妖精と管理人
妖精郷を歩くうちに、わかったことがいくつかある。
「どうやら、この道は"作られている"みたいね」
「……こんな獣道みたいなのが? どういうことですか?」
1つ目の発見は、リンが唐突に話しはじめたことだった。
「この道、意図して捻じ曲げられているわ。人が通れる道を選ぶと、自然と妖精郷の外周を回るようになってる。もしくは、外に出る道ね」
「どうしてそんなことが」
「さあ? これも妖精の隠れ方のひとつなのかしら」
俺の疑問に、リンはそう答えた。
だがこれを指して、東王は妖精郷は閉ざされた、と言っていたわけではないだろう。俺たちはまだ試みていないが、藪や草むらをかき分けて進むこともできるはずだ。
そして2つ目は、本当にこの森が豊かであること。
「あっ、またある」
リンが指差す方向には、ひときわ緑の生い茂る範囲があった。彼女が「また」と言った通り、この発見ははじめてではない。
「また"群生地"ですか?」
「うん。本当にすごいわ、この森。確かにこれだけの薬草が見つかるなら、恵みと呼んでも良いかも」
俺の目には、ただ草が生い茂っているようにしか見えない。
薬草を求めているせいか、そういった草木の群生地によく突き当たるのだ。気にしていなければ気づかないとはいえ、その密集具合にはリンも驚いていた。
最後に、この森自体に何かしらの意図を感じること。
どうやら、会話のとき以外を無心で歩き続けたのが功を奏したのか、他者の意図を強く感じられた。わかりやすいものから言えば、リンたちもそうだし、毒素もそうだ。そして、それ以外にもある。
草木が、動物が、この森を構成するものが、何かに応じている。そんな感じがする。
そう、そこに何かが隠れているような……。
「……何だ?」
隠れている?
そういうことか。……多分これは、草木や動物の意図じゃない。それらに近しい者たち、芽生えた意思からの意図。
つまり、妖精の意図だ。
「どうしたの? 何か感じる?」
「いや、毒とは関係なく……。何か、居ます」
リンの手を離し、かたわらの藪に向かってかがみ込む。そこを手でそっと分けると、
「わぁっ!?」
パッと何かが飛び出した。
見た目は普通の人間、いわゆる手長族と同じだ。だがかなり小さい。背丈は20センチ程度だろうか。500ミリのペットボトルとほとんど変わらないと思う。
顔は子供っぽく、男女どちらとも取れるような印象だ。衣服はワンピースのようなもので、上着とスカートが一体化している。
「見つかった?」
「見つかった! 見つかった!」
「変な人間に見つかった! どうしよ!」
途端、魔法が解けたかのように、そこらじゅうに妖精たちが現れた。ある者は枝の上に、ある者は藪の上に、ざっと数えるだけでも10や20は下らないだろう。
口々に騒ぎながら、相談しながら、こちらをうかがうように見ている。
「嘘……、これ全部妖精……?」
リンが驚きの声を上げ、斥候のため少し距離を離していた半獣族の人が、慌てて戻ってくる。
俺も妖精から目をそらさないようにしながら、ゆっくり後ろへ下がった。3人で集まる。
「ねえ、これ、何語かわかる?」
リンの問いかけで気づく。妖精たちが話している言葉は共通語ではない。
「耳長語ですね。ちょっと癖があるというか……、子供っぽい感じですけど」
「耳長? 魔族語じゃなくて?」
「ええ」
リンの疑問も当然ではある。妖精は魔族だから、魔族語を喋るのでは、と。
だが、それは多分違う。耳長語を話すようになったのは、妖精郷独自のものだろう。
そもそも、妖精は発生条件からして、複数の個体と生活する事が少ないはずだ。妖精郷という特別な環境がなければ、これだけの妖精は集まらない。
であれば、元々"妖精たち"は言葉を必要としない。必要とするのは、人間などの他種族と意思疎通するときだけだ。
恐らく、誰かの真似をしたか、もしくは誰かに教わったものが広まったか。いずれにしろ、何者かの干渉があったのだろう。
それはともかく、言葉がわかるなら会話を試みてみたい。もしかしたら、何か情報が引き出せるかもしれない。
「ちょっと、話しかけてみます」
「あまり刺激しないように……」
俺が手近な妖精に話しかけようとしたとき、
「おい、変な人間!」
別の妖精から声をかけられた。
そちらに目をやると、男の子のような妖精が立っていた。
腕を組み、ふんぞり返って、ちょっと偉そうではある。ただその姿勢と妖精の見た目とが合わさって、どことなくコミカルな雰囲気だ。
そしてその視線は、まっすぐ俺へと向いている。
「……えっと、俺ですか?」
俺は自分の顔を指差しながら、そう答えた。こういうときには身振りを加えるのが良い。……もちろん、不用意に行うと侮蔑と取られるものもあるので、注意は必要だが。
「そうだ。変な目の人間。何しに来た?」
「ええっと、解毒薬……。いや、お薬の材料を……。病気に効く草を探しに来ました。それで……」
第一印象が悪そうなのが引っかかったが、あちらから会話をしてくれるのなら乗らない手はない。
解毒薬の材料を探していることと、一応、妖精や妖精郷に危害を加える気はない旨を伝える。妖精たちが子供っぽかったので、なるべく平易な言葉を使うよう心がけてみた。しかし、
「ふーん」
「わかる?」
「わかんない」
わかんないのかぁ……。
あまり反応はよろしくない。
偉そうな妖精は会話ができるのかな、と期待していたので、少しがっかりした。だが、周囲の反応を見る限りでは、やはり彼がリーダー格なのだろう。この情報と出会いは大きい。
できればもっと話をして、妖精たちと仲良くなっておきたい。ここが彼らの住まう場所である以上、協力を得たほうが探索はやりやすいはずだ。それに、
「変な人間、追い返す?」
かたわらの妖精が騒ぎ出した。
そう、こういう可能性だってある。
多分妖精たちは、俺が見つけるまで隠れていたはずだ。妖精郷への侵入者を、こっそり見張っていた。
そして東王が言っていた情報。……妖精が人前に姿を表さなくなり、妖精郷の奥に進めなくなったこと。
先ほど妖精たちが口走った、「追い返す?」という言葉。
合わせて考えれば、何となくわかる。
現状、妖精郷の妖精たちは、人間を排除しているのだろう。
そして、それは非常にまずい。
一度排除される側に回ってしまうと、そもそも交渉すらできなくなる可能性が高い。できれば友好的に接したいのだが、妖精たちは言動が突飛すぎる。どう対応するのが正解なのか、よくわからない。
「……ねーねー、なんか匂う」
「くさい? くさい?」
「違う違う、懐かしい匂い」
「ホントだ! 昔の人間の匂い」
俺が悩んでいると、今度は別の妖精が騒ぎ出した。
昔の人間の匂い、とは何だろうか。俺は香水の類など付けてはいないし、とくに匂いの強いものは持っていない。
「昔の人間の匂い……、って何でしょう? 妖精たちが騒いでるんですけど」
「匂い……? 見当もつかないわ。私も彼も、匂いを発するようなものは付けてないはずだし」
リンたちなら知っているかと思い、声を潜めて聞いてみた、だが、心当たりはないようだ。
妖精たちにも聞いてみたいのだが、あっちはあっちで盛り上がってしまっている。バラバラに居たはずの彼らは、いつの間にか偉そうな妖精を中心に集まっていた。
「どうしよ?」
「どうする?」
「王様に聞く?」
「王様に聞こう!」
やがて妖精たちが皆、口々に王様と掛け合うようになった頃、
「よし、ついて来い変な人間!」
偉そうな妖精がそう言って駆け出す。妖精たちも皆、それに続いて森の奥へと向かっていく。
「行きましょう」
「あっ、ちょっとコトバ!」
追いかけようとして、つんのめって倒れそうになった俺を、リンが支えてくれた。
……長く考え事をしていたせいか、毒のことをさっぱり忘れていた。思ったとおりに体が動いてくれない。浅くなっていた呼吸を整える。
もしかしたら、頭も上手く働いていないかもしれない。
妖精たちに友好的な働きかけをしたいと思ったときも、言うことが何も浮かばなかった。翻訳の異能であれば、何かしら会話のきっかけを掴んでくれそうなものだが……。
そう考えれば、なおさら妖精たちを見失うわけにはいかない。俺はリンに向かって、
「追いかけましょう。"王様"のところに連れて行ってくれるそうです。少なくとも、このまま闇雲に探すより良い」
「……わかった。ただ気をつけて。あれでも魔族だからね」
リンはかなり心配そうだ。あの見た目であっても、妖精は魔族である。単純な力としては、魔獣と同じか、もしくはそれより強いだろう。
北方会合で出会った魔族は、協力関係という前提があった。だが、今回は違う。何が原因で敵対するかは、いまだにわかっていない。
いや、もしかしたら、すでに敵対している可能性すらあるのだ。
「もちろん」
俺がうなずくと、リンが肩を貸してくれた。半獣族の人を先頭に、俺たちは妖精を追いかける。
妖精たちにはすぐ追いついた。歩幅の問題で、彼らの駆け足は俺たちの徒歩か、せいぜい早歩きくらいだ。
一応、彼らもこちらを気にしてくれているらしい。たびたび後ろを振り返り、こちらの様子を確認している。それに、藪や草むらのような姿が隠れる場所や、木の上のようなルートは避けて進んでいる。
「不思議な道ね……。大回りをしながら、中央に向かって行ってるみたい」
リンが小声で、妖精たちが取る道の感想を伝えてくれた。
彼女の方向感覚は、まだ俺たちの進む向きを見失っていないらしい。ついて行くだけで精一杯の俺には心強い言葉だ。
「こっちだ! 変な人間!」
偉そうな妖精が足を止め、高く上げた手をパタパタと振っている。
「これは……、村? ですかね」
「すごい、ちっちゃな家がたくさん」
開けた場所に、木の葉や木の枝で作られたであろう家のようなものが、いくつか立ち並んでいる。どれも普通の半分くらいのサイズで、まるでミニチュアだ。
何人かの妖精たちはこの場に残っていたのだろう。偉そうな妖精たちが帰ったのを見て、集まってきた。すぐに俺たちにも気づく。
「人間だー!」
「何で? 何で?」
「変な人間、連れてきた!」
「王様に会わせる。王様! 王様ー!」
人数が増え、ますます騒がしくなる妖精たち。そんなとき、
「静まりなさい」
村の奥からひとりの人間が姿を現した。
術衣のようなものをまとった、耳長族の男だ。暗い金の髪を長く伸ばしているが、手入れがされていないのか、ところどころほつれている。
黒い瞳が俺たちを捉えると、彼は驚いたような顔をした。
「王様! 変な人間が居た!」
「王様! 懐かしい匂いがするの!」
妖精たちが男の周囲を囲み、口々に話しかける。
「あの……、あなたが、王様なんですか?」
その光景を見て、俺も彼に話しかけた。しかし、
「いいえ」
その男が発したのは、否定を意味する"共通語"だった。……最初は耳長語で話していて、俺が耳長語で話しかけたのにもかかわらず、である。
彼は続けて、
「王、という言葉には意味があります。四方国を統べ、神器を司るものという意味が。私はただ妖精に囚われ、それを管理する歯車に過ぎない。言わば……、"妖精郷の管理人"とでも」
「は、はあ……」
「少々お待ちください。彼らから話を聞かなければ」
そう言うと、彼はしゃがみ込み、妖精たちの言葉に耳を傾ける。たくさんの妖精が我先にと話しかけるのを、なだめ、整理し、問いかけながら。
何か、これだけ見ていると、保育園の先生みたいだな……。大変そうだ。
しばらくそうやって、彼と妖精たちの会話を眺めていたが、一段落付いたようだ。彼は妖精たちにうなずくと、立ち上がった。そして、
「おまたせしました。では、あなた方からもお話を伺いましょう。こちらへ」
彼はそう言って、村の奥を手のひらで指し示す。その先には、人間サイズの家が一軒だけ建っていた。
# 妖精
樹木や道具などの物に集う魔力が形を得たもの。
魔族の中でも純然な魔力から発生した種族。
本来の外見はさまざまだが、現在は利便性を考え、人間の見た目を真似ることが多い。
自らの起源である物を守り、執着することが多く、そのため人前に現れることは滅多にない。
しかし、十分な魔力さえあれば人里に発生することもある。
長く使われた道具に宿り、それは守護者として使用者に寄り添うと言われている。
……もちろん、その道具を大切に使うのであれば、だが。




