもらい、部屋には俺とヒョウ、カセと彼女の部下の4人が残っている。


「うーん……」


 改めて資料を見ながら、ふたりを検討する。


 ダアチはまあ、"お買い得な商品"だと思う。剣と魔術を扱い、使用人としても優秀。話している限りでは、人柄も悪くはない。やや朴訥だが、おしゃべりなタイプよりも気が楽だ。

 ただ、隠し事がどう転び、こちらに何が降りかかって来るのか、という懸念はある。

 そして、一番のネックは条件だ。


 ミコの方は、ちょっとばかり費用対効果が悪い。値付けが悪い、というわけではない。単純に、俺が"付加価値"に魅力を感じていないからだ。

 たとえば、ほぼ同条件の奴隷ならば、三割引から半額で買える。価格帯を同じにするのならば、今度はもっとオプションが付く。


 もちろん、ダアチを諦める。という選択肢もある。ランクを落として、他の奴隷をふたり買うというのも良い選択肢だろう。


 ただ、まあ。

 無責任に秘密を暴いて、そのまま。というのは、あまり気持ちの良いものではない。


「カセ」


「何だい?」


 俺がひとり、悩んでいると、ヒョウがカセに声をかける。


「ふたりまとめて買うなら、安くならないか?」


「……フン、北王にしては、ちょいと足元見過ぎじゃないかい? 何でアタシがまける必要があるのさ」


「ならば聞くが、あれをまとめて買うやつが居るか? 在庫を抱えて、苦しむのは君だぞ?」


「別にそんなやつ居なくても良いさ。片方ずつだって悪いわけじゃない。知り合いだから一緒に暮らさなければならない道理なんてないんだ」


……ん?


 意外だ。カセは"そういう選択肢"も"あり"だと思っているらしい。もしかしたら、ダアチは俺の思った以上に、気持ちを隠せているのかもしれない。

 これ、上手く利用できないか?


「あの。……多分、片方が居なくなったら、もう片方も出ていくと思いますよ。あのふたり」


「……何だって?」


 俺の言葉に、カセは眉根を寄せる。

 疑問というか、思いがけない一言を受けた感じだ。言葉の端に、さっきまではなかった動揺が見て取れる。


「事情はわからないですけど……。何か、すごく声に気持ちが乗ってたので。本当に離れたくないんだと思います。とくに、ダアチさんの方が」


 別に嘘は言っていない。ただ、これは俺の主観だ。

 それほどに、彼の言葉は不思議だった。


「ほう」


 その言葉を受け、ヒョウが動く。


「カセよ、実は彼は訪問者でね……」


 ヒョウはカセに、俺の翻訳の異能をかいつまんで教えた。

 いわく、相手の"言葉"を聞き、その"意図"を世界から引き出す"完全なる回答"。それが"言葉の魔術師"の力にして、この男の正体である。と。

……正直、笑わずにいるのは辛かった。いちいち言葉が大げさだ。


 直近の実績も良かった。ダアチの魔術を見破ったのが効いていた。

 カセの中では、どうやら俺は"察しの良い魔術師"だと思われていたようだ。研究者と言われて否定しなかったし、俺がいつもの術衣を着ているせいもあるだろう。だが実際には、俺が見破ったのは彼の魔術ではない。言葉に隠された意図だ。


 俺がそのことを話すと、彼女は少しだけ、気味が悪そうにこちらを見た。

……まあ、気持ちはわからないでもない。無防備に話していた相手だ。何を受け取られたかわからないのは怖いだろう。

 個人的には、そんなの誰と話していても同じだろう、と思うのだが。曲解されないだけまだマシだ。


「ぬう……」


 俺たちの話が終わると、カセは腕を組み、唸りはじめた。今、彼女の頭の中ではさまざまな計算がなされているのだろう。

 やがてそれが終わったのか、大きく息を吐いて、


「……わかったよ。確かに、在庫処分としちゃ悪くない条件だ」


「よかった。ありがとうございます、カセさん」


「アタシに礼を言うくらいなら、しっかり義務を果たしな。主人になるんだよ、坊や。アイツラの生殺は、坊やが握ることになる」


 礼を言う俺に、カセはぴしゃりと言葉を叩きつける。

 ただ、やっぱりこの人は、悪い人ではなさそうだ。俺への叱咤と共に、「在庫処分」するはずのふたりへの、暖かい何かを感じる。

 俺はカセの目を見た。顔を上げ、胸を張る。


「はい」


「フン……。まあ、いいさ」


 そう言って、カセはニヤリと笑う。


「で、いつから交差点にやれば良いんだい? そっちの都合もあるんだろう?」


「屋敷を買う予定なので、それまで待ってもらうことはできますか?」


「ああ。だが早くしとくれよ。あと、給金は明日の分から出してもらうからね」


「はい。証書をいただければすぐにでも」


 俺の言葉を聞いて、カセは部下の男に指示を出す。

 これで契約は成立した。厳密には、料金を支払い証書を受け取ったタイミングだが、ここから覆ることはないだろう。満足行く結果に終わって良かった。


 ちなみに、彼ら一人あたりの支払金額は、俺の年収にも届きかねない。

 それを紹介所と、奴隷本人で分ける。さらに言うなら、それはあくまで奴隷の購入代金だ。ここから彼らを雇用するので、個人間では給金の支払いも発生する。

 今回は住み込みで働いてもらうので、食事や住居などの生活費は現物支給とする契約だ。給金は各個人の自由に使えるお金として、その分を差っ引いたものを渡すことになる。


 しかし、北方からの支給と貸付があるとはいえ、かなりの出費だ。

 大金貨での支払いとか、はじめての経験である。この世界の大半の人間は、この金貨を見ずに生涯を終えるだろう。それくらいの大金だ。

 この上に屋敷も購入するとなると……。果てしなく気が重い。


 部下の男が部屋に戻る。それと共に、ダアチとミコも入ってきた。

 どうやら、カセの指示にふたりを呼んでくることも入っていたようだ。


「ダアチ、ミコ。この方がアンタたちを買う。主人に挨拶をしな」


 カセの言葉に、ふたりは顔を見合わせる。途端、状況を飲み込めたのだろう。ミコがこちらに満面の笑みを向けて、


「あ、ありがとうございます、ご主人さま! ミコ、頑張るです!」


 脇の前で握りこぶしを握り、元気いっぱいに俺へ宣言した。面接の時よりも自然で、良い声と笑顔だ。

 続いてダアチが頭を垂れ、


「旦那様。私をお買い上げいただくばかりか、身勝手な願いまで叶えていただき……。ありがとうございます。誠心誠意、尽くさせていただきます」


 その声は、紛れもなく俺への感謝と、忠義の想いが乗っていた。……少なくとも、その言葉は本物だ。


「ええっと。こちらこそよろしく。ダアチ、ミコ」


 これで、俺も配下を持つことになった。正直な話、素直にすべてが嬉しいことばかりではない。

 ただ、まあ、こうなって良かった、と思う。


# 鉤爪


指先から生えている、湾曲した鋭い爪。


生来持っている道具のひとつで、主に半獣族の戦士が扱う。

その鋭さは脅威ではあるが、本来これは武器ではなく道具である。

高所へ登る際に鈎代わりとするほか、獲物を捕らえるためにも用いられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ