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帰還と生還

 辻馬車に乗って街へ到着する頃には、もう日が沈みかけていた。


 交差点に比べ、東方の夜は静かだ。店も軒並み閉められ、明かりがついているのは住宅がほとんどである。

 北への帰還……、転移門の利用は夜間も可能だが、その前に東王へ報告が必要だ。

 もしかしたら連絡のみで済むかもしれないが、そこは先方の都合と判断次第である。


 飛び込みの依頼となるが、城の兵士に謁見を申し込む。

 終了間際の依頼になってしまったのだろう、受けた兵士はちょっとだけ不満げだった。だが、こちらが北王配下と知ると、慌てて奥にすっ飛んでいった。

 しばらく待たされたが、どうやら謁見は可能で、行うらしい。


「運が良かった……。というより、優先されたみたいね」


 待機中に、リンはそう言っていた。


 兵士に先導された俺たちは、そのまま王の前へ案内された。昨日の謁見は朝だったが、今回は夜なので、煌々と明かりが焚かれている。

 リンを先頭にひざまずく。


「早かったな」


 東王の言葉に驚きはなかった。だが、言いたいことはわかる。

 かなり長い探索だった気もするが、終わってみれば2日弱だ。あてもなく妖精郷をさまよう、と言っていた者たちが、この早さで帰ってきたら、そんな一言も言いたくなるだろう。

 ただ、内情を知る俺たちからすれば、この日程でもギリギリだったわけだが……。


「望むものは見つかったのか?」


「はい」


「そうか」


 東王はそう言ったが、あまり興味はないようだ。

……他の予定より優先してまで謁見をしたはずだが、儀礼的なものだったのだろうか?


 まあ、それでもおかしくはない。同じ四方国とはいえ、現状、東方は勢力として一番小さい。かたや北方は四方国の長である。そういう気の使い方をするかもしれない。

 ただそうだとしたら、興味の無さが顔に出すぎだろう。


「見つけたのは、リン、お前か?」


「は? いえ……」


「……違うのか。では誰だ?」


 ここではじめて、東王の感情らしい感情が見えた。声に疑問が乗っている。

 見つけた人を気にしていたのだろうか?


「私です。東王」


 俺は顔を上げて、答えた。東王がこちらに顔を向ける。


 彼女の瞳は、やはりどことなくヒョウと同じ雰囲気を感じる。

 茶味がかった黒い瞳は、東方では珍しくない。色だけで言えば、俺も同じようなものだ。だが、奥行きがあるというか……。これがいわゆる、彼方を見るような目、なのだろう。


「なるほど……。お前か、コトバ」


 しばらく、東王は俺を見つめると、


「よくわかった」


 そう言って、手を払うように振るう。


「良い、下がれ。早く帰って、成果を届けてやれ」


 昨日と同じだ。案内の兵士が出入り口へと誘導する。

 俺たちは東王に一礼すると、外に出た。


 そしてそのまま、急いで東方を発つ。

 夜も更けてはいるが、ここでまごついて間に合わなかった、では洒落にならない。辻馬車は乗り心地が最悪だったとはいえ、多少休むことはできた。


 北方に到着してすぐに、リンはクロガネに薬を投与した。そこから昼夜を問わず、法術師たちが交代でクロガネにつく。薬の定期投与と、状態監視のためだ。

 俺の場合は一晩で目覚めたとはいえ、クロガネが受けた毒はそれよりも強い。リンも、どれくらいで起きるかはまだわからない。と言っていた。


 さすがにその場で待つ、という状況でもなかったので、俺は城に戻って休むことにした。

 ついでに、今回の報告書も書く必要がある。忘れないうちに、概要だけでもまとめておきたい。



 クロガネは翌日には目覚めたが、様子を見るために終日検査となった。

 なので、俺が会えたのはさらに翌日になってからだ。……長かったような気もするが、襲撃から数えても、ざっと一週間程度の話である。


 ベッドに寝転ぶクロガネは暇そうだった。

 無理もない。時間をつぶす手段とか、本くらいしかないもんな。訓練なんてしようものなら、見張っている法術師にこっぴどく叱られるだろう。……というか、すでに注意されたあとだと聞いた。

 それに本を読もうにも、クロガネは文字の読み書きが得意ではない。できない、ではない辺り、一人旅ができる最低限のスキルは身につけているのだろうが。


「おっ、ニィさんじゃねえか」


「暇そうだね」


 部屋に入ってきた俺に気づいて、クロガネが手を挙げる。それに同じようにして応えて、俺は苦笑した。

 かたわらの丸椅子を持って行き、ベッドの脇に座る。


「ほんっと暇なんだよ……。なあ、病人ってのは、一体何やって過ごしてんだ?」


 クロガネは俺と話すためか、上半身を起こす。そしてため息をつきながら訴えてきた。……どうやら、相当堪えているらしい。


 多分、かなり体が丈夫なんだろうな……。

 普段から世界中を旅しているか、旅費のために荒事を請け負っているようなやつだ。こういう、絶対安静みたいな状況は滅多にない経験なのだろう。……もしくは、完全に動けないほどの大怪我とか。


「えぇ……。体を休めるんじゃないの? 俺もそういう経験、あまりないからわからないけど」


 そう言って、俺は苦笑した。

 俺も入院経験はないが、それは単純にインドア派だったから、怪我と無縁だっただけだ。クロガネと結果は同じでも、過程がまったく違う。


「まあ、でも、元気そうで良かった」


「おう。なんか薬が効いたらしい」


 そう、薬は効果を発揮してくれた。

 そしてその件で、俺はクロガネに言わなければならない事がある。


「ああ、改めて。ありがとう、クロガネ」


「……んぁ? 何だよニィさん」


「いや、一番最初、俺をかばってくれたでしょ。今回の件は、それからはじまってるんだから」


 一番最初の街中での襲撃。あのとき、隣にクロガネが居なかったら、と思うとゾッとする。そしてそのせいで、彼は今こうなっているのだ。礼で済むとは思えないが……。

 だが、クロガネの反応はさっぱりしたものだった。


「そっか、そういやそうだったな。ありゃ体が動いただけだ」


 こういうことになるので、ちょっと困るのである。


 彼への補填となると飯、酒、金くらいしか思いつかないのだが、金の受け取りに関しては割と頑固だ。稼ぎの方法にこだわるのである。多分、この件で金を渡しても受け取らないだろう。

 ならば食事か酒、ということになるのだが……。旅の途中だし、安静の指示が解けたらすぐ発ってしまうだろう。

……まあ、また今度、交差点で会ったときでも良いか。どうせ素寒貧になって戻ってくるのだから。


「それより、ニィさんだって無理したんだろ? 嬢ちゃんから聞いたぜ」


「ああ……」


 嬢ちゃん、とはヒョウのことだろう。会ったのは昨日のうちだろうか。

 まあ、状況説明は必要だろうし、クロガネと面識があるのは、ヒョウかヘキトくらいだ。ヒョウなら、リンからの報告も受けて事情も把握している。と考えれば、自分でやってしまうだろう。


「まあ、無理はしてないよ。それに、それはどちらかと言うと後始末というか、落とし前というか……」


「いや、そいつは違うだろ」


 クロガネは腕を組んで、


「そいつを払うのはニィさんじゃねぇ。あの黒尽くめだ」


 はっきりとそう言った。


「それは、そうだけど」


 正直、あんな人間に面識はない。特徴的な格好ではあったが、顔すらまともに見えていないのだ。

 もしかしたら、クロガネには襲撃者の見当がついているのだろうか?


「……心当たりとかあるの? 何か変な格好だったけど、どこの国っぽいとか」


「ん? いや、まったく。俺も、あんなのは見たことねぇ」


 そこまで言うと、顔をしかめて俺を見る。


「ただ、ありゃ俺を狙ってたわけじゃなかったぞ。間違いなくニィさんのほうだ」


 そんなことを言われても、それこそ心当たりがない。

……だが、心当たりがないだけで、狙われる理由がないわけではない。

 割と自覚は薄かったが、俺の顔と名前も売れてきている。この世界も、北方や北王に良い感情を抱く者ばかりではないだろう。そういう線で俺が狙われる、というなら話はわかりやすい。


「ま、何にせよ気をつけたほうがいい。直接狙われたわけじゃねぇが、俺も剣を抜けなかったくらいの奇襲だ。まるで気配が感じられねぇ。並みの護衛じゃ守れねぇと思うぜ」


「そうだよなぁ……。クロガネ、護衛の仕事とか興味ない?」


 一応、そうは言ってみるが、


「あー……、すまねぇ。まだ懐は温かいんでね。当分は旅のほうが優先だ」


 クロガネの返事は、悲しいが想定内だ。

 それに、さすがに彼を一箇所につなぎとめておけるとは思っていない。そういう役割を与えておいて、ふらっとどこかへ旅立たれても困る。

 クロガネは強いが、それにしても向き不向きはあるのだ。前に遺跡を探索したときのように、期間限定の護衛ならまだしも、どこかに勤め上げるのには向いていないだろう。


「ニィさんなら、嬢ちゃんのツテでどうにかなんねぇのか? 俺ほどじゃねぇにしろ、王様の選んだ護衛なら大丈夫だろ」


 確かに、ヒョウに相談するのも良いかもしれない。北方には確か、戦士団があるはずだ。三傑のひとりであるイットウが率いている、というのを聞いたことがある。

 あとはどれくらいの人材を紹介してもらえるか、だが……。クロガネがさらっと入れた自慢も、あながち不遜ではない。

 彼は強い。そして、その彼が反応できないほどの襲撃者だ。生半可な戦士では務まらない。


 まあ、北方は俺が見る限り人材豊富だ。

 それに、襲撃に必ず剣で対抗しなければならない。というわけではない。手段を変えてみると、案外簡単にどうにかなるかもしれない。


「そっか。うん、そっちに頼ってみるよ」


 ちょうど、午後からヒョウに今回の旅の報告をする予定だ。そこで相談してみよう。


「おう。俺も明日には発つつもりだしな」


「……へっ?」


 クロガネのその一言に、思わず変な声が出てしまった。

……そもそも、一週間ぶりに目覚めたのが昨日なんだが、大丈夫か? さすがにこの城を強行突破するつもりではない、と思うが。

 大体、リンや他の法術師たちはどう見ているのだろう。


「大丈夫なの? 許可取った? 勝手に出ていこうとしてない?」


「おう。かしらっぽい法術師の姉さんに、ちゃーんと見てもらってる。問題ないってよ」


 かしらっぽい法術師の姉さん、とは、多分リンのことだろう。彼女はクロガネを治療していた法術師たちのリーダーだ。

 今回の短い旅の中でも、彼女が患者の体を第一に考えていることは伝わった。彼女が大丈夫と言うなら……、まあ、大丈夫なのだろう。

 少なくとも、クロガネに押されてゴールラインを変えるような人ではない。


「……まあ、なら良いけど。無理しないようにね」


「おう。ま、交差点で会ったときはまたよろしくな。金になる仕事、回してくれよ。護衛とかさ」


「そこの椅子はもう埋める予定なんだけど……」


「それなら"そっち"でもいいな。嬢ちゃんのツテになんだろ? 強そうなら、ソイツ紹介してくれよ」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべる。


「はいはい」


 それに俺は苦笑を返した。基本的に、クロガネは強い人が好きだ。


 うーん、護衛を雇うなら、喧嘩っ早い人は駄目だな……。あと、クロガネと気が合うと危ないかもしれない。出会うたびに決闘とかはじめられたら、こちらとしては気が気ではない。

 仕事人気質でこちらの指示を守りつつ、上手いこと動いてくれる人が良いな。


……上手いこと動くって何だよ。

 何か、昔の嫌な記憶が蘇りそうだ。これ以上は止めておこう。


 そんなことを考えながら、しばらく会話を続け、俺はクロガネの部屋を後にした。


# 破天膏


道具・薬品

特定の属性の魔力を解放する塗り薬。対象の天属性による魔法効果を打ち消す。


鼻の下などに塗布し、気化した成分を吸う塗り薬。

材料や製法により、対象となる属性が変わる。これは天属性の魔力を解放する。

時と場合によっては、体内の魔力に干渉することもある危険な薬。使用する際は注意が必要。

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