新たな出会い
ある日、俺はヒョウと共に、北の街中で馬車に揺られていた。
今日は使用人を雇い入れるため、面接を行う日である。少し前に用意する、と言われていた場が整ったそうだ。どうやらそこも国営の組織らしく、顔合わせも兼ねてヒョウが同行することになった。
……毎度ついて来てくれるのは有り難いのだが、大丈夫なのだろうか。仕事とか。
「で、この馬車はどこに行くの?」
外の景色を眺めながら、ヒョウに尋ねる。景色は若干郊外というか、街の外れの方に向かっている気がする。
北方は中央の居城近くに設備が集中している。そういうこともあって、郊外へ行くにつれて不便なことが多い。交通の便が悪かったり、寒さを緩和する陣の効きが悪かったり。その分、土地の価格は安くなっているわけである。
「奴隷紹介所だ」
「……えっ?」
ヒョウの答えに、思わず聞き返す。馬車の走行音があるとは言え、聞き間違えるようなものではない。
「正確には『北方奴隷紹介所』だな。奴隷を買うんだよ。いわゆる"所有物として扱われる人間"だ」
奴隷……。ヒョウの言う通り、ものとして所有される人のことだ。元の世界だと、名目上は廃れていた制度である。
この世界だと、奴隷制度はまだ残っていたりするのだろうか? それにしては、この世界は平和すぎると思うのだが。
「奴隷……、って、そんな制度があるのか? この世界に?」
「ああ、なるほど。確かに"そんな"制度だったな」
ヒョウはそう言って微笑んだ。何と言うか、含みのある言い方だ。
「勘違いするのも仕方がない。だがね、"奴隷を商売にする者"は、表立ってはもう居ないよ。何しろ割に合わん」
「……どういうこと?」
「人を"収穫"するような場所も、売り買いをする市場も、そして苦労に見合う値が付く環境も、もはやこの世には僅かしかない。商売としての奴隷は、すでに淘汰されたと言って良い」
なるほど。俺の疑問も、あながち間違ってはいないらしい。
"人を収穫するような場所"というのは、いわゆる戦場だ。戦争に敗北した側の民というのが、いわゆるお手軽な"奴隷の素"である。
過去、この世界はそういうものを扱っていたのだろう。それを安価な労働力として使い潰すのは効率的ではある。
だが、平和になると話は変わってくる。安価な供給源がなくなれば、それは安価な労働力ではなくなる。
さらにその市場に、暇になったり、解雇されたりした元兵士たちが参入する。彼らは奴隷ではないし、そういう扱いは許されないだろう。
結果、比較的まっとうな雇用をするところに人が集まる。それによって雇い主が淘汰され、やがて奴隷という商売は終焉を迎える……、というわけだ。
もちろん、すべてなくなったわけではあるまい。だから、ヒョウも表立って、という言葉を使った。……いや、使わざるを得ないわけである。
しかし、それならどうして、奴隷の紹介所なんかがあるのだろうか?
「なら、どうして」
「決まっているだろう。商売にならないのなら、それは"慈善事業"というやつだ。……自分の体というのはね、最期までついてまわる資産なのだよ」
「"慈善事業"? 奴隷紹介所が?」
「孤児、浮浪者、難民、破産者……。居場所を失った者たちは、自分から奪われたものを取り戻そうとする。冒険者になるか、賊と化すか。この世界には魔力があるからね。そういう"願い"は存在するだけで災害の元なのさ。ゆえに、すくい上げる網が要る」
ヒョウの言うことはわかる。いわゆるセーフティーネットと言われるものだ。
確か、この世界に来たばかりの頃、ソラとそんな話をした記憶がある。あのときは……、相互幇助と教会が頑張っている、という話だった。
「……ああ。そういえば。職場とか、宗教でも、そういう仕組みがあるって聞いたことがある」
「確かに。それらも成果を出してはいるな。職場によるものは手堅いし、宗教による共同体は国を問わないという強みがある。……だが、少々手が足りない。広さも、量もね」
まあ、確かにそのとおりだ。
大体、ヒョウが挙げた人たちには職場がない。仮にあったとしても、後ろ盾を得られるような縁はないだろう。
宗教はそういった人たちにも手を差し伸べることができる。だが、今度はお金の問題が発生する。寄付を募るにしろ、私財を投じるにしろ、無限にというわけにはいかない。
「そこで、商売として古臭くなった奴隷商を買い上げて、叩き直した」
「……そんなことが可能なの? そもそも、商売にならないものを買い上げてどうするのさ」
「何、民に対する最低限の保証と考えるならば、既存の仕組みを買い上げるのは悪くない。……奴らの欠点はね、商品管理のずさんさだ。薄利多売の粗悪品を扱っていた悪党に、モノの扱いを教えただけだよ」
そこまで言うと、意味ありげな目で俺を見ながら、
「幸い、こちらは"人の選り分け"にはちょっとばかり知見があるのでね」
「ああ……」
なるほど。訪問者管理組合の検査か。
あれは訪問者用ではあるが、設問自体は"この世界で役立つ力"の発見に特化している。別に、訪問者でなくとも応用は利くだろう。むしろ、新たな事例や設問の開発に役立つ可能性すらある。
「制度も少しは整えた。主人となるものには奴隷を売り、労働力を与える代わりに"整備"の義務を課す。奴隷は主人に仕えさせ、労働力を献上させる代わりに、失った庇護と名誉を受けさせる。そして……、」
「そして、胴元は上澄みを……。貴重で優秀な人材を引っこ抜くってわけだ」
ヒョウの言葉を継ぐように、俺はそう言った。
訪問者管理組合でもそうだった。異能や異界の術を持つ者は各国に割り振られ、そうでないものは市井に割り振られている。そう考えれば、奴隷紹介所でも同じ扱いをするだろう。
あと、ちょっと嫌な想像もしている。
……迫害されると、魔力って高まるんじゃないか? という想像だ。
魔力は願いを叶える力だ。そして願いとは、本能に近いほうがより強く大きくなると思う。
現に、今まで見てきた魔族もそうだった。遺跡の魔獣は明らかに食欲が肥大していたし、"戦える悪魔"としてアカナの護衛についていたミラは、三大欲求のひとつである色欲が核だ。
そう考えれば、孤児や難民といった存在を放置するのは危険だろう。この世界は、人間だって魔獣化する。
……そして、ヒョウならそれを"勿体ない"と考えるだろう。
魔術に関しては四方国随一と言われる北方とはいえ……。いやむしろ、だからこそ、優秀な人材を集めることに躊躇はない。
「……否定はしないさ。今から買い付けるのも、そういう人材だ。ともあれ、多少は嫌悪感が薄れてくれると嬉しいがね」
ヒョウは苦笑して、そう話を締めた。
これを元の世界の倫理観に照らし合わせるならば、間違いなく悪だろう。人が人を所有する、というその一点だけで許されない扱いを受ける。
だが、この世界は元の世界とは違う。
本質を見誤れば、かけられた力を見損なえば、そこに込められた意図を見失えば、それは間違った結論を生む。
ヒョウの言葉で、ひとつ気になる言葉があった。"整備"という表現だ。
"整備"というのは"物"に対する行為だが、これは"奴隷"という言葉に対応させた、一種の皮肉だ。彼女は明らかに、この現状に満足してはいない。
いずれ、ここで言う"奴隷"という立場は、社会に溶け込み消えていく。……いや、消すのだろう。
「……まあ、仕組みはよくわかったよ。俺の知っている制度とは、ちょっと違うみたいだ」
俺はそう結論づけた。
決して、手放しで良いとは言えない。だが、良い方向には向かって行っているはずだ。
ヒョウも、俺のその反応を見て、満足そうにうなずいた。
と、そのとき、
「見えてきたな。ここだ」
「……えっ、これ?」
馬車の外に見えてきたのは、広大な敷地と大きな建物だった。母屋は2階建てくらいだろうか。その周りに、いくつかの小屋が建てられている。
近くに広場のような空間もある。一部には線が引かれており、サッカーのフィールドやテニスのコートのような印象を受けた。
そのせいだろうか、全体的に学校のような雰囲気を感じる。
馬車はそのまま敷地に入る。入口へと続く道は大きく、北王の馬車でも余裕を持って入る。贅沢な造りだ。
「すごい……、広いね」
「行くぞ、責任者が待っている」
馬車を降り、建物の中へ入る。行き交う人はヒョウが通ると脇に避け、頭を下げた。
……教育が行き届いている、ということなのだろうか。一緒に歩いている俺までそれを受けるので、何と言うか、ちょっとくすぐったい感じだ。
とはいえ、あちらの様子を伺う限り、驚いたり珍しがったりしている感じではない。北王が来ていると言うのに、である。もしかしたら、ヒョウは割と頻繁に来ているのかもしれない。
ヒョウに連れられて入った部屋は、長机と椅子が並べられていた。机の上にはいくつかの冊子が積み上がり、近くには書類なのか、羊皮紙が数枚散らばっている。
椅子は机を挟み、向かい合うように置かれているが、出入り口側の方は少し距離を取られている。会議室のような、面接会場のような、不思議な部屋だ。
そしてそこに、ふたりの男女が待ち構えていた。
女性は真っ赤な長い髪を、ひとまとめにして後ろで結っている。その髪に反して、瞳は明るい青だ。キラキラとした少年のような目だが、多分、実年齢は壮年という感じだ。少なくとも、俺より年上だと思う。
男性はスキンヘッドの大男だ。ところどころ古傷らしきものもあって、歴戦の戦士といった風貌である。目は四白眼といった感じで、正直、ちょっと怖い。
そのうちのひとり、女性の方がこちらを見ると、声をかけてくる。
「おや、来たね。北王」
「やあ、カセ。準備はできているかな?」
カセ、と呼ばれた女性は、椅子から立ち上がって両手を広げる。
「ご覧の通りさ。……ああ、そっちの坊やがお客さんかい?」
「あ、はい。コトバです。よろしくおねがいします」
こちらに目を向けたカセに対し、俺は挨拶を返す。
「……ふうん、なるほどねぇ」
そんな俺を、カセは値踏みするように見つめている。
声にはこちらに対しての興味も乗っていたし、何と言うか、人を評価する立場に長くあった雰囲気を感じる。……その割に、ちょっとがさつな印象はあるが。
しかし、何がなるほどなんだろうか……。
「アタシはカセ。ここの所長だ。こっちは……、まあ、アタシの部下だ。名前を覚える必要はないさ」
カセはそう言って自分たちを紹介しつつ、かたわらの冊子が積まれた席を指しながら、
「まあ、座んなよ。文字は読めるんだろう? 条件に合う奴隷の資料をまとめておいた。希望があるなら、個別に面接もできる」
そこまで言うと、じっとこちらの目を見て、
「うちの商品は安物じゃない。簡単に捨てられても困るんでね。時間をかけて、じっくり選びな」
重く、低い声で、俺にそう語った。
「は、はあ……」
「……何だい。坊や、何か言いたげだねぇ」
「いや、その。悪党って聞いてたので、何か受ける感じが違うな、と」
凄みのある声だが、言っていることは至って常識的だ。トーンは強いものの、脅しをかけるような意図も存在しない。
むしろ暖かさすら感じる。存在するのは、自分の扱っているものに対する、強い気持ちと誇りである。
「ぷっ……、フハハハハハハ!」
俺の言葉を聞くと、カセは大笑いして、
「はっは、は……。アンタね、そういうのは面と向かって言うもんじゃないよ? アタシが本当の悪党なら、機嫌次第で斬り捨てられてたって文句は言えないところさ」
「あ、はい。すみません……」
カセの言うことももっともだ。ちょっと今のは、考えたことをそのまま言葉にしすぎた。
時と場合、あとは相手によっては、挑発と受け取られてもおかしくない。彼女の言う通り、相手が悪党ならばなおのことだ。
とはいえ、カセはヒョウの関係者である。さすがにそんなことをする人ではないだろう、という打算はあった。
現に、俺が素直に謝ると、カセはどこか居心地の悪そうな顔をしている。
「フン、何だろうねこの子は……。大体、アタシが悪党だって言うなら、アンタの後ろの女は諸悪の根源じゃないか」
カセはニヤリと笑いながらそう言って、俺の後ろへ視線をやる。
その視線の先に居るのは、ヒョウひとりだけだ。俺が振り返る間もなく、呆れたような声で反論が返ってきた。
「カセ、私を巻き込むな。君はひとりでも十分に悪党だよ」
「ハッ、相変わらず可愛げのない。まあ良いさ。アンタはアタシたちの後援者で、上客だからね」
ヒョウにそう返して、再び俺の方を見る。
机を挟みながらも精一杯顔を近づけ、口に手を添える。まるで秘密の話をするようにして、
「気をつけなよ、坊や。本当の悪党ってのは、そんな顔をせずに近寄ってくるものさ」
「は、はあ……」
にっこりと笑うカセに、俺は苦笑する。
割とそういうのは、わかってしまうようになったからなぁ……。警戒が薄いというか、警戒する必要がないのである。
ただまあ、身内に優しいのも悪党の常と聞く。カセは良い人に見える。だが今、わかっているのは利害の一致だけだ。気をつけた方が良いのかもしれない。
それにその方が、カセも喜びそうだ。
# 荷運び奴隷
道具・その他
荷運び用の奴隷。所有者の道具欄を増加させる。
この道具を失ったとき、増加していた道具欄の道具はその場に落ちる。
所有物として扱われる人間であり、これは主に荷運びとして使用されるもの。
種族や性別により性能差はあれど、荷運び用の奴隷は戦闘には使えない。
大切なのが荷であれ人であれ、せいぜい丁重に扱うことだ。




