閉ざされた世界
招かれた家は、いわゆる丸太小屋だった。
小さな家だが、部屋に物が少ないせいか異様に広く見える。ここに存在するのは、テーブルと椅子、ベッドの他、棚に衣類がいくつか入っているだけだ。
外にかまどが見えたので、台所が別だとしても、あまりに殺風景な部屋である。
「どうぞ、お座りください」
そう言って椅子を勧めるのは、妖精郷の管理人を名乗った男だ。
「ええっと……」
だが、椅子が足りないのだろう。背もたれ付きの椅子はひとつだけで、残りは丸椅子と、荷物を入れる箱にクッションを敷いたものだ。
そしてあろうことか、部屋の主はベッドに腰掛けている。
「あいにく、客人が来ることを想定しておりません。それでご勘弁を」
「は、はあ……」
戸惑う俺たちは、とりあえず席につく。
入口の扉から、さっきの偉そうな妖精が入ってきた。お盆に茶碗を載せている。
「王様ー! お茶ー!」
だが、お盆と茶碗は人間サイズなので、妖精からすれば屋根を持ち歩いているようなものだ。傍から見ていると、ひっくり返さないか気が気ではない。
「ありがとうございます」
妖精ではテーブルに届かないのだろう。管理人にお盆を渡し、駆け去っていく。
彼は受け取ったお盆をテーブルに置き、俺たちに茶を配る。そうして自分の茶碗を抱えて、再びベッドに腰を下ろした。
「どうぞ。毒などは入っておりませんので、ご安心ください」
管理人はそう言って、自分の茶碗から一口飲んだ。
だが、2人は警戒しているのか、茶碗に手を付けようとはしない。
俺は茶碗を手に取ると、一口飲んだ。
「あ、ちょっと、コトバ」
それに気づいたリンが、咎めるように声を上げる。
「多分、大丈夫です。害意があるなら、こんなことをする必要はない」
俺はリンにそう答えた。
あれだけの妖精を従えているか、それに近しい管理をしている人間だ。もし俺たちを排除したいと思うなら、とっくにやっているだろう。お茶に毒を仕込むなんて、回りくどいことは不要だ。
飲んだお茶はちょっぴりスパイシーというか、強い香りがする。
「良い香り……。お茶、なんですか?」
「香草を混ぜて煎じたものです。解毒はできませんが、少しは目も覚めるでしょう」
その言葉を聞いて驚いた。
解毒薬の話は妖精から聞いているはずだし、俺の体調が悪そうなことも見ればわかるだろう。だが、症状は詳しく話していないはずだ。
「わかるんですか?」
「はい、少しは。ただ、話していただけるのならば、それに越したことはない」
リンの方を見る。彼女は俺を促すようにうなずいた。
俺は管理人に、妖精郷を訪れた理由を話す。
魔術毒のこと。解毒法を探していること。その探索中に、妖精に出会って、ここに連れてこられたこと。専門的な話は、リンから注釈を入れてもらった。
彼が共通語を話せて良かった。専門用語の翻訳は、上手くいっているか判断がつかない。
「なるほど……」
俺たちの話を聞いていた管理人は、そう言ってうなずくと、
「確かに、あなたからは"冥の魔力"を感じます。それが毒となっているならば、『対岸花』が必要でしょう」
俺の方を見て、確かにそう言った。
冥の力。前に遺跡で発見した石版には、そう書かれていた。詳細は不明だが、石版の記述から、宗教や属性に関連するものと予想していた力だ。
彼は俺を見て"冥の魔力"を感じる、と言った。恐らく毒素を生み出す魔術毒が"冥"の属性を持つということだろう。
俺がそちらに気を取られていると、リンが立ち上がり、
「えっ!? ここに対岸花があるの!?」
驚いた声で問いただす。
リンも驚いたのだろうが、こちらも驚いた。話の流れからすれば、対岸花とは解毒法の鍵となるものだろう。……だが、彼女の驚き方は半端なものではない。
「……すごいものなんですか? その、対岸花って」
「え、ええ。かなりね……。貴重な植物で、その根を処理すると薬になるのよ。でも……」
そこでいったん区切り、座り直して、リンは管理人に問いかける。
「生えている場所に、何か心当たりが?」
「いいえ。特定の場所に群生するものではありませんので」
「でしょうね……。栽培どころか発見すら稀な植物ですもの」
管理人の回答に、リンはそう言ってうなずく。
「ですが、冥を払いたいのならば、"白い対岸花"を探すしかありません。……そして妖精郷ならば、それも叶う」
「それは、どうして?」
「この地が魔力に満ちているからです。真に願い、探すのならば、この森は必ず望みのものを差し出すでしょう」
……東王と似たようなことを言っている。
この"妖精郷に対する信頼"は何なのだろうか。恐らく経験則に近いものだと思うのだが、それを言語化できれば、解決に近づく気がする。
「あとは……、もし見つけたのならば、"露"を取ることもお忘れなく」
「『妖精の涙』ね。花弁の中に溜まった露も、薬になると聞いたことがあるわ」
「はい。対岸花が見つかったら、ここへお戻りなさい。冥を払う薬の作り方と、足りない材料をわけて差し上げます」
リンと管理人は、薬の知識に優れているようだ。ともあれ、これで薬の作り方と材料に目処が付いた。かなりの進展である。
2人の会話の終わりを見計らって、こちらからも質問をする。冥の魔力についてもそうだし、他に気になったことも聞いておきたい。
「あの、俺からも質問が」
「何でしょう?」
「冥の魔力、とは何なのですか?」
「……難しい質問ですね。私は魔術師ではありません。あいにく、説明できるようなものは持ち合わせておりません」
俺の質問に、管理人はそう答えた。
声の感じから、嘘をついているふうではない。どちらかと言うと、不思議そうなニュアンスを感じる。
多分、これは常識の解説を求められたときの反応だ。彼は俺たちより、冥の魔力に親しい。なぜそんな当たり前のことを聞いてくるのだろう、という反応である。
なら解説してくれれば良いのに、とは思うが、それも難しい話だろう。
そもそも、魔力は目に見えないし、言い表すことも難しい。属性の詳細を解説するなら、専門知識が必要だろう。
知っている、使える、解説できる。どれかひとつができるからといって、それらが等しくできるわけではない。
これ以上、彼から冥の力についての情報を得るのは無理そうだ。
「じゃあ、もうひとつ」
そこで冥の話は切り上げて、俺はもうひとつ、気になっていたことを確認する。
「なぜ、そこまで親切にしていただけるのですか?」
正直な話、彼の言動で一番気になるのはこれだ。
妖精たちの言動はわかる。俺たちの中に謎を見出し、判断できず、管理人に取り次いだ。
管理人の言動も、まあ途中までならば、親切という言葉で片付けても良いかもしれない。家に招き、話を聞き、知っていることを教える。そこまでくらいならば。
ただ、薬の作り方や材料の提供までは行き過ぎだ。何か目的があると思う。
管理人は俺の質問を聞くと、目を伏せ、少し悩むように顎に手をやった。
が、すぐに顔を上げ、
「……そうですね。そう問われたのならば、答えざるを得ない。ただ我々は、あなたを早くここから退けたいだけです」
俺の方を見ながら、はっきりとそう言った。
「えっ?」
想定外の返答を得て、俺は思わず声を上げた。
彼は俺の方を見ながら"あなた"と言った。"あなたたち"ではなく。
「あなたのその目は、我々にとっては凶相……。災いをもたらす悪しきものなのです」
そういえば、妖精たちも俺の目を指して「変な目」と言っていた。
いや、むしろ、それはこの世界に来てからずっとだ。良くも悪くも、この世界の人間は俺の目に言及することが多い。
……それに、俺もそうかもしれない。ヒョウとクロガネの目に同じものを感じたり、アカナやユウの目に力を見出したり。
「それは……、どういう意味ですか? 俺の目に、何かあるんですか?」
「わかりません。説明できるほど、体系立てられた知識ではない。ただ、その目には強い嫌悪感がある。それに、」
そこで彼は、いったん言葉を区切った。そして、
「今、あなたを追い出したとしても……。あなたたちはきっと、この地を蹂躙することでしょう。自らの目的を果たすまで」
管理人にそう言われて、俺は何か言おうとした。だが、止めた。
過激な言い方ではあるが、おおむね間違ってはいない。蹂躙するまでは行かずとも、目的を果たすまで、妖精郷の探索を諦めることはないだろう。
「ならば、さっさと終わらせて、立ち去っていただきたい。……我々の望みは、この場所の存続です。それ以外にない」
そして俺たちの探索は、彼らの平穏を壊す。少なくとも、管理人はそれを危惧している。
だからこそ、俺に協力を惜しまない。知恵も、知識も、物資でさえも。
すべてが終わったあと、すぐに俺が立ち去ることを願って。
「以上でよろしければ……、今日はもう遅い。さすがにこの家に泊めることはできませんが、この村で野営をすると良いでしょう。獣もここには近寄りませんので」
会話が止まったのを確認して、管理人はそう切り出した。
俺は慌てて、
「あ、いや。それはちょっと……」
そう言って、リンの方を確認する。彼女もうなずいた。
現状、俺の体は毒に侵され、タイムリミットは刻一刻と近づいている。夜だからといって動かないわけにはいかない。
「こちらの事情なのですが、急いでいます。夜通し、とは言えないかもしれませんが、夜間も探索はするつもりです」
「……そうですか」
管理人はわずかに考えるような仕草を見せた後、
「では、獣よけに森の案内をひとり、付けましょう。その代わりにあなた方の中からひとり、ここに置いて行ってください」
そこまで言うと、管理人は立ち上がって、
「呼んできます。少々お待ちを」
そう言い残して、そのまま家から出て行った。
それを確認して、リンに声を落として話しかける。
「……どうします?」
「どうもこうも、言う通りにするしかないでしょ。変にこちらから条件を出して、こじれたら困るもの」
「まあ、そうですよね……」
管理人は獣よけ。と言っていたが、どう考えても監視だろう。
はたして、あの管理人がどの程度、妖精を扱えるのかはわからない。だが妖精に話したことは、基本的には管理人にも届くと思っておいた方が良いだろう。
何しろ魔族だ、どういった伝達手段があるかわからない。共通語で話したから妖精にわからない。だから管理人にも伝わらない。と思うのは危険かもしれない。
そんなことを考えていると、リンから声がかかる。
「コトバ」
「はい?」
それに答え、リンの方を向いた。……なぜか、彼女は少し怒っているように見える。
「さっきのやり取りだけど……。疑問に思ったからって、何でも相手に聞くのは止めなさい」
「えっ?」
「あなた、相手の腹に一物あるのをわかって切り込んだでしょ」
「は、はい。それはそうですけど」
リンが言っているのは、管理人との会話のことだ。
相手の親切な対応の出どころ、その意図の核が気になって質問したのだが……。
「……あのね、それは優位な立場でやるべき対応なの。今居る場所は敵地に近いでしょ。こじれたら困るのよ。そういう疑問は後で調べることも、相談することもできるんだから」
なるほど。かなり心配させてしまったのかもしれない。
だが俺だって、そういったものを判断せず、むやみに首を突っ込んでいるつもりはない。
別に、対立したくて質問をしているわけではないのだ。その質問で怒り出しそうだったり、そもそも話にならない人には、そんな質問はしない。
そしてそういった判断は、翻訳の異能が基準を示してくれる。
ただ、だからこそ周囲には際どいところを進み、危うく見えることもあるのだろう。リンの指摘はもっともだ。
「……わかりました、気をつけます。すみません」
「ええ。……まあ、あなたにしか見えない、相手の機微があるのかもしれない。絶対にやるな、とは言えないけど。ただ、本当に気をつけてね」
……一応、リンも俺が無茶をしているわけではない、というのは察しているようだ。
だが、それでも伝えてくれた忠告だ。できるならば糧としたい。
その後、今後の方針を相談する。
結果、半獣族の人がここに残り、野営の準備をしてくれることになった。俺とリン、そして管理人が連れてくる妖精の案内人の3人で探索を続行する。
だが、ある程度で今日の探索は打ち切り、ここに戻ることにした。徹夜で探索を続けることもできるが、さすがに効率が悪すぎる。
正直、この毒の影響下で眠る、というのは怖い。
リンにはある程度、無理してでも起こしてもらうよう頼むつもりだが……。できれば今夜のうちにケリをつけたいところだ。
そんな相談をしていると、管理人が妖精を連れて戻ってきた。さっき見た、偉そうな妖精だ。
「彼は妖精郷に詳しく、言葉も比較的達者です。お役に立てるでしょう」
「王様に言われたから、案内するぞー! 何でも聞け、変な目の人間!」
相変わらずの妖精に、管理人は頭を下げつつ、
「……すみません。妖精は自分以外の個に無頓着で、名前もあまり使ってはくれないのです。呼びかける意思を持って妖精、と呼べばわかりますので」
やはり、妖精は個人で生きるようにできている、という予想は当たっていた。だがそうなると、管理人というポジションは何かと大変そうだ。
しかし、言葉を覚えてコミュニケーションを取ったり、管理人を慕ったりはするんだな……。この辺り、妖精というのはまだまだ不思議な生き物である。
「じゃあ、探索を再開しましょう。妖精さんも、ついて来てください」
俺はそう言って、ゆっくりと立ち上がる。
休憩して体力は回復したが、その分、毒の影響は強くなった気がする。お茶を飲んで眠気が覚めても、それは一時的なものだ。
とはいえ、まともに会話ができただけでも、お茶の効果はありがたかった。
俺とリンは妖精と共に、再び森へと立ち入った。
# 白い対岸花
道具・薬品
何かをすくい上げるような手の形を思わせる花。食べると毒状態になる。
死後の世界に根を張る、とも言われる根無し草。
特定の場所に咲き続けることはなく、気づけば消えてしまう不思議な花。
赤い花びらと白い花びらを持つ種があり、それぞれ別の用途がある。
その根は強い毒を含んでいるが、適切な処理によって薬となる。




