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二刀の蛇

※2020/05/09 本文修正、表記ゆれの修正(なにしろ→何しろ)

 俺は席につくと、用意された冊子を適当に開き、中を確認する。


「……すごいな」


 それは、1冊1冊が奴隷ひとりの情報をまとめた資料になっていた。厳密に数値化されているわけではないが、いわゆるプロフィールのようなものだ。


 まず見開きの1ページめはスケッチである。正面と横から見た全身を、それぞれひとつずつ描かれている。縮尺はすべての冊子でだいたい同じくらいだが、背の高い者は別途、注意書きがある。


 次は個人情報。名前をはじめとして、年齢、性別、種族。身長と体重。出身と今までの経歴が箇条書きにされている。もちろん、経歴は人によってはわからないところもあるようだ。


 そして能力のページ。身体能力、知力、魔法に加え、戦技やその他の技術の欄もある。割と戦士系の人が多いようだが、中には魔術や法術を使える人も居る。

 そして条件になっているからだろうが、家事の技術に関しては全員が所持しているようだ。


 最後は価格。……まあ、カセが「安物じゃない」というだけのことはある。思わず声が出そうになった。

 だが、今回は条件が条件だ。ただ家のことをやってもらうだけではなく、俺の護衛として力を発揮してもらう必要もある。もっと希望を減らせば、少しは価格も下がるのだろう。

 その証拠に、用意されたなかでも価格に高低がある。具体的に言うと、ただの戦士より魔術師や法術師といった、魔法が使える人のほうが高い。


 あと、同じくらいの能力でも価格差があったりする。これは……、能力以外にネックとなるものがあるということだろう。


 たとえば、ひとりだけぐっとお安い人が居る。

 剣術の評価が飛び抜けて高く、家事の評価も高い。他の特殊能力はとくに記載がないが、申し分ないスペックだ。


「この人……。ダアチっていう人、ちょっと気になるんですけど」


「……へぇ、ソイツを選ぶかい」


 カセの声は意外そうだ。……さすがに、一人目で彼を選ぶのは突飛だっただろうか。

 とはいえ、聞いてみるのはタダだ。カセだって「じっくり選べ」と言っていたし、その言葉に甘えることにする。


「能力が高いのに、安いじゃないですか。これってやっぱり……」


「わかってるんだろ? 経歴不明の難民で、半竜族だ。好き好んで選ぶやつは居ないよ」


 俺の疑問に、カセがニヤリと笑って言う。


「こっちで保護する前に関して、何してるかわからない。言えないってことは、火種を抱えてるかもしれないってことさ。……言っとくが、売ったあとは文句なしだよ。ここではすべて、金で解決する。呑めないんだったら止めときな」


 1点目はそれだ。

 彼は難民だが、その前の経歴は不明と書かれている。つまり、彼は北方で保護されるまでのことを話せなかったか、話さなかったのだ。

 こういった部分はあらぬ疑いを生むし、カセの言う通り、火種を抱えていることもありうる。

 そして、紹介所はそういった問題は扱わない、と宣言した。ノークレームノーリターン。価格が下がっている時点で「お察しください」というわけである。


「それは、そうでしょうけど。……半竜族だから、って言うのは?」


 そして2点目を読み解くには、半竜族について知っておく必要がある。

 半竜族は人間の一種だが、その体には竜の血が混ざっていると言われている。そしてそれを証明するように、体には一部だが竜の外見を持ち合わせていることが多い。

 そして竜は、神がこの地を去ったあとの支配者にして、現代に至るまでに討伐された、おとぎ話の怪物である。


 とはいえ、人間という大枠でくくられたのも、もはやおとぎ話となるほど昔だ。今となって、それを気にする必要があるのだろうか。


「坊や、うちの商品をどこで使う気だい?」


「え……? 交差点ですけど」


「ならまあ、悪くはないさ。言っとくが、西や東はまだまだうるさいよ。知らないんなら気をつけときな」


 俺の答えに、カセはそう言った。

 西方は未だ魔獣と戦い続ける国で、東方は閉鎖的な半獣族中心の国だ。人が流動的な交差点と比べれば、受ける感じも違うのだろう。


「なるほど……。ありがとうございます、気をつけます」


 カセの忠告に感謝する。

……が、それでもなお、気になる人材ではあることは確かだ。


「でも、面接をお願いします。もちろん、購入を前提として」


「……そうかい。確かに、性能は良いからね。あとは坊やと合うかどうかだ」


 そう言って、カセは部下の男に指示を出す。



 男は、別の男を連れて戻ってきた。あれがダアチだろう。

 彼が来る前に、俺たちは並んで席に座っておいた。いわゆる面接のような位置関係で、向かいには一脚だけ椅子が置いてある。

 彼はこちらに向かって、


「ダアチと申します」


 そう名乗り、一礼した。


 すごく冷静な声だな、と思った。

 見た目はスケッチの通りだ。黒髪黒目の一般的な男性で、竜の外見らしきものはない。手長族と言っても通る風貌に見える。やや痩せているふうだが、袖から覗く腕はしっかりと筋肉がついている。


「……」


「……」


 部屋が静寂に包まれた。と同時に、左右から視線を感じる。ちらりと発生源をうかがうと、ヒョウとカセがこちらを見ていた。


……あ、そっか。俺が喋るのね。


 考えてみれば、それはそうだ。今日の客は俺なのである。あまりに人にくっついて居ることが多かったせいか、こういう場所では動かないものだという先入観があった。

 とりあえず、立ったままのダアチをどうにかしなければ。


「えっと、そちらにどうぞ」


 向かいの椅子を勧めると、ダアチは着席した。

……何か、本当に面接みたいだな。こういう面倒くさいやり取りは嫌いだし苦手なのだが……。さすがに、誰かに任せるわけにもいかない。


「ええっと……、私はコトバといいます。あなたの購入を検討している者です。それにあたって、こっちの希望と合うか、確認をしたいと思っています。いくつか質問をさせてください」


 とりあえず、自己紹介とこの場の説明だ。認識の共有は大事である。

 あとは何を話すか……。


 まず、確認すべきは護衛としての能力だろう。そもそもの目的はそれだ。いざというとき、俺の命綱となりうる存在である。

 2つ目は家事だ。何しろ、住まいが大幅に広くなることが決まってしまった。休みの日に自分で掃除する、程度では間に合わない可能性が高い。掃除洗濯炊事辺りが揃っているとポイントが高い。

 ひとまず思いつくものはこのふたつか。あとは、気になったことがあれば聞いていけば良いだろう。


「じゃあ、まずは戦闘技能かな……」


 考えを反芻するように呟いて、資料に目を落とす。ダアチの戦闘能力は5段階中5、最高評価だ。

……とはいえ、その評価の基準がわからないと何とも言いがたい。ないとは思うが、相対評価だったりすると困るし。


「剣が得意ということですけど、どれくらい使えるんでしょう?」


「……ご覧になりたい、ということでしょうか?」


「え、うーん……」


 ダアチの質問に、俺はちょっと考える。

 仮に、ダアチがこの場で誰かを相手に戦ったとする。そしてそれを俺が見たとして、何がわかるだろうか。……多分、何もわからない。

 こういうときのために資格ってあったんだな……。履歴書に書くのは面倒だったが、それでも価値はあるのだ。


「ごめんなさい。俺、そういうの見てもわからないと思う……。何か、基準になるようなものってありませんか?」


「……」


 ダアチは黙ってしまった。回答を考えているのだろう。……ちょっと無茶なことを言ってしまっただろうか。

 そんなことを思っていると、


「北方の戦士団と、合同訓練をしたことがあります」


「えっ」


 思わぬ返しに驚くと、脇からヒョウが口を挟んできた。


「あるね。新兵の評価と訓練、全体的な技術の底上げを兼ねて、定期的にやっている。確か、今日も予定が入っているんじゃないか?」


「ええ……、ここってそんな武闘派組織なの?」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 確かにカタログでも戦士系が多いな、とは思っていた。だが、戦士団と定期的に訓練って……。どんな紹介所だよ。


「言っただろう? 体は資産だ。鍛えるに越したことはない」


「そっち方面にとくに優秀なやつも居るからねぇ。発散にもなるし、ちょうど良いだろ?」


 だが、ヒョウに続きカセまで加わってこの返しだ。俺の言葉もどこ吹く風、といった感じである。


「……その際、簡易的な大会ですが、優勝したことがあります」


 ひととおりのやり取りが終わったと判断したのか、ダアチが続きを話す。


「えっ、それはすごい」


 素直に驚いた。

 戦士団と言ったら、イットウ配下のいわゆる軍人である。ヒョウの話からして、大半は新兵たちによる大会だろうが、その中でも優勝となればかなりの腕前だろう。


「……ああ、君、"二刀の蛇"か」


「……」


 ヒョウの呼びかけに、ダアチは僅かにうなずく。

……"二刀の蛇"って、もしかして通り名か?


「知ってるの?」


「一時期、話題に上がっていた男だ。半竜族の二刀使いに凄まじい戦士が居る、とね。引き抜こうとしたらしいが、条件が合わなかったと聞いている」


 それはかなりの上物なのでは……? 戦士団に引き抜かれるような逸材となれば、新兵同士の大会どころではない。評価としてはかなり高い。

 しかし、気になる言葉がくっついてきた。


「条件?」


「それは、最後でよろしいかと」


 ヒョウに聞こうとする矢先、今度はダアチが口を挟んできた。

 その言葉にはちょっとだけ、感情が乗った気がする。拒絶というか、執着というか。


「……ん、じゃあ、そうしましょうか」


 あまり触られたくなさそうだったので、そこで質問を打ち切る。

 戦闘能力は十分にあることがわかった。ならば次だ。


「じゃあ次、家事だけど……」


 そう言って資料に目を落とす。家事の評価は5段階中4だが……、さすがにこれを実演するわけにはいかないだろう。料理番組じゃないんだから。

 かと言って、料理大会なんてないだろうしな、と思っていると、


「それはウチが保証するよ。評価4だろう? 坊やと、妻ふたりくらいまでの世帯なら、ひとりでまかなえるさ」


 カセが脇からそう言ってきた。確かに、紹介所から保証をしてもらえるならばありがたい。


 彼女はさらっと言ったが、少なくとも北方では、複婚が認められている。

 もちろん、互いの同意や健康的な生活が可能かといったチェック項目はあるが、割とこういうところはゆるい。


「掃除、洗濯、炊事、育児。なんでもござれだよ。……ま、娘が生まれたなら、別を雇うことを勧めるがねぇ」


「まあ、それは確かに……」


 カセの言葉に苦笑する。

 ともあれ、実質二世帯の家事を、彼ひとりでまかなえるということだ。かなりすごいと思う。というか、そんな予定はないので十分すぎるほどだ。


 そういえば、おまかせしたいことは他にもあった。


「家のことは全部おまかせできる。ってことで良いんですかね。たとえば、在庫管理とか……」


「ん、坊や、商人なのかい?」


「ああいえ。本とか、資料とか、結構いろいろ扱うことが多いので。私物でもそれなりにあるんです」


「なるほどね、研究者だったか」


 カセが納得したようにうなずく。


 お仕事もそうなのだが、割と趣味で本を買うこともある。

 ただ、この世界の本は勝手を書いていることも多いのだ。そうなると、情報の裏付けのために、また別の本や資料に手を出さざるを得ない。

 そうしていくと本当に際限のないもので、管理がかなり手間なのである。


 さすがに、本自体は高価でそう買えるものではないし、図書館で済ませることも多々ある。だが、そうなると増えるのがメモだ。

 何の本の何ページ目にあれがあるだの、あの本のどのページにそれがあるだの……。そういった情報は、管理しなければ本当にわけがわからなくなる。

 お仕事上のものは秘書におまかせできるのだが、さすがに私用の分までお願いするわけにはいかない。それを一任できるのなら、かなり嬉しい。


「台帳等の管理ということでしょうか……? 共通語であれば、読み書きが可能です。計算もある程度はできますので、問題ないかと思いますが」


 ダアチの回答は良いものだった。すごいな、パーフェクト使用人だ。


「良かった。じゃあ、最後にひとつだけ」


 カセの方に向けていた顔を戻し、ダアチの目を見て、


「何か、隠してませんか?」


「……」


 今ので確信した。


 話している間、冷静だった声に、徐々に後ろめたさが乗ってきたのを感じていた。

 そして今の反応である。明らかに、彼の動揺が見えた。


「へえ」


 カセの声は、俺に対する驚きと興味に満ちている。

 だが、すぐにそれは引っ込んだ。彼女はダアチに向かって、


「ダアチ、解いてみな」


 そう言った。


 その言葉を受け、ダアチがゆっくりと目を閉じる。深く息を吐くと、まるで剥がれ落ちるように魔法が解けた。


「おお」


「へえ……。半竜族とは聞いていたが、ね」


 俺と、続いてヒョウが驚きの声を上げる。


 ダアチの見た目が変わっていた。その肌は、びっしりと灰色の鱗で覆われていたのだ。一部ではない。少なくとも、見えるところすべて……。全身だ。

 彼は座ったまま、最大限に頭を下げ、そして顔を上げて言った。


「大変失礼いたしました。このままですと面倒事も多く、普段は隠すようにしております」


「えっと、それは、魔術で?」


「はい。金属性の魔術である『欺き』というものです。他にも、さまざまな魔術の行使が可能です」


 ダアチの魔術が解けるところは、俺にも見覚えがあった。ヒョウのサングラスだ。あれを外したときの感じによく似ていた。同じ魔術なのかもしれない。

 しかし、魔術を使えるとは初耳だ。何しろ資料にも書かれていない。


「これには書かれてないですけど……」


「それも含め、隠しております」


……凄まじく徹底している。それは声にも現れていた。断固とした意志を感じる声だ。


 だが、それでも。魔術による隠蔽を一日中行う、などということが可能なのだろうか。

 普通に考えれば、集中力だって続かないし、消費する魔力の問題もある。それに少なくとも、寝るときには解けてしまうはずだ。


「……それ、可能なんですか? ずっと魔術を使いっぱなしってことでしょう?」


「慣れました」


「……」


 その声は、思いの外軽かった。

 込められるべき思いが、どこかへ行ってしまった声だ。


 彼だって、最初からこうだったわけではないはずだ。

 そも、小さい頃は魔術だって扱えないだろう。生まれ、育ち、難民として生まれた土地を離れ、そして北方で保護される。その間に何をし、そして何をされたのか。

 それは俺が知る由もないし、知ったところで、どうとなるわけでもない。


 ただ、これだけはわかる。彼は慣れたのだ。

 眠る時に目を閉じ、起きたときに開く。そのことを疑問に思う者は居ない。

 彼の魔術とは、それと同じことだ。


「あなたを雇いたいんですけど、条件を聞かせてもらえますか?」


「コトバ」


 俺の言葉に答えたのは、ダアチではなくヒョウだった。


「聞くのは野暮だが、本当に良いのか? 君は実感が薄いだろうが、半竜族を抱えるのは面倒事もある。それは確かだ。この見た目ならばなおさらだろう」


 そこまで言うと、ヒョウは俺に向けていた顔を、ダアチに向ける。細めた瞳の青さが冷たい。


「さらに言うなら、一番の問題は……。見破られるまで"隠し通せる"と思っていた、その性根だな」


 ヒョウの言っていることは、紛れもなく正しい。

 少なくともカセは知っていたのだから、この件は紹介所として、資料に載せるべきことのはずだ。だが、それはなかった。

 主導はダアチ本人か、紹介所か……。どちらにしろ、彼が関わっていないということはないだろう。


 ぼかされている経歴のことも、合わせて考える必要がある。「"隠し通せる"と思っていたその性根」で、未だ隠しているそれは、あまり良い印象ではない。少なくとも、何もないわけがない。


「……けど、条件としては一番良いんだ。それに、俺がこのことを知ってるなら、家の中なら多少は気も抜けるでしょ」


 だが、俺はダアチのことを、そこまで悪くは思えなかった。

 彼は悪辣というより、過敏になっているだけ。そんなふうに感じた。


「そうか。別に君を止める気はない、君の買い物だからな」


 俺の答えに、ヒョウは苦笑して肩をすくめる。

 その声は、少しだけ呆れている。彼女にとっては、俺の行動は火中の栗を拾うようなものなのだろう。

……こちらから言わせてもらえば、ヒョウも割と、似たようなことをやっていると思うのだが。


 そんな俺たちをよそに、


「……もうひとり」


「えっ?」


「もうひとり、雇うことはできませんか?」


 ダアチは俺に向かってそう言った。


# 半竜族


 人類の一種。

 竜との間に生まれたとされる種族。その証に、体に竜の外見を持つ。

 種族として信心深く、竜へのそれに限らず、信仰の道に進む者が多い。


 半竜族は未だ、竜言語を身に着けている。発音に魔力を用いるのが、竜の吐息の名残なのだという。

 だがそれゆえに、今となっては正確な話者はどこにも居ない。

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