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結実

 探索を再開したものの、最初は難航するだろうなと思っていた。

 妖精という存在が、どれほどの役に立つのかわからなかったからだ。ただでさえ、交換条件として斥候役を待機させ失っている。

 それに夜の森だ。夜行性の獣や、睡眠中の巣に当たる可能性もある。こちらは夜目も効かない人間だ。それらを警戒していれば、進む速度はぐっと遅くなる。


 だが、その懸念は意外にも裏切られた。


「様子がおかしい……。何か、獣の方から避けているみたい」


「獣が道を譲っている。ってことですか? そんなことが、何で?」


「わからないけど、もしかしたら……」


 リンが妖精に目を向ける。確かに、普通と違う部分はそれだ。妖精に聞いてみると、彼はここぞとばかりに胸を張って、


「知らないのか人間。妖精は森なんだぞー。獣も襲ってこないんだぞー」


 何とも端的な回答である。

 そういえば、そもそも妖精は、物に集まった魔力だ。という話だった。ならばその魔力の出処は、と考えれば……。


「妖精は元々が森の魔力だから、獣も敵対しないように動いている……? みたいです」


「なるほどね。だとしたら、割と自由に動けそう」


 リンはそう言って笑ったものの、すぐに顔を引き締めて、


「ただ、警戒は怠らないほうが良いわ。あちらが避けてくれるのは有り難いけど、こちらが巣に乗り込んだりしたら、さすがに素通りはできないもの」


「そうですね……」


 そう答えた途端、何もないところでつんのめる。


「うっく……」


「大丈夫?」


 バランスを崩して転びかけたところを、リンに受け止められた。

 完全に足がもつれていた。会話に意識を持っていかれると、歩行がおろそかになる。歩きながら話すのは、もう危ないかもしれない。


「まだ何とか……。ただ、最初よりかなりきついです。眠気が酷い」


「想定より早いわね……」


 リンの表情が暗い。確か、一般人なら2、3日は耐えられる見込みだったはずだ。

 だがあいにく、俺はこの世界の一般人ではない。せめて明日まで持ってほしかったが、この調子なら、今夜眠れば当分は起きないだろう。


「とりあえず立って。眠ったらなるべく起こし続けるけど……、探索は今日が限度ね」


 リンの見解も、俺とほぼ同じだ。……だが、それはまずい。

 一応、ヒントは掴んでいる。それをどうにか利用して、答えまでたどり着かなければならない。どの道、頭が回らなくなったら終わりなのだ。ここで考えるしかない。


 倒れかけた体で、リンの腕にすがりつきながら、何とか体勢を立て直す。


「……大体、目星は付いてるんです。ただ、どうすれば良いかわからなくて」


「えっ!?」


 俺の言葉に、リンが驚きの声を上げる。


「目星と言っても"場所"じゃなくて、"方法"のことです。妖精郷に解毒法を……、対岸花を求めるには、俺に足りないものがある」


「……どういうこと?」


「妖精郷は、それそのものが"魔法の道具"なんですよ。多分」


「えっ?」


「東王も、管理人も、"願えば手に入る"と言っていた。こんな魔力の多い森で、その仕組みは何かと言われれば、魔法としか思えない。それを誰にでも使えるようにしてあるんだから、これは"魔法の道具"ですよ」


 妖精郷に恵みを求めてきたのは、決して魔術師や法術師ばかりではないはずだ。

 現に、東王は狩人や山菜採りが森に入ると言っていた。それに妖精郷の管理人だって、自身を指して魔術師ではないと話していた。

 彼らが妖精郷に願い、妖精郷がそれを叶えてきたのならば、魔法を形作る部分は妖精郷が行っているはずだ。……少なくとも、願う側はそんなことを考えていない。


「だから、俺に魔力を扱う術があれば、解毒法を願って具現化することができる……。と、思うんです」


「……それ、私が代わりにできないの?」


 リンの疑問はもっともだ。彼女は法術師だし、薬草の知識もある。俺の推論が正しければ、妖精郷を使う人としては最適と言えるだろう。だが、


「多分、駄目です。というか、可能なんですけど、そこまで行き着いていない」


「"そこまで行き着いていない"?」


「妖精に出会う前、話してたじゃないですか。この森、やたら薬草が生えてるって」


「え? ええ、確かに。そんな話はしたけど……」


 リンがまさか、という顔をして、


「それが私たちの"願い"ってこと?」


 俺はうなずく。


「"魔法の道具"は、単純に魔力を流すだけなら単機能じゃないですか。明かりの点滅とか、鍵の開閉みたいに。そう考えれば、妖精郷にとって"つくりやすいもの"があるはずなんです。俺たちの願いは、まだ部分的にしか届いていない。願いが曲解されて、つくりやすいものに統合されている」


 例えるなら、自動販売機に似ている。どんなにあったか~いコーンスープが飲みたくとも、商品として並んでいなければ無理だ。あるものから選ぶしかない。


 そもそも、魔力があるのに魔獣が湧かず、すべて妖精になる。というのもおかしな話である。妖精、薬草、山菜、そして肉となる獣たち。この辺りが、妖精郷の用意しやすい"恵み"だろう。

 東王の言う"妖精郷の恵みは変わっていない"とは、正確には"東方の求める恵みが変わっていない"ということだ。彼らは妖精郷に並ぶ商品から、生活の糧を得続けていた。


「だから、その機能を流用して我を通す、強い願いが必要だと思うんです。その方法がわからない」


 今回の注文はいつもと違う。恐らく、妖精郷が普段出していない商品だ。


 可能性がゼロというわけではないだろう。狩人に薬草をあてがわないように、山菜採りに獣をけしかけないように。きっとこちらからの願いで、恵みをコントロールすることもできるはずだ。

 ただ、その術がわからない。


「理屈はわかったけど……。じゃあ、どうするの?」


 リンが俺に問いかける。普通に考えれば、手詰まりだろう。

 なら、考え方を変えるしかない。


「……可能性はある。"差し出される"ことに頼るのが無理なら、"見つける"しかない」


 俺の言葉に、リンが怪訝な顔をする。当然だろう、それだけでは、何を言っているのかわからない。


 自動販売機を例に出すから、その常識に囚われてしまう。俺の予想した妖精郷はそれに似ていたが、決してそれそのものではない。

 たとえば、こちらからの願いで恵みをコントロールする。ということは、自動販売機で言えばボタンを増やすことにもなり得る。……提示された品揃えと中身が一致していないとしたら?


 願ってもそれが出てこないからと言って、妖精郷に存在しないとは限らない。現に、東王は妖精を見つけたいと願ったのに、それを為していない。妖精は居たのにもかかわらず、だ。

 ならば、対岸花は存在するが、目の前に現れていないだけ。という可能性がある。


 願えば差し出される。でもそれはできない。

 だから差し出されない。でもどこかにはある。

 そう仮定するならば、どうすれば良いか。


 "見つける"しかない。差し出されるのを待つのではなく、こちらから向かう。


 そもそも、その想定でここに来たのだ。そのための力は俺の中にある。妖精を見つけたのは、妖精から俺たちへの視線……。意図を見出してからだった。なら、それは応用できるかもしれない。

 毒素の意図への解答。その意図を見極め、解答を得ることができれば、"見つける"ことができる。最初にヒョウが言っていた仮説だ。

 はたして、そんな奇跡は可能なのか。それはわからない。


……だが俺は、奇跡と見紛うほどに、"ものを見通し答えを得る術"を知っている。


 戦術だ。ヘキトは言っていた。「一流の戦術師は、戦況をひっくり返す力がある」と。ひとりの人間が戦況を変える。それは奇跡と言って差し支えないものだ。

 そしてその奇跡は、恐らく偶然ではない。戦況を見極め、知識と経験から拾い上げた答えだ。


 なぜそんな答えを得ることができるのか。

 深い知識と数多の経験という"答えの海"を持ち、戦況を見通す目で"必要な答え"を探し出すからだ。

 俺には、そんなものはない。


 だが俺には、翻訳の異能がある。世界に繋がるであろう"答えの海"。深さと広さならば、これで事足りないはずはない。

 そこから"必要な答え"を拾い上げるためには、目が必要だ。より深く戦況を……、世界を見通す目が。


 ここで止まる。その目はどうやったら手に入るのか? 何かヒントが欲しい。俺はまだ未熟だ。異能を使うにしても、戦術を使うにしても。

 大体、俺の戦術はまだ"戦"術とは言えない。実績だって、翻訳の異能と絡めて会話に応用しただけだ。そもそも、俺は戦闘経験なんて一度も……、


 一度も?

 いや、一度だけある。


 遺跡の、魔獣をおびき出したときだ。

 ソラと、ヘキトやクロガネをつないだ、あのとき。


 あのときにやっていたことは? あのときに感じたことは?

 思い出せ。近い。あのときは戦術を知らなかったが、何かが見えていたはずだ。


 あのときに、見えていた"景色"は?


――視界が細かいのに、広い。注視しているのに、すべてが見えている感覚。


 そうだ、俺が見たいのは、"この景色"じゃない。

 境界の曖昧な、"ぼやけた景色"……。



「コトバ! コトバってば!」


 気づけば、俺はリンに支えられていた。彼女が不安そうに顔を覗き込んでくる。


「あれ……?」


「ちょっと、本当に大丈夫なの? 話してたらまた倒れそうになって……」


 目の前の景色は、考え込んだときからまったく変わっていない。……当たり前だ。移動なんて一歩たりともしていないのだから。

 だが、"見えた"のだ。


――まるで空から、妖精郷を見下ろすように。


「だ、大丈夫です。心配かけて、すみません」


 ひとりで立つために体勢を立て直し、呼吸を整える。

 毒の干渉がかなり強くなっているのだろうか。深呼吸のように深く息をしないと、呼吸が浅すぎて酸欠になりそうだ。

 どうにか落ち着けて、妖精に声をかける。たった今、この目で見た景色を忘れないうちに、確かめたい。


「あの、妖精さん」


「何だー?」


 妖精はいつもの調子だ。その方が都合が良い。下手に心配ばかりされて、話を聞いてくれなくなっても困る。


「地図とか、持ってませんか?」


「地図? 地図ってなんだ?」


 そこからか。


「え、えっと……。森の地形とか、どこに何があるかとか。そういうものを絵で描いたものなんですけど」


「絵かー、絵なー。あ、王様がくれたこれか?」


 そう言って、妖精はどこからともなく羊皮紙を一枚取り出し、俺に差し出した。ゆるく丸めて、真ん中辺りを革紐で留めてある。

 開いてみると、確かに地図だ。その一点を指差し、リンと妖精に見せる。


「ここ……、ここに行きたいです」


 リンは不思議そうな顔をしていたが、俺から地図を受け取り、位置関係を確認しはじめた。

 しばらくすると、地図を見たままうなずいて、


「うん。少し遠いけど、行けると思う。……ねえ、ここに何か感じたの?」


「はい。多分、"見えた"んだと思います」


「わかった。急ぎましょ」


 リンが俺の手を引く。ふらつく体を引きずりながら追いかける。妖精は、リンの隣を駆けている。

 正直、あれが夢であったらどうしようか、という不安はある。

 だがどちらにしろ、手がかりなど他にないのだ。確かめるしかない。


 しばらく森を進む。

 妖精はところどころ、近道を教えてくれた。さすがに藪の穴や木の上は通れないが、それでも進行速度は思いの外、速くなった。

 目的地付近にたどり着き、しばらく周囲を探索していると、


「嘘……!? あれ!」


 リンが前を指差し、こちらを振り返った。その指の先には、確かに白い花が咲いている。


「あったよコトバ! 対岸花!」


「よかった……。回収して、戻りましょう」


 喜びで気が抜けそうだ。が、こらえる。まだ終わってはいない。


 回収はすべてリンにおまかせした。管理人と話していた通り、花弁の中に溜まった露を採取した後、根を傷つけないよう掘り起こすそうだ。素人の手出しは邪魔にしかならない。

 それにこちらはもう、それどころではなかった。座り込みたいくらいだったが、立ったまま待つ。

 下手に座ったり横になったりしたら、そのまま眠ってしまう。森の中、帰り道をリンに担いでもらうわけにはいかない。


「おまたせ。妖精たちのところへ戻りましょう」


 リンが対岸花の回収を終え、俺に微笑みかけた後。

 そこからは、本当に途切れ途切れの記憶しかない。


「……そうですか。見つけたのですね」


 村に戻り、再び管理人の家を訪ねた俺たちに、彼が向けた声。

 その声がとても冷たかったこと。


「よろしい。約束です。薬の作り方をお教えしましょう。残りの材料も、用意しておきました」


 まるで取り繕うように、その声が事務的だったこと。


「あなたは休まれると良い。目覚めたときには、きっとすべて終わっているでしょう」


 そして俺を気遣う声が、とても暖かかったことを覚えている。


# 異能


 訪問者が訪問する際に得られる特殊能力。

 自身の『星の力』を使い、さまざまな不可能を可能にする力。


 その力は一説によれば、訪問に伴う星の過剰出力が与えたものと言われている。


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