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報告と課題

 クロガネのところにお見舞いへ行った日の午後、俺はヒョウの執務室に居た。これから東方の旅の報告をはじめるところだ。

 ヒョウは北方に居る間、大体この執務室に居る。いわゆる北王の仕事部屋だ。書斎に応接用の家具が備え付けられたような感じで、そこで俺たちは向かい合って座っている。


「先に、リンから報告を聞いている。……また、なかなか盛りだくさんだな」


 そう言って、ヒョウは微笑んだ。


「別に、好き好んで持ってきてるつもりはないんだけどね……」


「いやいや、クロガネの件はともかく、他は収穫と言って良いだろう。妖精郷の異変。妖精の失踪と、その発見。妖精郷の村に、管理人。その管理人が言った"冥の魔力"という単語。そして、今回の目的だった対岸花の回収……」


 ヒョウがひとつひとつ、指を立てながら話す。こう並べられるとなかなかの量だ。


「管理人への口利きが断られたのは残念だ。が、聞く限り、東方と極秘で関係を持つ。ということもあるまい」


「……いや、俺はその東方と繋げようとしたんだけど」


 さすがに妖精郷の位置を考えれば、東方をすっ飛ばして北方に話を持ってくる。というのは無理がある。俺が北方の所属であったとしても、それは変えがたい。

 だが、ヒョウによれば、


「ふふ。繋がりとその情報さえあれば、どうにでもやりようはあるものだよ。君の判断は間違っていない」


 と言うことらしい。

 まあ、言わんとしていることは何となくわかる。


 そこからしばらくは、俺の報告タイムだ。

 といっても、大まかな話はすでにリンから伝わっていた。俺が話すのは、どちらかというと俺自身の考えや、気づいたことについてだ。


 一番大きなものは、やはり冥の魔力だろう。


「……魔術毒の影響下にある君を、妖精は"昔の人間の匂い"と言った。そうだな?」


「うん。管理人も、妖精たちから話を聞いて納得していたみたいだ。"冥の魔力"という言葉は、その流れで出てきた」


「ならば、過去の文献を当たるのは継続すべきか。……あまり、効率的ではないのだがな」


 ヒョウの言葉に、うんざりとした色がちらつく。

 単純に考えれば、冥の魔力は過去、人間が扱っていたということになる。


「やっぱり、難しいの?」


「不可能ではないが、おとぎ話と歴史を分別するところからはじまるからな……」


 北の氷雪の国が建国し、さまざまな記録がはじまったのは『古の時代』の終焉間際だ。複数の種族が『人間』として集まり、神に代わり地上を支配していた『竜』を討ち滅ぼす。その前段階である。

 まだ竜が地上を闊歩していた頃。『神代の時代』というひとつの神話が終わったあととはいえ、今より魔力が色濃く残っていた世界の話だ。俺の頭では想像もできない。

 だがそれは、現実に存在した話だ。それは間違いない。


 では、それは何年前か? と言われると、実はよくわからないらしい。

 北の氷雪の国、というひとつの国が存在し続けたのは確かだ。しかし、王が何代目かとか、暦が何だとか、過去の歴史がどうだ。という話は、いろいろな時点で書き換わってしまっているそうだ。


「記録ひとつまともにできんのか、と言いたくもなるがね。……そういう時代だったのだ。私の服装と変わらん」


 ヒョウがため息をつき、自分の胸元を指先で叩く。

 彼女の男装と同じ、と言うのであれば、答えはひとつだ。権威付けとして利用されたのだろう。


 神が地上を去り、その尖兵であった竜を討ち滅ぼし、人が人を統治しはじめた時代。おそらくさまざまな伝説が生まれ、消えていったはずだ。

 元の世界でも、勝者が歴史を作ることは多々あった。王様を神様と同一視したり、敗者を悪魔や眷属にしたり。こちらの世界でも、似たようなことがあったのだろう。

 そしてその過程で、冥の魔力に関する記述が消されたという可能性がある。


 とはいえ、それも"可能性がある"という話でしかない。


 もし、冥の魔力が北方で使われていなかったら。

 使われていたとしても、記録がはじまるより前の話だったら。


 妖精たちが"昔の人間の匂い"と称していた"冥の魔力"。その"昔"がいつで、どこの話なのか。はっきりわかっていることは何もないのだ。


「だったら別のところからも調べてみたら、何かわかるんじゃないか。ほら、まだ毒のついた短刀だって残ってる」


「ああ。あの毒はまだ残っているが……、さすがにこれ以上は調べようがない。魔術的にも、毒薬としても、分析は済ませた。現状では生成できない、という結論も得ている。解毒薬があるとはいえ、いたずらに何かへ投与して実験、というのもな」


 なるほど。調べられる範囲ではすでに調べてある、ということか。

 そういえば、俺たちが東方に行っている間も、こちらでは解毒を試みているという話だった。毒の解析も、そのときに行っていたのだろう。

 そして、これ以上の実験をするのならば、いろいろと問題が発生するというわけだ。たとえば、


「毒の残量が少なすぎる。そもそも刃先に塗られていた程度の量だ。君に投与する分の希釈と変質でも、かなり消費しているからな。結果が見込めないものに、おいそれとは使えんよ」


 ということだ。

 その理由が倫理より先に立つあたり、なかなかシビアな判断である。そういえば、ヒョウは以前言っていた。利害と善悪は違うものだと。

 そこら辺は、俺にはちょっと難しいところだ。



 ひととおりの報告が終わった頃、ヒョウが話を切り出してきた。


「そうだ。君にいくつか、話しておかなければならないことがある」


「えっ、何?」


「1つ目は、今回の襲撃者に関してだ。情報共有と、確認だな」


 情報共有と確認、と言われても……。共有される情報も、確認される内容も、見当もつかない。

 今のところ、誰との接点もない、誰も思い当たる節がない襲撃者だ。ヒョウは何か掴んでいるのだろうか。


「襲撃者に関する情報収集は、毒の調査と並行して行っていた。小人族のような体躯で、黒尽くめの格好をした者という話だが……。今のところ、まったく情報がない。いくら聞き込みを行っても、だ」


「……まったく?」


「ああ。得られたのは、君たちが襲われた瞬間の目撃情報のみだ。まるでそこにパッと現れて、パッと消えたようにね」


 ヒョウの言い方は不思議ではあるが、感覚としてはまさにその通りだ。


 さすがに襲撃の際の目撃者は居たようだが、それ以外がまったくないというのは不思議な話である。

 何しろ、相手は特徴的な格好だった。たとえそれが一時的に着替えられたものであったにしても、どこかに駆け込んだりするタイミングはあるはずだ。それに、流れ者なら噂に上ったりもするだろう。


「そういえば、クロガネも気づくのが遅れたって言ってたな。まるで気配がなかった、って」


「ああ。……念のため聞くが、君に心当たりはないか? この世界でなくとも、元の世界にでも良い」


「ないよ。元の世界なんて、なおさらない。俺の周囲は平和だったから」


「だろうな……」


 俺の解答を、ヒョウも予想していたようだ。

 まあ、当然だろう。そもそも魔法ですら、俺の中では創作の中で出てくる力だ。そういう世界であるという情報は、こちらに来たときにきちんと伝えてある。


「一応、調査は続けるが、あまり期待はできないな。警戒を強めるくらいだ」


 結局、襲撃者に関しては"わからない"ということがわかっただけだ。

 一体、何の目的で、何のために、何をしようとしているのか……。


「それに関連して、2つ目は君の警護に関してだ」


 おっ、それはちょうど良い話題だ。


「あ、それは俺も相談しようと思ってた。護衛が欲しいと思って」


「何だ、そうか。話が早くて助かる」


 ヒョウはそう言ったが、それはこちらの台詞である。さすがに、俺に護衛を雇うようなツテはない。


「まず、君には使用人を雇ってもらう。近日中に場を手配するから、同行したまえ」


「使用人? 護衛じゃなくて?」


 襲撃の対策で"警護"と言われたので、てっきり護衛の話だと思っていた。使用人、と言われると、どうしても家事とか、そちら側の印象が強い。


「ん、ああ、心配するな。すべてできる者を用意する。掃除や洗濯、炊事はもちろん、各種荒事までできる者をな」


「……すごいな」


 ヒョウの話に、俺はちょっと気圧されてしまった。

 何というか、そんなパーフェクト使用人みたいなのが、俺についてて良いのだろうか。かなり貴重な人材に思えるのだが……。


 でも、家事をおまかせできるのは嬉しい。とくに休日は、食事の準備が大変だったから。

 この世界はコンビニもスーパーもないから、外食か自炊しか選択肢がない。俺は休日に出かけたくないので、それなりに自炊をするのだが、元の世界とは設備も素材も大違いだ。

 最終的には、大量に作って一日中同じものを食べるとか、保存食で凌ぐとか、そういう生活をしている。

……まあ、あまり褒められたものではない。それが人を雇って解決できるようならありがたい話だ。


 そんなことを気にしているうちに、ヒョウは次の話に移っていた。


「あと、警護にあたりもうひとつ。……君、いい加減引っ越せ」


「へっ?」


「あのな。仮にも私の……、北王の配下ともあろう者が、集合住宅のひとつを借りて暮らす。というのはかなり特殊なんだぞ? 防犯の布陣すらろくにできないだろう、今の部屋は」


「あ、ああ……」


 そういえば一時期、もっと広い家に引っ越せ、と言われていたのを思い出した。

 とはいえ、こちとら学生時代から、きままな一人暮らしを続けていた身だ。ワンルームがしっくりくるので、実はあまり引っ越したくはない。


「今までは目をつぶっていたが、実害が出てしまってはな。諦めて屋敷を買え。まとまった金が工面できないなら、ある程度貸付もしよう」


「や、屋敷かぁ……。あまり広いところだと落ち着かないかも」


「君な……。目的上、使用人も住み込みなのだぞ? さすがに一部屋では足りん。わきまえろ」


 ヒョウの目がだんだん怖くなっている。カリカリしてきたし、仕方がない。

 それに、何も悪いことではないのだ。今は給金も良いし、貸付も受けられるのなら、良い屋敷が手に入るかもしれない。

 正直、今の住まいは設備が悪い。その点だけは、組合の寮に泊まっていた頃の方が数段良かった。


「わ、わかったよ。……とりあえず使用人が決まってから、屋敷を探せば良いかな? 住む場所を確保しておかないと困るだろうし」


「そこは任せる。ただ、なるべく早くしろ。決まり次第、北方魔術研究室から魔術師を送って、布陣の確認と構築を行う」


 なるほど。既存設備の確認と、不足分の敷設があるということか。

 そういう事なら、ますます使用人が来てからの方が良さそうだ。魔術的な要素の強いものについて、ひとりで説明を聞くのは心細い。


「わかった」


「うむ。では最後。3つ目だが……」


 ヒョウが3つ目の話をはじめた途端、雰囲気が少し変わった。

 表情や仕草は元のままだが、声に少しだけ、緊張が乗っている気がする。……珍しい。何か深刻な話なのだろうか?


「リンから聞いたが、対岸花を発見したのは君だそうだな」


「ああ、うん。ヒョウの仮説の通り……、だと思う。説明は難しいんだけど」


「だろうな。異能はそのあり方が特殊すぎる。私も説明されたとて、理解できるとは思えん」


「うん。それに、あのときは毒の影響が酷くて……。最後の方はもう、うろ覚えなんだ」


「だが、念のため聞いておきたい。遠く離れた場所の対岸花を見つけたと聞いた。その状況というか……、どうして、どのようにわかったのかを知りたい」


 なるほど。俺の異能に関する話か。

 ヒョウとしては、新たな発見があるかもしれない、と思っているのだろう。こういった確認は、実はたびたび受けている。


「うーん……」


 しかし、何度経験してもこればかりは説明が難しい……。

 当時は論理的に考えていた記憶があるのだが、今思えば、何回か思考が飛躍しているように感じる。毒の影響下で体調不良だったことと、タイムリミットがあって焦っていたことが大きい。

 ともあれ、俺の身につけたものを総動員した気がする。一言で説明できない。


「世界を、見通さなきゃと思ったんだ。……翻訳の異能は、世界に繋がっていると聞いていたから。そこに答えがあるのなら、それを探せるようになれば行けると思った」


……そういえば、すごくわかりやすい景色が見えたな。


「そうしたら、まるで空から妖精郷を見下ろしているような景色が見えて……」


「それで?」


「それで、って言われても……。それだけだよ。見えたのは一瞬だったけど、気になるっていうか、引かれる場所がわかったんだ。だからそこに行った。そうしたら、対岸花が見つかった」


「ふむ……」


 それを聞くと、ヒョウは目を伏せ、何かを考えはじめた。

 しばらくして、


「感想は?」


「感想?」


「いや、何か、あるだろう?……普段、見ることのできない光景だったはずだ。感じたことを聞かせて欲しい」


「うーん……。確かに、すごかったけど」


 この世界では、あまり見ない光景だろう。

……いや、ソラなんかはよく見ているのかもしれない。現に、俺を確保するときには、同じような光景を見たはずだ。

 ただ、それとはまったく違うと思う。


「飛んでる、って感じじゃなかった。風とか、そういうものを感じなかったから」


 俺も飛行機は乗ったことがあるが、それだって、元の世界での一般的な旅客機だ。強風に煽られれば揺れるし、気圧の変化や、加速の際に体へかかる力も感じる。

 空へ行くとはそういうことだ。たとえばあの瞬間、俺が瞬時に移動し、妖精郷を見下ろしていたとしたら、体はさまざまな異変を訴えていたはずだ。


 でも、あのときは何も感じなかった。


「何だろう……。視界の元だけが空にある感じ。そのときは、何も不思議に思わなかった。俺を俺として認識しながら、他のすべてが見えているような感覚だった」


 たとえば、朝、目が覚めて、視界に入ってくる景色に疑問を覚えることはない。そこが自分の眠りについた場所で、それが自分のいつも見る景色であれば。

 多分、それと同じような感覚だ。俺は至って自然に、妖精郷を見下ろすその視界を、自らの視界だと受け入れていた。


「……うーん。やっぱり上手くまとまらないな」


 今、思い返せば、不思議な経験だとわかる。むしろ、あの視界を自然だと受け入れていたのは一瞬だった。

 あんなふうに枠のない景色は、元の世界でも見たことがない。飛行機の窓から眺めた空とはまったく違う。境界のない景色だ。


「毒の影響を受けていない状態で体験できれば、少しはわかるのかもしれないけど……。今のところ再現はできてない。ちょっと練習はしてみたんだけど……。やっぱり状況が違うと、上手く行かないみたいで」


「……そうか」


 一瞬、ヒョウの声に冷たいものが混ざった。

 この感覚は覚えている。北方会合のとき、印を翻訳した俺に向けられたものだ。


「……もしかして、練習はまずかった?」


 考えてみれば、空から地上を見る目、というのは、かなりの利用価値がある。たとえば軍事的な目的は大きい。監視や偵察などにはとくに有効だろう。

 それにもし、もっと細かく操作できるようになれば……。どこにだって潜入できてしまう。そう考えると、かなり危険な能力ではある。


 俺がそう問いかけると、ヒョウは笑って首を振る。


「いや……、すまない。察されるとは思わなかった」


 そう言って、いつもの微笑みをこちらに向けると、


「確かに危うい力ではあるし、警戒はする。だが、制御できない力など不要だ。……まあ、そうだな。君が苦痛でないのなら、私がそれを止める理由はない」


「そうか、良かった」


「ただ、不用意に使うな。リンから聞いたが、その時の君は、意識を失っているように見えたそうだ。とくに単独で使用するのは危険だろう」


 ヒョウからはそう指摘を受けた。


 確かに、あの景色を見た後、俺はリンに支えられていた。どうやら倒れそうになっていたらしい。さすがにそんな力を、危険な場所で使用したいとは思わない。今も練習は自宅で行っている。

……いや、自宅で行うのも危ないのか? もし意識を失ったまま戻らなかったとしたら、発見が遅れる可能性もある。自宅に使用人が来るまで、練習は止めておいたほうが良いかもしれない。


 多分、ある程度力を使いこなせるようになれば、両方の景色を見ながら行動できるようになるはずだ。翻訳の異能で、元の文字と俺の知っている文字、両方を同時に感じ取ることができるのと同じ理屈である。

……まあ、それがどういう状況なのか、まったく想像がつかないのだが。



 その後、直近の予定を共有し、ヒョウへの報告は終わった。


 今日はそのまま、交差点へ戻る予定だ。そうそう、組合にも顔を出さなければ。

 伝言はしておいたが、一週間近くも席を空けてしまった。溜まった仕事の確認をしなければ。誰かが代わりにできることであれば良いのだが、異能絡みのものは難しいだろう。


 ふと、想像した。

 その空席に、"俺の顔をした誰か"が座っているところを。

 空から見下ろした"俺の視界"が、それを捉えるところを。


 もし、仮にそうなったとしたら。

 俺は誰で、どこに居るのだろう。

# 古の時代


 神代の戦により神々が地上を去り、竜が地上を支配していた時代。

 竜は神の尖兵であり、神がこの地を去った後、代わって地上を支配した。


 だがその支配は不完全であり、さまざまな種族が、さまざまな文化を作り上げた。

 やがて人が光を見出し、天を崇めるようになると、竜は信仰の対象から討ち果たすべき魔物と見なされるようになった。



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2019/11/24

毎日更新は本日でいったん終了します。

詳細は活動報告にて。

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